第64話 少年との約束-別視点-1

「そうだ、ロイくんはさっき読み書きを覚えたいって言ってたよね」


「うん……」


 私からすっと視線を外したリアは、かがんで例の子供に話し掛け始めた。

 そう言えばここを一人で飛び出す前にも、そんなことを言っていたが一体どういうつもりなんだろうか……。


「今、話を聞いてきたら表通りの書店のおじさんが、仕事の合間になら読み書きを教えてくれてもいいらしいんだけど……そこで教わるのはどうかな?」


 ……は?


「え、ほんとう!?」


 え、えっ?


「ロイくんが、もしよければだけど……」


「いや、ちょっと待って!! 色々ツッコミどころがあるのだが!?」


 放っておくとそのまま話を進めてしまいそうなので、私は無理矢理間に割って入った。

 色々気になる部分があるので、これはきちんと聞かなくてはなるまい……!!


「え、はい、なんでしょうか?」


「まず、そもそもキミは今まであの……先刻の書店に行っていたのか?」


「そうです」


「それでわざわざ交渉をしてきたのか?」


「はい」


「一体どうやって交渉を?」


「まぁ……そこは私の話術わじゅつでちょいちょいっと」


 これを答えるとき今までとは違い彼女の目が遠くなったように感じたのだが……。

 なんだ、一体何をしてきたんだ。


「その『ちょいちょいっと』とはなんなんだ……」


「ちょいちょいっとですね!!」


 今度はさっきのように不自然な様子は見せず、リアは堂々と笑顔で答えたのだった。


 これはきっと、それ以上聞いても無駄なやつだろう……少なくとも今のところはきちんと答える気はなさそうだ。

 うむ……では話題を変えるか……。


「ではそれは一旦いいとして……この少年に勉強させるのは、そもそも無謀というか無理じゃないか?」


 まず一番気になっていたのはその部分だ。

 いくら勉強できる環境が作れたとしても、この子供に勉強なんて出来るものか? という疑問が残る。疑問というか、私は絶対無理だと思ってるぞ。


「えー、そんなことありませんよ。ロイくんはやれば出来る子ですから……ね、ロイくん!!」


「う、うん……」


 なんだ、リアからこの子供への厚い信頼は……? なんというか、釈然しゃくぜんとしない。

 まぁこんなことを言えるのも、この子供の本性を知らないからだろう……ここはハッキリ彼女にも伝えておかねばならんな。


「悪いが私はこんな礼儀知らずな子供が、他人から教えをうなんて不可能としか思えない。キミは知らないだろうが彼の言動は少し目に余るものがあった」


 だがしかし、私は大人なので幾分か表現を柔らかくしておいた。

 別に細かく内容を伝えてしまうと、私がいいように馬鹿にされていたのがバレてしまうからとか、そういうわけではないのだ……。


 まぁ、今の言葉だけでも生意気放題だったあの子供が、黙りこくって幾分いくぶんか顔色を悪くしているので悪い気はしないがな!!


「そうですね、確かに今のロイくんには他人と接するのに必要な知識や経験が足らないかも知れません……」


 少しいい気分になっている私に反して、リアは悩ましそうな顔で何やら考え込んでいる。

 むむ、アレのことなんて別に気にしなくていいのにな……。


 そんなことを考えていると、リアはパッと顔を上げて私へまっすぐに目を合わせ口を開いた。


「しかし私はロイくん自身にちゃんとやる気があって、なおかつ人の話を聞くことができる素直な気持ちさえあれば、大丈夫だと思っております」


 ドキッとするくらい真剣なリアの眼差し。それに見つめられると私は何も言えなくなってしまった。

 うっ、これは……ずるいな……。


「ねぇ、改めて聞くけどロイくん自身はどうしたい?」


 いつのまにか私から目を逸らしていたリアは、再びあの子供の方に向き声を掛けていた。


「おれは……やっぱり字が読めるようになりたい」


「なら、頑張れるよね!!」


 リアは思わず見とれてしまうような笑顔を浮かべてそう言った。

 これが私だったらすぐにでも頷いてしまいそうなところだが……。


「でも……礼儀ってやつが、分からないのも本当だし……」


 この子供はグズグズ言い出して、そうしようとはしなかった。

 それはともかくとして、先程のリアの笑顔に動じていないのは凄いな……。


「それならさっきも言ったけど大丈夫だよ。ロイくんくらいの年の子なら、元気とやる気があって、悪い部分を注意された時に素直に直せれば十分だからね」


「本当に……?」


「うん、本当だよ」


 …………は、いやいや!!

 思わずリアに見入ってしまっていたが、先程の彼女の言葉にはまた色々ツッコミどころがあるぞ!?


「そ、そうとも限らないんじゃないか……みんながみんな許してくれるとは限らないぞ?」


 なので、そのことをやんわりと伝える。あくまでやんわりとだが……。


「まぁ確かに、そういう人もいるかも知れません……ですが、その場合は私が許さないので大丈夫です!!」


 だがリアは予想外に胸を張ってそう返してくる。

 なぜそんなに自信に溢れているのだろうか……。


「な、何が大丈夫なんだ!?」


「子供の些細ささいいたらなさすら許容できない大人は、私がシメるという意味です」


「いや、シメるって!?」


 戸惑って聞き返す私の言葉に、彼女は答えず笑顔を返すだけだった。

 薄々思っていたが、リアってたまに不穏だよな……。

 見た目は可憐かれんで可愛いのに……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る