第92話 カイくんの洗礼的な受難-別視点-

 くっそ、あのオッサンめ……!!

 グレイオス様との通信を終えた俺は、廊下を歩きながら先程のやりとりを思い返して舌打ちをした。




『そうそう言い忘れていたがカイアス。お前がそちらにいる期間は、有給休暇扱いにしているからよろしくな』


『は?』


『なに、心配せずともちゃんと手当ても付ける』


『いや、そもそも有給休暇と言っても休暇扱いなのがおかしい……』


『おーっと、悪いが俺はこれから予定があるので通信はここまでとする、さらばだ!!』


『ちょ、待って下さいよ陛下……!?』


『あっ、でも定時連絡と緊急時の連絡は必ずしてくるように、それではっ』


『陛下ぁぁぁ!?』




 あのクソ上司、ドサクサに紛れて俺の休暇を使い切るつもりだ。

 だからこそ、この件に関しては絶対抗議しなくてはならない……!!

 ただでさえ今でも、仕事名目でくだらない用事の呼び出しをしてくるのに……そのうえ、元々多くない休暇まで奪われてたまるかぁ!!


 しかも、さっきのグレイオス様の『アーク様が来る』というリアを追い払うための嘘のせいで、まるで俺が嘘を付いたみたいになっているし……くそっ。


 しかしなんであの父娘おやこは、そういうイラっとするところばかりが似ているのだろうか。

 まったく、たちが悪いにもほどがある……!!



 …………まぁ、グレイオス様の件は後でどうにかするとして、それよりも今の問題はリアだな。


 もうアイツが部屋を飛び出した時から、そこそこ時間が経っている。

 それだけでも厄介だというのに、加えて俺がこの建物のことを全然把握していないこともあり、リアの行き先の見当が全く付きやしない。


 ちっ、面倒くさいがテキトーに見て回るしか……っっ!?


 と、その時だ。

 かなり後方だが何かの近づく気配を感じ、俺は反射的に剣に手を掛けながら振り返った。


「「「きゃー!!」」」


 すると俺が振り返ったのと、ほぼ同時に何故か女性の叫び声が聞こえてきた。

 まずおかしな、その点にツッコミを入れる間もなく。そこで目に飛び込んできた奇妙な光景に、一瞬目をうたがってしまった。


 は、えっ……あれは宙に浮いた、ハサミとヒモと棒? いや、なんで通路の向こうから、ぷかぷか浮かんだハサミやらなんやらが飛んでくるんだよ?

 ぱっと見、魔術的な仕掛けもなさそうだし……。

 そうして俺が困惑している内に、ぷかぷかと目の前まで飛んできたハサミは、俺が何かするよりも早くこんなことを言った。


「あの!!貴方様は、先程リア様と一緒にいらっしゃったお方ですよね!?」


 ん? 僅かな間に撃退方法を2、3思い浮かべてしまったが、リアを知ってるということは……ああ、そうか思い出した。


 これがリアのやつが言っていた、ケモ王子と一緒に呪いを掛けられた王子の従者たちか。

 確かに、事前に聞いていた条件とも一致しているし、間違いないだろう……ただ、いきなり叫び声を上げながら近づいてきたり、やや興奮気味であるなどおかしな様子ではあるが……。

 まっ、それでも表立った敵意はなさそうに見えるし大丈夫だろう、たぶん。


 そのような判断を下した俺は、剣から手を離し、笑顔を作って彼女たち……いや、声からしてたぶん女性だと予想しただけだが、その人たちに答えた。


「はい、自分はリアと同郷の出身で彼女を手伝うため、ここに滞在することになったカイアスと申します」


 ケモ王子には、ついイラついて喧嘩を売ってしまったが、わざわざ嫌われるようなことをすることもない。

 だからまぁ、ここは普通に対応しておくか……と思ったワケだが。


「まぁ、カイアス様と仰るんですね!?」


 っと!? なんだその食いつき方は、ビックリして思わず身構みがまえかけちまったじゃねぇか……。


 予想外の食いつき方をされて内心驚いたものの、そんな部分を表に出しても仕方ないので「はい、どうぞよろしくお願いします」と笑顔を作って当たりさわりのない返答をして置いた。


「そして、リア様と同郷のお方……!!」


 いや、何故そんなにりきんで、その台詞を言うんだよ。理解出来ねぇよ。

 でもそれを言えるわけないので、返事はテキトーにしておくか……というか全部テキトーにしよう。


「そうです」


「そのうえ、とびきりの美男子びなんしという!!」


「ええ…………え?」


 いやいや、待て!! 全部聞き流すつもりでうっかり頷いてしまったが、それはどう考えてもおかしくないか……?


「ああ、申し訳ございません。ご存じかも知れませんが、実は私たちは長い間呪いを掛けられておりまして……」


「はい、それは存じておりますが……」


 まぁ、その辺りの話は流石にリアから聞いているからな。流石に。


「その影響で、生身の人間と触れあう機会が極端きょくたんに減ってしまっており……」


「それは難儀なんぎなことで……」


「だから、美形に飢えているのです」


「はっ、はぁ……」


 一瞬同情しかけたが、今なんかおかしなことを言わなかったか?

 俺の気のせいであれば良いのだが……。


「そこで美男子のカイアス様が、こちらにお越しになったので……つい興奮してしまいまして」


「…………」


 うん……聞き間違えではなかったな、そして一切理解出来ない。


「確かにリア様もお美しいし素敵なのですが、やはり男性がいらっしゃってくれたことが非常に嬉しくて」


「そ、そうですか……」


「やはりカイアス様はさぞかし、女性からおモテになるのではありませんか?」


「いえ、別にそんなことは……」


「ご謙遜けんそんされる必要はございません、私たちには分かりますので!!」


「……」


 いや、確かに容姿を褒められる経験自体は、別に少なくもなかったが……な。

 ここまで色々直球で、おかしなことを言ってくるやつは前代未聞ぜんだいみもんだぞ!?

 なんだ、これももしかしたら呪いの影響か?


 そもそも今のこの状況、この三人がうきうきノリノリで、下手に放っておいたら延々とこの話をしてきそうなのだが!?

 くっ、グレイオス様のだる絡みを切り抜けたばかりなのに、最悪じゃねぇか。

 ここはなんとか話を逸らさなくては……。


「実は俺……いえ、私は今リアのことを探しておりまして、居場所をご存じだったりしませんかね?」


「あっ……はい、それなら知っておりますよ」


 あっ知ってた、話をそらすだけのつもりだったが……これは運が良いかも知れないな。

 少なくとも自分の中では、そう言い聞かせておこう。


「あ、でも……」


「ん、どうかなさいましたか?」


「いえ、ただ一応お聞きしたいのですが、そのご用は急を要するものなのでしょうか?」


「ええ、もちろんです」


 他でもない、俺がここに来た意味はアイツの側に居ることだからな。

 だから当然、俺がアイツを探すのは急を要するし、一分一秒でも早く本人を確保する必要がある。


「分かりました……それではリア様の居場所をお教えいたしましょう」


 微妙に含みがある答えなのが気になったが、どうにか彼女たちからリアの居場所を教えて貰うことが出来た。


 よし、これで余計に探し回る手間が省けたな。

 それについては本当によかったが……しかしこの短い時間で、妙に気疲きづかれした気がするのは何故だろうか。

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