第30話 大地の大精霊1

 帰りたい、ああ帰りたい、帰りたい……。


 突然、現れた大精霊様のお陰で私の予定は見事にぶっ壊れました!!

 まぁ元々なんかあれば吹っ飛ぶような、雑な計画ではあったけれどね……!!


 でもさ、よりよって大精霊様が出てくるとかなくないです?

 そんなわけで、帰りたい気持ちばかりがあふれてくる……帰りたいわー。



 そう思う私とは裏腹に、大精霊様の瞳はコチラへと向けられて動かない。


「…………」


 ……一応魔術でバッチリ正体は隠せてるはずなのに、そんなに見つめられると

見透みすかされてるようで不安になるのですがー!!



「……ここから立ち去りなさい」


 森に響き渡る、凜とした大精霊様の声。



 はい、よろこんで帰ります!!

 と、言いたいところだけど大精霊様が一瞥いちべつして声を向けたのは私ではなく近くにいた下級精霊たちだった。


 あれ、さっきまでこっち見てましたよね!?

 だからその台詞も是非、私に向けてお願いできませんかねー?


 そしてさっきまで元気にお喋りしてた精霊たちが何も言わずに、この場から去って行く。


 ああ、待ってー!! 私も連れてって!!


 ……確かにさ、大精霊様に会おうと思っていたけどそれは今じゃないからね!?

 何より向こうから来るとか嫌な予感しかしないんですよ……!!



「さて、それではお話しましょうか?」


 再びこちらへ視線を向けた大精霊様はニコリともせずに言った。


 嫌です、嫌な予感がするのでーっ!!


 そう思うものの流石にそれは言えないので、とりあえず無言を貫く。


 そして大精霊様は返事もしない私のことを意に介した様子もなく口を開いた。


「ねぇ、アナタ勝手に私の森に入ったうえに私の精霊たちまで集めてどういうつもりかしら?」


 えっ、精霊を集めたことはともかく森に立ち入るのって許可がいるんですか!?

 だとしたら何処どこにどうやって許可を得ろと言うつもりで?

 まず大精霊様は森の中にいるから無理ですよね?

 おかしくありません? しかも少し前まで眠っておられましたよね?


 ええ、思っていても口には出しませんけどね!?


「しかもわざわざ魔術で正体を隠してるなんて良くないんじゃないかしら……あの子たちは誤魔化ごまかせても私をだますことは出来ないわよ?」


 え……正体を隠すのは良くないって、どの口で言ってるんでしょうかね?

 それを言ったら、いつか正体を偽って騙し討ち的に訪ねてきて、呪いをかけた大精霊様の方がはるかに悪質では? それを考えると私の用途はとってもクリーンで、そのような悪意はないわけですよ!? そこのところ、よろしくお願いしますー!!


 ……はい、ここまで全て現実逃避です!!


 ああ、どうしよう……なんて答えればいいかまったく思いつかない……。


「さぁ、その魔術を解きなさい」



 ん……? あれ、誤魔化すことは出来ないと言われた時はドキッとしたけど……術を解かせようとするってことは、もしかして正体隠しの魔術を使っていることは分かっていても私の正体自体はバレてない……!?


 ………………ふ。


 ふふ……!! 自慢でしかないけど、私の正体隠しの魔術は超一級品、格上でも通用するように改良に改良を重ねてきた自信作なのですよ!!


 まぁ大精霊様が本気を出せばどうにかできると思うけど、それを躊躇ためらわせる程度には外から手を出すのが面倒に組んでいたつもりだったんですよねー。

 しかし個人的に実証じっしょう実験をするにしても限界があるわけで、まさか大精霊様に試せるとは……あれ、実際に大精霊相手でもちゃんと通用することが分かったのは大きな収穫では!? 大変だ、記録付けないと!! 日時に状況と条件を記録しなきゃ……っと、今はそれを喜んでる場合じゃなかった……。


「………………」


 一旦内心の大興奮をグッと抑えて、そーっと大精霊様の様子を伺う。すると彼女は黙ってこちらを見ているようだった。

 これはもしかして私の反応待ち……?



 ……うん、それじゃあどうしようかな。

 出来れば帰ってしまいたいけど、それは許してもらえないだろうしな……。


 うーん、うーん…………。



 あ……もしかして私の正体がハッキリ分かってこの状況って利用できるんじゃない?


 自分が知ってるけど、相手が知らない情報は武器になる……そういうのが得意なわけじゃないけど、私が取れる行動は限られているし出来る限りやってみようかな。


 よし、決めた。


「失礼ながらそれは出来ません……私はさる御方おかたのご命令でここに訪れており、正体を明かさないように厳命げんめいされておりますから……」


 実のところ、私には大精霊様がわざわざここまで来た理由に少なからず心当たりがある。

 むしろ有り過ぎる位にはある……。


 ならこう言えば、大精霊様は上手く勘違いしてくれるんじゃないかな……?

 たぶん、恐らく、あるいは……!!


 そうすると案の定、彼女の表情に変化が見られた。


「ふーん、さる御方ね……じゃあなんの為に来たの何が目的?」


 その顔にはやや驚きがあったものの、そこには一種の納得のようなものが読み取れた。


 お……これはイケたのでは?


 しかしどうしようー。使っておいてなんだけど、さる御方の性格とかほとんど把握してないんですよねー。

 むしろアチラの方が詳しいハズなのでうっかりボロが出たりしたら……うん、その時はその時だね!!

 というワケで開き直ってガンガンいっちゃうぞー!


「それはもちろんこの森に起きている異変の調査です……大精霊様もお心当たりがお有りでは……?」


「…………」


 返事はないが、代わりに大精霊様はわずかに不快さを表情ににじませていた。


 ふむ、やっぱり異変への自覚はあったわけか……となると、分かっていながらどうにかしなかったのか……はたまた、どうにか出来なかったのかどっちなのかな?


 とりあえず現状では判断できないから次だね……。


「それともう一つ、1000年前のあの件について出来る限り調べて来るようにと……」


 この言葉については一種のけだ……さて、一体どんな反応が帰ってくるだろうか。


「……そう」


 大精霊様は一見静かに頷いたが、そこには何か嫌なものを感じさせた。

 あら……?


「ふふ、今更ね……」


 そして、そんな言葉とともに浮かべた笑みは恐ろしく冷たいものだった。


 うん、完全に良くない発言だったみたいですね!?


 しかし後戻りは出来ないので、ここは押し通るのみ……!!


「今更と言われても、分からないものは分かりませんので……それにこの案件については貴方様以上にお詳しい方はおられないのでは?」


「……それはどういう意味かしら?」


 大精霊様はまだ冷え冷えとした笑顔を浮かべている。そんな笑顔ならさっきまでの無表情のがマシなので止めて頂けませんかね……?


「可能であれば、当事者である貴方様に直接お話を伺いたいという意味で御座います」


 当事者って勝手に断言ちゃったけど、間違っていないよね?

 私の発言に大精霊様は露骨ろこつに顔を歪めた。


「勝手に訪ねて来たくせに図々しいのね……」


 いえ、別に訪ねてきたわけではなく大精霊様が勝手に出てきただけです。

 私は特に会いたくなかったので、そこはお間違いなきように……!!


「……ですが、いいでしょう」


 お……? もはや期待してなかったけど、この反応は?


「1000年前のあのこと……特別に話してあげるわ」


 おお、やった!?


「ご配慮のほど、恐悦至極きょうえつしごくに存じます……」


 全く配慮なんてされた覚えはないけど、とりあえずこう言っておこう……。ほら、世の中って何かと建前が大事ですからね?

 しかしもう駄目かと思ったけど、本人から直接話しが聞けるって!!


 これはやったんじゃないかな……!?


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