ぼくの母さん
紫 李鳥
第1話
ぼくの母さんは、息子のぼくが言うのもなんですが、美人な母さんです。
ぼくの小学校の入学式のときに、訪問着を着た母さんはとってもキレイで、一番目立っていました。ぼくは鼻高々でした。
なのに、でも、しかし、けど、ところが、……キレイなのは外見だけなんです。グスッ……。
せっかくキレイな着物を着ても、歩くときは男みたいに外股です。それに、言うこともひどいんです。ひどすぎるんです。
「おう、息子、まだ童貞か?」
ぼくが学校から帰ると、“おかえり”の代わりにそれがあいさつなんです。そんなときの母さんは、きらいです。
「……ぼ、ぼく、まだ小学生だよぉ」
顔を赤くしながら、ぼくは一生懸命、反抗しますが、母さんには効き目がありません。
「好きな子ができたら、母さんに紹介しな。母さんが見きわめてやるから。気立てのいい女か、性悪女か。けど、ソクラテスの女房も、モーツァルトの女房も悪妻だったらしいから、ま、性悪がいちがいに駄目ってわけでもないが……」
そんな独り言をずっーとしゃべってるんです。そんなとき、ぼくは対応にくりょし、「じゃあね」って言って、離れるタイミングをのがしてしまいます。するとまた、話のつづきをします。
「ま、好みはさまざまだ。悪妻のほうが刺激があっていいわいって言う男もいるから。おまえはどっちだ。悪妻派か? 良妻派か?」
「ぼく、まだわかんないよぉ……」
ぼくは腰を浮かせながら、テーブルに置いたランドセルの肩ベルトをにぎっています。
「ま、おまえが好きだって言うんなら、母ちゃんは我慢するよ。どんなに性悪でもさ。……グスッ」
「お母さん、泣かないで。先のことはまだわかんないもん。今から泣いたら、涙がかれちゃうよぉ」
「おまえは優しいね。別れた父さんとそっくりだ」
「……じゃ、なんで別れたの?」
「誰にでも優しかったの」
「……つまり、ウワキってこと?」
「うん。……おまえは好きな子にだけ優しい男になっておくれね」
「……先のことはわかんないよ。まだ小学生だもん」
「あっという間に大人になるさ。中学に入ったら年取るの早いからね。気がついたら、もう
「ハタチでやっと大人じゃないか。それからをゆっくり生きるよ」
「ばーか。二十歳を過ぎたら、あっという間に30。30過ぎたら、おっとどっこい40よ」
「……それに気づくのに、ぼくはまだまだ長ーいさいげつがかかるね?」
「だから今、教えてやってんじゃん。教訓だ、よく覚えときな。“親の説教と冷や酒は、後で効くー”だ。どうだ、分かったかぁ?」
「うん、わかった。あ、忘れないうちに日記に書いとくね。じゃあね」
ぼくはきっかけをつかむと、ランドセルもつかんで大急ぎで自分の部屋にダッシュします。
「そうしな、そうしな。いい子だ、いい子だ」
と、まぁ、毎日がこんな具合です。
そんなある日、ぼくが学校から帰ると、家のようすがなんか違うんです。最初、泥棒かと思いました。
リビングのソファーに見たことない服があったり、なんかいつもと違う匂いがしたんです。
ぼくが不思議そうな顔をしていると、トイレの水を流す音がしたんです。母さんかと思っていると、トイレから出てきたのは、くわえタバコの、知らない若い男でした。ぼくがびっくりしていると、
「よっ! ユウダイか?」
と、なれなれしくぼくの名前を呼んだんです。
「そ、そうですけど、あなたは誰ですか?」
ぼくは玄関のほうに後ずさりしながら聞きました。すると、
「俺、ヒロト。よろしく」
ヒロトと名乗る男はそう言うと、キョロキョロしながら、タバコの灰を捨てるものを探しているようでした。
ぼくは、父さんが愛用していた灰皿をシンクの下から出して手渡しました。
「サンキュー」
ヒロトは、ガラスのテーブルに陶器の灰皿を置くと、どっしりとソファーに座りました。
「……お母さんは?」
訊いてみました。
「あ、スーパー。そろそろ帰る頃だろ」
「……それより、あなたは母さんのなんですか?」
ぼくは勇気をふりしぼって訊いてみました。
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