悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします

浜 千鳥/角川ビーンズ文庫

プロローグ 社畜と悪役令嬢➀

 ──私はだれ、ここはどこ。


 カビの生えたギャグとお思いでしょうが、今ここにおいてはガチです。めっちゃガチ。本気と書いてガチと読む。ちがい。

 いやな話、私は誰?

 だって私の中──私が、二人いる。



 私の名前はゆきむら。アラサー、社畜SE。

 労働基準法なにそれ美味おいしい? なブラックぎようで、来る日も来る日もおそい来るじんな仕様へんこうたたかい、毎日があらしのようないそがしさだった。すいみん時間三時間とかつう。なんなら会社にまり込みがスタンダード、家帰ってられたらそれだけでラッキー、てな日々。

 幸か不幸か、仕事自体はやりがいあったんだよね。やばい間に合わないって案件にお助け投入されて、ギリギリ間に合わせるのが役目。められやしないけど、評価されてると思ってた。

 はい、冷静に考えると使いたおされてましたね。アホやー、やーい社畜ー。

 とっとと転職でもすればいいのに、社畜適応しすぎてた。毎日あまりに仕事けだ、こりゃいかんと思った時、思いついたのが我ながらナナメな発想。

 心のうるおいに、乙女おとめゲームってのをやってみよう!

 いや寝ろよ。今にして思えば少しでも休めや自分。

 しかし働きすぎでマトモじゃなかった私は、テキトーに選んだ乙女ゲームをスマホにダウンロードし、通勤電車の中とかでプレイしてみた。そして、ナナメなハマり方をした。

 ファンタジーほう学園での王子様こうりやくは、ひたすら背中がかゆかった。ハッピーエンドにたどり着いた時の甘いプロポーズはもはやごうもんだったね。まんや小説でもれんあいものよりアクション系が好きなのに、なぜ乙女ゲームをやろうと思ったんだ自分。

 だけど、思わぬお気に入りができた。

 乙女ゲームには付き物らしい悪役令嬢が、テキトーに選んだゲームにもしっかりいた。というか選んだゲーム、かなりのテンプレだったんだね。まあ前述のファンタジー魔法学園とか、メイン攻略キャラが王子様とかでお察し? いや設定は皇国の皇子様だったな。

 ただちょっとめずらしい(たぶん)のが、悪役令嬢に兄がくっついてたこと。

 見た目、どストライクだった。メイン攻略キャラの皇子より、ほかの攻略キャラの誰より、見た目どストライク。水色のかみ、水色のひとみ、魔法属性は氷。ちようけいだけど目付きが悪くて表情とぼしくて冷たい感じ。片眼鏡なんかしてて、頭良さそう。実際、学年首席のしゆうさいで非情なまでにクールだという設定。

 そして設定では、彼はこうしやくちやくとかではなく公爵。彼も魔法学園の学生なのに、父親がそうせいして十七歳にして爵位をいでいるらしい。

 なおどう見ても二十代。け……いやいや、大人びてる。

 こいつがね! 悪役令嬢をベッタベタに甘やかしてんだわ!

 妹を甘やかす台詞せりふしか言わないんだわ!

『お前は誰よりも美しいよ、我が妹。お前こそ皇后にふさわしい』

『我が公爵家のすべてをけて、お前の望みをかなえよう。私の宝石』

『お前を悲しませるなど、神にすら許されないものを。皇子であろうと私は許さない!』

 出番の少ないサブキャラだから有名な声優さんではないんだろうけど、低くてめっちゃ良い声で、これでもかと妹を甘やかす兄。設定の非情とかクールとかどこ行った。兄ちゃんシスコンすぎる。もう笑った。

 しかし妹は、正直アホの子だと思ったね。ヒロインにしょーもないいやがらせをしまくり皇子にズレたアピールをしまくるが、それでれてもらえるとなぜ思う。ドレスとかにに金をかけるが、服がすごすぎて顔がわからなくなるレベル。

 しかし兄はしみなく金を出し、嫌がらせが不発に終わると『すまない、私の失態だ』と自分のせいにする。いやあなた後から知っただけやん。自分で責任取らせなさいよ、それやさしいぎやくたいって言わない?

 と内心でツッコミを入れまくり、笑いをこらえ、悪役兄妹きようだいを生暖かく見守りながらゲームを進めて、二人を追い込んでいったわけだ。ええ、攻略対象の皇子、かなりどうでもよくなってました。そしてたどり着いた断罪イベント。妹が暴走してヒロインを殺害しようとした事実が明るみに出て、兄妹はしやくはくだついえ断絶、財産を没シュートされて平民落ちに。

 そんな時でさえ、お兄ちゃんはぼうぜんとしながらも、泣きくずれる妹をきしめているんだよな。

 悪がいつそうされてスッキリするはずなのに、切なくなった。打算で妹を皇后にして権力拡大をねらうとかじゃなく、ただ妹が可愛かわいいだけの兄バカなんだなあ。見た目大人びてても、この人十七歳の少年だったね。

 この後エンディングまでゲームは進めたけどさあ、ほとんど苦痛だったわ。

 ブラック企業でむくわれない労働して、誰からもこうていされない生活してたせいかもしれない。何がなんでも妹を全面肯定してくれる、でもなんかやりすぎでズレてるお兄ちゃんを見ていると、みよういやされたのよ。

 お兄ちゃんが攻略キャラなら良かったけど、ネットで調べてもかくしルートもなくお兄ちゃんは攻略できないらしい。だから、一回メインキャラ攻略してからは、同じルートをり返してお兄ちゃんが妹の横でちょこっとなんか言う場面をひたすら見続けた。

 ……もう一回言うわ。寝ろよ自分。

 でもさ、このころにはねむれなくなってたんだよね。たぶんストレス、うつも入っていたのかな。とにかく現実とうしたかった。

 で、家でベッドに横になって、でも眠れずにゲームしてて、手がふるえてスマホが操作できなくなってブラックアウト。

 たぶん死んだね。チーン!

 ……鹿だよね。





 わたくしの名はエカテリーナ・ユールノヴァ。ほまれ高きユールノヴァ公爵家のむすめ


(あーそれ乙女ゲームの悪役令嬢の名前。お兄ちゃんはアレクセイだよね。ファーストネームだけていせいロシア風な世界だった)


 十五歳になって、魔法学園に入学するために、生まれて初めて公爵領を出て皇都へやってきたところ。半年前までお母様と共にゆうへいされていたわたくしにとって、世界はあまりに広すぎて怖ろしい。


(え、幽閉ってなにそれ。ゲームの設定に書いてなかったけど)


 ユールノヴァ公爵家は三大公爵家のひとつ。初代セルゲイは皇国の開祖ピョートルたいていの弟にして最も忠実なる臣下。ゆえに皇国有数の広大で豊かな領地をたまわった。いくも皇后をはいしゆつし皇女のこうを賜り、高貴な血統をして、万一こうていぎをさずからなかった場合、皇帝を出せるほどの家格をほこる。わたくしとお兄様のお様も、皇女だった。


(マジかすげー。時代に八代将軍よしむねが、しゆうとくがわ家から養子に入ったりしたようなもんか。あなたの家って徳川さんみたいな超名門だったんだ)


 お祖母様は誇り高く、厳しい方だった。ユールノヴァ公爵家といえど、皇女たるお祖母様は別格の存在で、すべての中心。一人ひとり息子むすこであるお父様を熱愛し、こうしやく家から輿こしれしたお母様を……きらいていらした。

 わたくしはお父様にお会いしたことがない。わたくしが産まれた後、お父様がお母様のもとへいらしたことはないと聞く。お兄様にも、ずっとお会いしていなかった。産まれてすぐお祖母様の下に引き取られ、お母様にお会いすることは許されなかったそうだから。

 お祖母様は女児であるわたくしには関心がなかったから、わたくしはお母様とずっといつしよだった。それでも小さいころはよかったけれど、暮らしはだんだん厳しくなり、公爵領のべつていから出ることを許されず、寒々しいやしきで、食事や衣服にも事欠くありさまで、お母様と身を寄せ合って生きてきた。


(そうだったの!? なにそれヒデェ、よめいびりダメ絶対! なにが皇女だクソババア!)


 お母様はいつもわたくしにおっしゃった。あなたは必ず皇后になってと……。

 皇后になればお祖母様でさえあなたに頭を下げねばならなくなる。なんでも好きなことができるようになると。だから必ず皇子にお会いして、皇后になって。そうしたら、母をここから救い出しておくれ。

 そう言いながら、いつも泣いていらした。美しさをとどめながらもやつれ果てた、わたくしそっくりのお顔で。


(そ、そんな重い理由で皇子を追っかけてたんだ……なんかごめん)


 もともと病がちだったお母様は、わたくしが十歳になる頃にはほとんど一日中、ベッドを出られなくなってしまった。

 わたくしはお母様をおいする時以外、お部屋の窓から外ばかり見ていた。見えるものはわずかな使用人たちと、季節ごとに色を変える森の木々ばかり。

 でもごくたまに、邸の前を通ってゆく一行がいた。

 それを見るのはわたくしの楽しみだった。かりにでも行くのか、いかつい男性が目立つ一団の中心は、わたくしとあまりねんれいの変わらなそうな少年だったから。邸にはほかに子供はおらず、わたくしが子供を見るのはその時だけだった。水色のかみの、きれいな顔立ちの少年は、いつも通り過ぎるまでじっとこちらを見つめていた。


(お兄ちゃん……きっとお母さんに会いたかったんだね。ババアが会わせないからせめて近くに、でも姿も見られず通り過ぎるだけ……くうっ、クソババア絶許!)


 そんな暮らしは、半年前にぷつりとち切られるように終わった。

 いつも静まり返っていた別邸に、こうしやくていからの使者が現れて告げた──お父様がりよの事故できゆうせいされ、お祖母様も後を追うようにくなられたと。

 そして、新しい公爵の命令だと言って、わたくしとお母様を馬車に押し込んだ。ずっとたきりだったお母様を、無理矢理。初めての馬車にられながら、わたくしは必死でお母様をはげましたりさすったりしたけれど、公爵邸に着く頃には、お母様は高熱を出して意識もうろうとしてしまっていた。

 むかえた公爵邸のしつはそんなお母様を見て、そうはくになって使者を𠮟しかり飛ばしたけれど、もう取り返しがつかなかった。執事はすぐさまお母様を公爵邸に運び入れ、医師を手配するよう命じ……その時にはもう、ごうしやしんだいに横たえられたお母様のお顔はあまりに白く、すでに生きているように見えなかった。

 お兄様がお部屋にけ込んできたのはこの時。

 でもわたくしは、現れたのがお兄様だと気付かなかった。とても背が高くて、片眼鏡が厳しい印象で、ずっと年上の、大人の男性だと思った。

 お母様が目を開いた。

 そしてお兄様を見て、なみだをこぼした。

「やっと……来て、くださった。アレクサンドル様……」

 呼んだのは、お父様の名前だった。

 お兄様はいつしゆんこおりついた。けれど、優しく言った。

「すまなかった……アナスタシア」

 それがお母様のさいだった。

 だからお兄様は、一度たりともお母様にご自分の名を呼ばれたことがない。


(くうう……めっちゃ泣くー! お兄ちゃん可哀かわいそう、あなたも大変だったんだねえ)


 そう、本当はお兄様はおつらかったはず。わたくし、わかっていた。

 でもお兄様は、公爵としてかんぺきなお仕事ぶり。お母様のそうを盛大にり行い、領地をしっかりとしようあくされて、わたくしと二歳しか変わらないとは信じられないほど大人に見えた。

 お兄様はわたくしをびんに思って、とても良くしてくださる。大きなてきなお部屋、美しい衣装、たくさんの使用人。別邸にいた頃から見れば夢のような暮らしをさせてくださり、皇都にもどって行かれた後もたびたび手紙をくださって、欲しいものはないか不自由はないかとづかってくれる。

 ……でもわたくしは、お兄様にまともに言葉を返したことがない。

 くださる物をらないとき返したりして、わがままな、ひどい態度ばかり。領地から皇都への旅の中さえ、お兄様が話しかけてくださっても、かたくなにだまり込んでいた。


ためし行動ってやつかな。ぎやくたいされた子供とかがやるらしいよ。この人は本当に自分の味方か、きわめようとするんだって)


 これではいけないと思うの。でもお兄様にこたえようとすると、お母様の最期を思い出して、なぜかいかりを感じるの。


(最期に声をかけた相手がお兄ちゃんだから? 意識こんだくしてて、お父さんとちがえてたのに?)


 きっとお母様も、本当はわたくしなんかいらなかった。お祖母様も、お父様も、お母様も、お兄様さえいればよかった。わたくし、なんなのかしら。


(あー……こじらせてんのね。うん。れいごとはおいといてぶっちゃけると、子供なんかいらんて親は存在するね。ごく少数だけどね。あと大貴族なら、めっちゃ長男教だろうね。あなたがムカつくのも当然よ。だけどあなたの家は、嫁イビリクソババアが諸悪の根源だからね? 父親はしらんけど、お兄ちゃんもお母さんも、あなたも完全にがいしやだから。ムカつくならババアの名前書いた紙をピンヒールでげしげしむとか、りでもかましてやりなよ。お兄ちゃんに八つ当たりすると、あなたも辛いんでしょ。根はけっこういい子なんだよね)


 ピンヒール? ふふ……ありがとう。

 でも、あなたはだれ


(うん……たぶん……たぶんだけど。

 私は、あなたなんだと思う)

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