第31話 大地の大精霊2

 大精霊様は短いあいだ目を閉じた後に、どこでもない遠くをみるような目をしながら話しを始めた。


「1000年前のあの日、私はクリスハルトに会う予定だった……」


 え、この話しってクリスハルト様が直接絡んでる感じなの……?

 あとあの日ってどの日でしょうか……?


 気になる部分はあるけど質問なんて出来る雰囲気じゃないんだよねー。


「でもいつまで経っても彼は現れなかった……それでなにか嫌な予感を感じた私は彼を探しに行ったの……」


 探しに行ったのか……クリスハルト様と大精霊様ってだいぶ親しかったのかな……。


「そして……私は目にしてしまった……」


 ゆっくりとした口調で語る大精霊様……それにしても少しゆっくり過ぎるような……。


「既に息も……絶え絶えになった……彼の姿を……」


 えっ、どういう状況でそうなっていたのでしょうか……?

 それにやたら言葉を切り過ぎじゃない……?


「救えなかった……人をやす術を持たない……自分にはとても……っ」


 いやっ……!? 大精霊様の様子が明らかにおかしい……!!

 顔をこわばらせて、表情も明らかに苦しげだ……!!


「大精霊様、如何されたのですか……!?」


 声を掛けてみたが、彼女は私の声に一切反応を示さない。

 まさか、聞こえていない……!?


「本当は、予想出来ていた……あの事態だって……私が守れ、なかった……だけ」


 不自然なほど途切れ途切れの言葉に、抱え込まれた頭と完全に焦点の合ってない瞳。


「そし、て……っ殺せなかった……ぁぁあっ!!」


 うなり声を上げて身をよじる大精霊様の様子は異常の一言だった。


「はぁはぁはぁ……」


 そしてしばらく浅い呼吸を繰り返した大精霊様は、息も整いきらないうちに私へ鋭い目を向けた。


 あ、嫌な予感が……。



「……つまらない……くだらない……話しなんてもう止めたわ」


 先程とは違って苦しげでも不自然なほど途切れてないけど、冷え冷えとした声。

 そしてその瞳には暗い影がつくろっていた。


 何がどうなったのかは分からないけど、この雰囲気は明らかににマズい。

 だって明確な敵意をビンビン感じるんですよ……!!


「ちょっと面倒そうな術だから手を出さないで置こうと思ったけど、やっぱりそれを無理矢理引っぺがしてアンタの顔を拝むことにするわ……」


 大精霊様がスッと手を上げる。



 直感的に魔術が使われる気配を察して、私は大きく後ろに飛び退いた。


 その刹那せつな、先程まで私が立っていた位置には地面から突き出した鋭い岩と、同じく地面から出てきたらしい大樹の根のようなものが存在していた。


 わーおぉっ!?


 ……えーとこれはたぶん、地面から出てる岩で突き刺して動けなくしたあとに、あの太い根で叩きつぶす感じのやつかな? 勢い余って根っこが岩に突き刺さっているけど、地面はえぐれてるからあそこにいたら潰れてたね……。



 って、これ本気のやつだよね!?

 怖っ!!


 顔見るって先に殺したうえでって意味なの?


 そもそも、なんで唐突に殺意がき出しなの!?


 原因らしい原因は……あ、さっきのあの話……?



 おっと……!?


 今度は横に飛ぶ。同じ攻撃がされたため、先程までいた位置には岩で串刺くしざしになった木の根がまた出来上がっている。


 何はともあれ今考えているヒマはなさそうだね!?



「大精霊様、今の貴方様はとても冷静とは思えません……なので私は一旦お暇させて頂きます」


 はい、こんな殺意高過ぎる相手とこれ以上一緒に入られないので帰りますね!! の意思表示です。


「私が逃がすと思うの?」


 そうですよねー!! 確かにその気はなさそうだけど、そういう台詞は大精霊のイメージをそこなうので止めた方がいいんじゃないですかねー?

 大事ですよー、イメージってやつはー。


 はははっ……いやね、私が本気で怖いからやめて欲しいんですよ!!


「逃げるなんて滅相めっそうもありません……大精霊様が冷静さを取り戻したらまたお会いしましょう」


 今の状態じゃ怖すぎるんで、お願いなのでキッチリ頭を冷やしといて下さい!!

 ……って言いたいねー。言わないけど、言えないけど……!!


「黙りなさい……!!」


 再び同じ攻撃をされたため私は回避行動を取るが……うん、パターンは変わってない、これならイケる!


 今回はこちらも魔術を使った。

 発動速度重視、威力いりょく低め、でもって数は多めで……っと!!


「……氷の刃よ」


 無数に発生させた氷の刃を大精霊様に向けて飛ばす。


「そんなもの効くか……!!」


 はい、私が放った刃は一瞬で全て消し飛ばされましたー!!


 うんでも分かってたよ、だって私はそのすきを狙っていたのだからね……!!


幻惑げんわくの霧よ、発現はつげんせよ」


「なに!?」


 一瞬で辺りは霧で包まれてしまい見事に視界は閉ざされていたが、そんな中でも大精霊様の戸惑とまどう気配だけは伝わってきた。

 これは私が割と得意な魔術の一つである幻惑の霧。発生させるのはただの霧ではなく、相手の動きや能力を制限することが出来る魔術的で特殊な霧だ。とは言っても、これは急ごしらえの簡易バージョン。さっきの魔術と同時並行で発動しつつ、速度を優先した結果、普段より効果は薄めで大精霊様への目眩めくらましと牽制けんせいの意味合いが強いものになっている。


 時間もないし相手が戸惑っているうちに、ダメ押しでさっきと同じ氷の刃ももう一発撃ち込んで置こうかな。

 とうっ!!


「っっ!?」


 あっ、もしかしてちょっと驚いてる?

 同時並行してなかったら、氷の刃くらい余裕で詠唱えいしょうなしの即時発動ができるんですよねー。


 ま、多少相手を驚かすことが出来ても私の不利ふりは動かないので逃げ失せますけどね!!

 霧については私がいなくなってから、消すなり吹き飛ばすなりご自由にどうぞー!!


「…………おのれ!!」


 最後にそんな声が耳に届いたが、もはや関係ない。




 バッシャンー!!


 大きな水音とともに、私と大精霊様のいる場所は完全にかたれたのだから。


 そう、私はちょうど近くにあった湖に飛び込んだわけです。


 これが私にとっての言わば勝利条件であり、念の為に容易してあった保険……まさか早々に使うことになるとは思わなかったけど。

 実は水中であれば、例え大地の大精霊であろうとも私が易々と負ける可能性は低いのですよ……!!

 それでも絶対に負けないと言い切れないのが悲しいけれど、そもそも根本的な存在の格が違うからこれは仕方ないねー。


 けどね、そんな私が水中で完全なる逃げにてっすれば、どうなると思う?

 ふふふっ、見せてあげよう私が本気の逃げ足ってやつを!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る