第93話 カイくんは見た!!-別視点-
そうして
その部屋に入った瞬間、目に入った光景に思わず俺は動きを止めた。
「リア、お前は一体何をしているんだ……」
「あ、カイくん?」
困惑した俺がどうにか声を掛けると、とぼけた顔でこちらを振り向いたリアだった。が、突然ハッとした表情をしたと思ったら、何故か頬をぷくっと
いや、なんだよその顔は……。
「じゃなかったぁ!! 私はまださっきのことを許してないんだからねっ!?」
あっ、やっぱりあのこと……グレイオス様がついた嘘の件を根に持っていたか。
コイツ自身も一瞬忘れていたようだけど、思い出してからわざわざ頬を膨らましたみたいだな。
いつもなら面白いから、わざと頬つっついてやるところだが……まっ今はやめて置こう。
何故ならそれよりも、よっぽど話を聞きたいことがあるからな。
「んなことより、この状況……というか、手のそれは何なんだよ?」
「え、これ……? これはサンドイッチだけど」
俺の質問が意外だったのか……それとも純粋にマヌケなのか。頬を膨らますのをやめたリアは、きょとんとした顔で俺のことを見返してきた。
あ、出た。よくするいつものアホ面。ついでに回答も絶妙にアホだ。
「それは見れば分かる」
そう、俺が気になって仕方ないのは、さっき部屋を飛び出していったはずのコイツが、今現在謎のサンドイッチを手にしている部分だ。
いや、だってそんなもの一体どこから湧いてくるんだよ? おかしいだろうが……。
なのにコイツは、俺が言いたいことを一切理解してない様子なんだよなぁ……このアホ面だし。
仕方ない、もう少し説明を付け加えるか。そう思って俺が口を開き掛けたところで、俺が何か言うよりも先に、リアが予想外のことを口にした。
「えーと、これはアルフォンス様が朝食用に作ってくれたもので……」
「はぁ……!?」
これには意外すぎて、俺もつい声を上げてしまった。
いや、まぁ確かに向こう側の誰かしらが、用意したものかも知れないとは思ってはいたが……よりによってケモ王子が作っただと?
「それ、嘘じゃないのか……」
俺は思わず、ポロッと本音が出て、そう漏らしてしまった。
だって王子が料理するなんて、どう考えてもおかしいからな。
うちの王子なんて、でっかい
「でも、アルフォンス様ご本人が作ったと仰ってるし……本当ですよね?」
そう言いながらリアが振り返った先には、ぎこちなく「あっ、あぁ」と頷く、なんとも見覚えのある毛むくじゃらの生物がいた。
……そう、今まで位置の関係で微妙に気付かなかったが、どうやらケモ王子は丁度リアと向かい合うような位置に座っていたようだった。
って、おい!? ケモ王子本人もここに居るのかよ!!
「…………殿下いらっしゃったんですね、申し訳ありません全く気付きませんでした」
チッ、
いるならいるって、ちゃんと存在感を出して主張しろよ!! ったく、なんのために派手なたてがみやら、ツノやらを付けてるんだか、本当に使えないな……って、あっ。
そう言えばさっきの俺の発言、本当ならマズイやつだが……いや、謝るのも癪だし、サラッとなかったことにしておけばいいか。
「いやー、まさか殿下が手ずから料理を作っていらっしゃるなんて思いませんでしたー」
そしてここはとりあえず、ごまかすためにも雑に褒めておこう。
ほら、喜んで受け取りやがれ。
「いや……」
は? なんで、そんなにも反応が渋いんだよ。
素直に受け取るなら受け取る、俺に褒められるのが嫌なら嫌だと、どちらにしろはっきり言えばいい。
……まさかリアの言う通り、事前情報と今のケモ王子は性格が違うのか?
前者の方がまだ
俺がそんなことを考えていると、突然満面の笑みを浮かべたリアが、座った椅子から身を乗り出してこう言った。
「そうなの、アルフォンス様ってば凄いんだよ!!」
あ? いや、待てリア……何を言ってるんだ? まず、なんでこの会話に入ってきてるんだ?
俺はな、ケモ王子の反応を見るためにもこうしてるんだが……お前が出しゃばってくると、ケモ王子の反応が見づらくなるだろうが!?
そんなピリピリとした俺の内心とは裏腹に、リアは勝手に言葉を続ける。
「このサンドイッチも物凄く美味しいし、スープもちゃんとしてるんだよ~」
この馬鹿、黙れ馬鹿……!! あのさ、お前本当に馬鹿なのか!?
…………ああ、思い出した、大馬鹿だったなっっ!!
あといい加減にしないと、そこのケモ王子にもお前の素マヌケっぷりがバレて大変なことになるぞ!? ほら、あのケモ王子だってどんな反応しているか……。
そう思い、俺はそっと眼だけでケモ王子の方を見てみたのだが……あれ、なんかコイツ手で顔を
もしかしてリアのアホっぷりで頭が痛いとか? ……いや、違うな。なんか微妙にもじもじしてるし……まったく当たって欲しくない推測だが、もしかするとこのケモ王子は今リアに褒められたから照れてるのかもしれない。
正直、気持ち悪いし、全然当たっていて欲しくない推測なので、マジで俺の思い違いであって欲しい。
ついでに言うと、このケモ王子がなんとなくリアに気がありそうに思えるのも、出来れば気のせいであって欲しい……。
でもコイツの素の容姿を見てる時点で、
「あ、そうだ!! せっかくだからカイくんも一緒に食べようよー!!」
俺がケモ王子の今後の扱いについて本格的に悩んでると、またリアの能天気なうえ、とても変な台詞が聞こえてきて思わず「は?」と言ってしまった。
「ほら、カイくんってきっとまだ朝食食べてないでしょ? だから食べよう!」
「まぁ、食べてないことは食べてないが……」
なんか個人的に、色々気が進まないし食べたくないんだが。
って、うげ!? チラッと見たら、ケモ王子も露骨に嫌そうな顔をしてるじゃねぇか……顔のしわがえげつねぇことになってるぞ。
しかしそうなると、これは本当にリアのために用意したものなんだな。
こざかしいというか、せせこましいマネをしてくれるじゃねぇか……。
さて、これはどうしたものか。
「…………」
ああ、やっぱりアレしかないだろうな……チッ。
俺は短くため息をつくと皿のサンドイッチを無視して、リアが手に持っていたサンドイッチをひったくって口に放り込んだ。
「あ!?」
「ん、まぁまぁだな……」
「え、なんで!! なんで私が持ってる方取ったの!?」
「別に……お前が勧めるから食べただけだが?」
「もういいもん、新しく取るから……」
そう言いながら皿に手を伸ばしサンドイッチを取ろうとしたリアだが、俺はそれよりも先に彼女が取ろうとしたサンドイッチを掴んで口に放り込んだ。
「…………」
ピタッと動きを止めたリアが、また別のサンドイッチに手を伸ばそうとしたが、やはりそれも俺の方が先に掴んで口に入れてしまう。
「ね、ねぇ、カイくんなんでそんなことするの……?」
「ん、そんなことってなんだ?」
「だから、私が食べようとしてるサンドイッチをさっきから……ってカイくんなんで、喋る合間にもパクパクサンドイッチを食べてるの!?」
「だからお前が勧めたからだろ」
「いや、それはそうだけど……待ってやめて、全部なくなっちゃうからやめて!!」
「え、これ全部食べたらダメなやつなのか? あ……わりぃ、今全部無くなったわ」
「さ、サンドイッチィィィ!?」
リアが悲痛な声を上げてるのを横目に、俺はパンパンと手についたパンのカスを払う。
悪いな、騎士は有事に備えて、短時間でまとまった量の食事を取るのが得意なんだよ。
だからお前に先回って、この程度の量の食べ物を食べきるくらい造作も無いわけだ。
「あぁ……そんなぁ、お皿空っぽ」
そんなことを呟きながら、リアは悲しげに先程までサンドイッチの載っていた皿を見つめている。
それを見てると少し可哀想な気がしてくるが、それでもコイツに変なモノを食べさせるわけにはいかなかったので仕方ない。
おそらく毒なんか入っていないだろうし、仮に入っていたとしても関係ないが……一応な。
「ご飯……私のご飯が……」
その間ケモ王子はというと、俺にムッとした顔を向けたかと思うと、リアを心配そうな顔で見たりするなど、忙しそうにしていた。
いや、なんとも分かりやすいな……いいのか、大国の王子がそんな感じで。まぁ、そこは俺には関係ないが。
「あー、申し訳ありません。私がうっかり食事を食べきってしまったので、今から代わりのモノを用意したいのですが、よろしいでしょうか」
そこで俺は、あらかじめ用意しておいた台詞をケモ王子、もといアルフォンス殿下に述べる。
「なんだと……?」
するとそいつは予想通り、不機嫌そうな声と目をこちらに向けてきた。相手としては多少抑えているつもりかも知れないが、その態度の
おー、怖い怖い。もし会う場所が違っていたら、すぐにでも首を切り落としていたところだ……。
「はい、食材はこちらで用意できますので、調理場所だけお借りできればと思います」
とは言いつつ、俺への好感度を考えれば、そのまま断られてしまうのは分かりきっている。
リアの手前そこまで極端な言い方はしないだろうが、絶対に何かしら理由をつけて断るだろうが……だからこっちも考えたわけだ。
「もし許可を頂けましたら……このリアと一緒に食事を作ってまいりますので」
コイツのリアへの好意は不本意ではあるものの、それはそれとして使えるものであるなら徹底的に利用してやろうってわけだ。
先程までじっと皿を見つめていたリアだが、俺が名前を呼んだのに釣られて「……え?」と言いながら顔を上げていた。
うん、これはまた安定のマヌケ面だな。
まぁ、そこ自体は別にどうでもいいので放っておこう。
「な、お前ももちろん料理を手伝うよな?」
「え、いや、料理?」
リアはいまだに何を言われてるのか分からないらしく、戸惑ったように言葉を返す。
「だって今まで散々世話になってるんだし、それくらいはまぁ当然だろう……世話になっているんだし」
世話になっているという部分を特に強調しつつ「な?」とリアの肩に手を置くと、リアは反射的にだろうが微妙な表情で「あ……はい」と
よし、これで
「と、うちのリアもこのように言っていますし、如何でしょうか殿下」
そこでまた笑顔を作り、ケモ王子に向き直った俺だが、当のケモ王子はというと俯きがちに何やら考え込んでいる様子だった。
しかし、ほんの小さい声でそいつが「リアの手料理か」と呟いたことを俺は聞き逃さなかった。
ははっ、怖いくらい狙い通りに連れたな……。
「まぁ、彼女自身もそう言うのであればお願いしよう」
そうして軽く咳払いをしたケモ王子は、さっき程までの不機嫌さをなくして、真面目くさった顔でそう言ったのであった。
……コイツ一見真面目そうな顔をしているものの、割と分かりやすくそわそわしてるな。
そのうえ、どことなく嬉しそうだし……っと、危ない。
流石にそんなことしたら、このケモ王子がばっ……いや、アレとは言え台無しになってしまう。我慢だ我慢。
いや、でも本当に嬉しそうなのが腹立つなぁ……チッ。
「それじゃあ、行くぞリア」
そうして俺は、殴りたくなる様子のケモ王子から目を背け「うぅ」と
まぁ、これで一番の目的は果たせるからいいだろう。
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