第63話 取り残された二人-別視点-


 掃除が終わってようやくここを去れると思ったら、リアが突然外へ飛び出していってしまった。

 そしてリアが出て行った扉には、彼女がなぜか貼り付けていった謎の紙がヒラヒラしているが……。


 いや、ここでリアが一人でどこかへ行ってしまったら、ここまで着いてきた意味がないではないかっ!!


 彼女自身は『すぐ戻るから待ってて欲しい』的なことを言ったが、ここは後を追うしかっっ!!


「……待ってればいいんじゃないの?」


 追いかけようと足を踏み出したところで、後ろからそんな声が聞こえてきた。


 ここには私以外には一人しか居ないから、声の出どころは当然あの生意気で失礼な例の子供である。

 心情的に全く振り返りたくないが、私は渋々そちらを見た。


「悪いが私も外へ出る」


 正直どこも悪いなんて思ってもいないが、私は大人なので一応そう言った。そう大人なので。


「すぐ戻ってくるって言ってたし、追いかけない方がいいんじゃない」


 するとその子供は、私に向かってぞんざいにそう言い放った。

 こやつリアがいないと、ふてぶてしさが倍増するなっっ!?


「彼女一人でいくのは危険だから私もいく、異論は認めない」


 しかしいくらイライラしても、その程度の抑えは効く……無視だ、無視。


 そして私は、最低限の答えだけ済まし外へ出ようとしたのだが……。


「ん、かのじょ……?」


 そんな言葉が聞こえて思わず足を止めた……。

 いや、よりによってなんでそこが引っかかるんだ?


 私が聞き返そうと振り返ったところ、私の目の前に一冊の本がグイッと差し出されていた。先程リアがこやつに渡して行った本のはずだが……。


「まぁ、そんなことはいいから読んでよ」


 え、この本見覚えが……いや、そんなことはどうでもいいっ。


「そんな場合ではないと言っているだろう……!!」


「でも、頼まれていたよね」


「……だが引き受けてはいない、何より一人では心配だ」


 確かに一応はリアから頼まれたし、彼女の頼みならなるべく聞いてあげたいが……今回は別だ。

 なぜなら一人では危険があるかも知れないではないか……!?


「心配……? でもあの人、さっきも凄かったし、強いんじゃない?」


「っっ」


 た、確かに……そう言われればそうだが……!!


「むしろ、ついていった方が邪魔なんじゃない?」


「じ、邪魔……!?」


 先程も似たようなことを言われたが、今回は微妙に心当たりがあるので強く反論しづらいっっ!!


 なんとなくリアが凄いのは分かるし、そこは認めるが……でも彼女一人では……。


「もしかして、アンタはあの人のことを信じてないわけ?」


「そんなわけないだろうがっ!?」


 は!? 貴様が思ってる倍以上は信頼しているがぁ!?

 今さっき出会ったばかりの貴様には分からんだろうがなっっ!!


「なら、言われた通りに待ってればいいじゃん」


「そ、それは……」


「本当に信じてるなら、早く読んでよ」


「っ……」


 本当に信じてるなら……。

 そこまで言われて渋っていると、まるで私が彼女を信じていないみたいではないか……。


 うぐぐっっ…………仕方ない…… 。


「わ、分かった読んでやる……」


 苦渋くじゅうの決断を下した私は、どうにかそう口にした。


「はぁ、ようやくわかったか」


 はぁああ!? いちいち発言が気に触るのだがっ!?


「いいか!? けっして貴様のためではなく、頼まれたから仕方なくだからな……!!」


「ふん、こっちだって同じだけどな」


 は、腹が立つっっ!!

 この子供本当に腹が立つっっ!!


 はっ、いや……落ち着け、気にしたら負けだ。


 子供なんかと喧嘩するのは馬鹿らしい……。

 あくまで淡々と事務的にするべきことをするのだ。


「ふっ……では、特別に読んでやるからしっかり聞けよ?」


「うん、こっちは聞いてやるからしっかりやれよ」


 ああっ!? ぐっっ!!

 はぁはぁ……落ち着け、堪えろ……。


 …………よし、大丈夫だ。


 どうにか気を沈めたところで、手に持った本へ改めて目をやった。


 しかし、読む本はこれか……『騎士王レオンハルトの大冒険』

 …………この本は以前私が借りたのと同じもので、なんならまだ返していないのだが……?

 もしかしてリアは何冊か同じ本を持ち歩いているのか? 彼女の考えや行動はつくづく謎だ……。


 あとこの本を見ると、感想を書くように彼女から言われてたことを思い出し……いや、今はそれを考えるのはやめて置こう。

 とりあえず本を読むんだ、気は進まないけど淡々粛々と……。


 そう、心を決めた私はイヤイヤながらも本を開いたのだった。




 しかしいざ読み聞かせを始めてみると、この子供は特に生意気なことを言ったりもせず、黙って話を聞いていたのだった。


 しかも話を聞くその様子が、そわそわと楽しそうで……なんというか、調子が狂ってやりづらかった。

 いや、突っかかられるのも嫌だが、これだとなんというか……普通の子供みたいで、ほんの少しだけ可愛げがあるような気さえした。

 ……気のせいかもしれないがな。


 そうして私が本を読み終えてパタンと本を閉じたところで、ロイがこう言った。


「うん、まぁまぁだった」


 やっぱり気のせいだったな、コイツに可愛げなどない……!! 一切ない!!



「お待たせいたしました、ただいま戻りました」


 丁度そんなことを考えてイライラしていたところで、玄関が開きそんな声が聞こえてきた。


 そこに立っているのは、この僅かな時間でも会いたくて堪らなかったリアである。


「り……」


「リオン、おかえり!!」


 私の言葉を遮ってロイがそういって、そのままリアに飛びついたのだった。


 ああ!? こ、こやつめぇぇ!!


「あっ、ロイくん私がいない間はどうだった?」


 リアがそう聞くと、ロイのやつは抱き付いたまま笑顔でこう答えた。


「うん、言われた通りその人の読み聞かせにつきあってやったぞ」


「おいっ!?」


 付き合ってやったとはどういうことだ!?

 流石に頭に来たぞ!!


「ああ、アルさんはちゃんと読み聞かせをして下さったのですね? 私が押し付けてしまったのにありがとうございます」


「っ……あ、ああ」


 文句を言おうと口を開きかけたが、それより先にリアからお礼を言われてしまったために怒るに怒れなくなってしまった……。


 ああ、しかし……うぐぐっっ!!


「本当にありがとうございます、助かりました」


 私の様子が微妙だったからか、リアはもう一度繰り返しお礼を言った。

 …………。


「……べ、別に、それくらい何でもない」


 しばしの葛藤のすえ、私が絞り出した言葉はそれだった。

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