第97話 二人っきりのお喋り-別視点-

 ……どうしたものか。

 そう考えながら私は、リアがいるはずの部屋の扉をじっと見つめた。


 こうしているのも先程のリアの様子がどうしても気になった私は、彼女と別れてからそんなに時間も経たないうちに居ても立っても居られなくなり、ここまで一人でやってきてしまったのだ。


 どうにかリアと話がしたい……だがしかし今の彼女の側には間違いなく、例のあの男がいる。

 私は当然ふたりっきりで話がしたいわけで、そいつの存在は邪魔で仕方がないわけだ……ああ、本当に邪魔だっ!!


 だからどうにかして二人を引き離したいのだが、どうにもそうするための案が思いつかず、私はただただ途方とほうにくれていた。

 ああ、邪魔だ、本当に忌々しい……しかし一体どうしたら……。


 もう何回目か分からない、ため息をついてうついた。すると丁度そのタイミングで、件の部屋の扉が開く気配を感じた。


 ま、まさかリアか!? あ、いや、待て、それにしてもここに立っているのは不自然だ。一旦隠れて、ああ、でもあえて、そのまま自然に声を掛けるのも……。


 そうして物陰に隠れるか、通り掛かったフリをするか迷って右往左往うおうさおうしていたところ。扉から出てきた人物はそれをを閉じると、こちらに声を掛けてきた。


「おや、何やら部屋の前でチョロチョロしてると思ったら……まさか王子殿下でしたか」


 …………リアではない。

 そうなると必然、その相手は一人しかいない。

 私が渋々顔を上げると、予想通りの人物とバッチリ目が合った。


「して殿下、こんなところで一体何をされているのでしょうか?」


 そう口にしながら不敵な笑みを浮かべたのは、私が今一番会いたくないと思っていた例の赤髪の男、カイアスだった。


 うぐぅっ、何故よりによってコイツが……ああ、最悪だ。

 正直、この男の質問になんて答えたくもないが…………無視できる状況ではないし仕方あるまい。


「……リアに少し話があってな」


 これだけ言えば分かるだろう。

 さっ、速やかに部屋にいるリアを呼んでくるんだ。もしくは私が直接声を掛けるので、貴様は今すぐ立ち去れ。


「それは具体的にはどのようなものですか? 仰って下されば私が代わりにうけたまわりますよ」


 は……はぁ!? な、何が代わりに承りますだぁ!? そもそも、何故わざわざ貴様を仲介してやり取りをせねばならんのだっっ!!

 ああ、本当にコイツだけ今すぐ追い出してしまいたい……!!


 そのように荒れ狂うこちらの心情とは対照的に、カイアスのやつはニコニコと笑顔を浮かべている。


 ふふっ、ずいぶんと余裕ではないか。

 こちらの言っていることに理由もなく、わざわざ別の提案をするという、頭のおかしいことをしておいて…………いや、待て。これはもしかしなくても、コイツがわざとやっていることではないか?

 思えば初対面の時からずっと、私の神経を逆なでしようとしている節があった……ならば間違いなく相手のペースに乗るべきではないだろう。



「殿下? いかがされましたか、先程から黙り込まれて……」


「カイアス」


 私があえて名前を呼ぶと一瞬意外そうな表情を見せたものの、すぐに元通りの笑顔に戻ってソイツは「はい」と頷いた。

 ああ、やはりこの男は私を怒らせること目的にしていて、私が腹を立てる以外の素振りを見せるのが意外だったようだな……なんと忌々しい。

 まぁよい、なんにせよ今からもっと驚かせてやるのだからな……くくっ。


「貴様の今の口調だが、素ではないのだろう?」


 私がそう言うとカイアスは『一瞬何を言うのか』という風に眉をひそめたものの、すぐさま笑顔に戻り返事をした。


「まぁ、確かにそうですが……」


「ならばその気持ち悪い喋り方はやめて、素の方で喋ったらどうだ?」


「……何を仰っているのでしょうか」


 カイアスは笑顔を浮かべたままだったが、不信感からかそれに若干の陰りが見えてきた。

 ふふっ、その作り笑いにも飽きてきたところだ……そろそろ止めてもらおうか?


「何が目的かは知らないが、貴様があえて私の怒りを買おうとしていることは分かっている」


「はて、一体なんのことだか……」


「先程あえて崩した口調でリアと喋ったことも、本当は正しい作法を知っているくせに、わざと礼儀に欠ける言動を取っていることも、私を怒らせるためだろう?」


 そう、冷静に考えれば分かることだが、この男の言動には色々と不自然な点がある。

 まずこの男カイアスは、どうも上流階級の礼儀作法を知っていることが見え隠れしている。

 そしてそれを分かったうえで、あえて礼儀に反することをしたり、怒らせようと意図した行動を取っているわけだ。

 それらの多くは直接的ではなく遠回しで、まるで狡猾こうかつな貴族を思わせるようなものだった……。

 実際の出自しゅつじがどうかは知らないが、そこそこの教養がある上で、あえて私のことをあおってきていることだけは事実だろう。


「だからコチラから、あえて提案してやろう。そんな小賢しいことをするより、元々の粗野な口調で喋った方が、ずっと簡単に私を怒らせることができるぞ?」


「なにを……」


「これから貴様がどのような言動をしても許そう、その代わりに本心を話せ」


 まぁ、そう言ったからといって、この男が本当に本心を話すかどうかは分からないがな。


 だが少なくともあのイライラする回りくどい言葉を、もう聞かなくて済むようになるのであれば、それだけでも大分マシではある。

 あとは希望的観測ではあるが、多少なりともコイツの行動の意図が分かるかも知れないからな……。


 何しろ今のままでは、この男の好きに引っかき回されるばかりだ。それだけは我慢ならんのでな。


 そんなことを考えているうちにどんな心境の変化があったのか、カイアスはいつの間にか俯き片手で顔を抑えていた。


「ああ、いや、まさか本当に……」


 その姿はよく見ると小さく震えていた。

 ん、震え……だと?

 違和感を感じたのもつかの間。私がその答えに思い当たるより先に、カイアスはその手を離し顔を上げた。


「どうしようもない愚物だと思っていた王子が、そこまで気付くなんて心底に驚いたわ」


 そこにあったのは、思いっきり人を馬鹿にしたような、ある意味清々しい笑顔だった。


「なっ!?」


「おっ、何を驚いてるんだ? アンタが素の口調で本心を言えって行ったから、素直な感想を言ってやったまでだろうよ」


 一旦顔を上げたカイアスだが、また耐えきれないとでもいうようにクツクツと笑いながら下を向く。

 くっ、さっきの震えも笑いを堪えてたせいか……!?


 当初のカイアスの反応を見るに、この男も始めはこの展開が予想外だったことは間違いないだろう。

 だが、それでコチラが話しの主導権を握れたかというと、それは違う……。


「いやー、助かったよ。実はこういう回りくどいやり方はあまり性に合わなくてなー」


 その男はもはや我が物顔で、自分の好きなペースで好きなように話しをしていると見える。


「……ああ、これで気持ちよくテメェをぶった切れる」


 そうしてギロリとこちらを見たカイアスの目を見た瞬間、私は全身にゾゾッと寒気が走るのを感じた。

 殺気……ではない、これはその気迫だけでそう感じさせたのか。


「くれぐれも、王子サマ自身が許可したことは忘れるなよ? まぁ今さら後悔しても遅いがな」


 そう言ってカイアスは、今までの笑顔とは全く違う。晴れ晴れとした顔で獰猛どうもうに笑ったのであった。


 完全に私の判断ミスだ……!!

 僅かな間に、会話の主導権をこの凶悪な男に渡してしまうなんてっっ!!

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