悪の侵略者幹部は生まれ変わって正義のヒロインと恋がしたい。 

総一智

序章 戦いの果てに

 対立する勢力に所属する者同士が対話を試みる価値はあるのか?


 答えはノー……だとかつての俺なら答えるだろう。


 だが、侵略者としてやってきたこの世界に、俺の常識は悉く破壊された。




 始めは、その世界に対して何の愛着もなかった。


 そこで抵抗する勢力に対して特別な感情など必要ない。


 だが、彼女は……いや、彼女たちは何かが違った。




 力で以て屈服させようとしてもそれ以上の力で反発してくる。


 心を責めたて、折ろうとしても互いを支え奮い立つ。


 時に仲違いを起こしても絆をより強固にして新たな力を得た。




 その光は強く、温かく、そして優しい。


 人や物は輝きに溢れ、互いに笑い合いながら生きている。


 弱者に鞭打ち、強者がそれを指差し嗤っていた俺の世界とは違う。


 嫉妬にも似た感情を彼女たちにぶつけた事もある。


 しかし、俺の行動に対して帰ってきたのは思いもよらない言葉だった。




「優しい心を、あなたも持っている」




 そこから、俺の心には迷いが生じ始めた。


 自分のするべきことは正しいのか?


 今まで信じていたことは間違っていた?




 そんな迷いを抱えながらも、侵略は着々と進み、ついに最終段階に入った。


 それでも、彼女たちは諦めない。


 最後の戦いを始める時、俺を迷わせた言葉を放った少女と正面からぶつかる。


 自分たち以外に戦う者がいなくなった場所で、それでも希望を信じて挑む。


 その姿は、今でも眼に焼き付いて離れない程に輝いていた。




 だからかもしれない。


 全てが、俺の命すら終わりを迎えたその時に――






 ――彼女に恋をしていたことに気づいたのは。










「はああああっ!」


「うおおおおっ!」


 少女は拳を、俺は足を、一切の躊躇なく振りぬき、ぶつけ合わせる。


 幾重に重なった衝撃で、黒く淀んだ空が弾け、土塊だらけの大地が震える。


 次の瞬間には、俺と少女は地面に叩きつけられた。


 そして再び同時に立ち上がる。


 俺も少女も、膝が笑い出していた。限界は近いだろう。




「……もうこの世界は、我らバッドドッグ帝国の支配下に落ちた! 栄光の天使達グロリア・エンジェルスと言えど、もはやどうにもならん!」


「そんなことない! この世界は負けてなんていない!」


 こちらの勝利宣言なんて絶対に認めない。


 言葉や気迫からも、強がりや痩せ我慢でないのは、理解できた。


 装飾過多にも見える桃色の衣装は、とても戦いの装いとは思えない。


 だが俺は何度も彼女……いや、彼女たちに辛酸を舐めさせられてきた。


 どんな絶望的な状況でも諦めない。


 そんな強い意志を幾度となく見せつけられたのだ。


 彼女の名は、リア・ミカエル。


 世界を守護する女神に選ばれ、加護を受けた戦士達の一人である。




「諦めろ、貴様らは敗北したのだ! 少数のために多数の敗者を生み出す事……。それこそが真実にして真理! この空を見ろ! 闇の力マケイヌオーラに染まったこの世界、もう抗っているのは貴様らだけなんだぞ! いったい何の意味がある!」


 俺は、誰に言い聞かせるわけでもなくまくしたてる。


「違う! どれだけ闇が世界を覆っても、光は必ず世界を照らす!」


 だが、ミカエルはふらつきながらも一歩、また一歩とこちらに足を進めてきた。


「……諦めなければ……負けじゃない! 何度だって立ち上がれるんだ!」


 満身創痍なはずなのに、その眼はただ真っ直ぐにこちらを見据えている。




「あなただって――」


 次の瞬間、彼女は一気に間合いを詰めてこちらに拳を振り上げていた。


「しまっ……!」


「――そうでしょう!」


 反応が遅れた一瞬の隙に、全力の拳が俺の顔面を襲った。


 受け身をとる事も出来ず、地面に転げ落とされる。


「がはっ……!」


 膝をつき、口に溜まった血を吐き出しながら、俺は立ち上がる事が出来ない。




「本当はもうわかっているんでしょう? 帝国のやっている事は間違いだって」


「何を言っている……俺はお前たちの敵だ! お前たちを倒すことが俺の――」


「違う! 貴方の心には迷いがある。拳を通して伝わってくるもの」


 拳を自分の胸に当て、ミカエルは断言した。


「俺が、迷ってるだと……?」


 彼女の言葉に響くように、心の中をざわめく何かがあった。


「私たちは貴方達が呼び出した怪物を倒して、貴方達が言ってきた事……


『負けを認めろ』って言葉を覆してきた。それを見て何も感じなかったの?」




 言い知れないざわめきが勢いを増し、体を、心を焼いていく。


 俺は咆哮を上げて立ち上がり、ミカエルに突撃した。


 心を燃やす衝動のまま拳をふるうが、その悉くを彼女は受け流す。


「ああ悔しかったさ! なぜ諦めないのか、なぜ勝利を信じて疑わないのか!


 どれだけ地に伏しても立ち上がってくる貴様らに恐怖すら感じた!」


 そして、大振りに振り上げた右拳をミカエルに受け止められてしまった。




「……なぜ貴様らは、困難の中でそんなに笑っていられるっ……! なぜこんなに胸が苦しい……なぜこんなにも、羨ましいと感じるんだ……」




「それは、あなたが人間だから」


「人間……? 人間だからなんだというんだ!」


「あなただって知っているはず。人と人が関わる事で生まれる温かさを」


「温かさ……?」


 受け止めていた俺の拳を、ミカエルは包み込むように両手で握った。


 物理的な温かさとは違う、心に響いてくる錯覚を覚える。


「私もあなたも、性格も性別も何もかも違う。けど、きっとお互いに歩み寄る事が出来るって、私は信じてる。どれだけ嗤われたって、それを貫き通して見せる」


「戯言を……!」


 すぐにでも手を払い除ける事は出来た。


 だが、体は意に反してそれを行おうとしない。


 満身創痍まんしんそういで体が動かないのか……それとも――


「だから、教えて欲しい。あなたがどうしたいのか」


「それは……」


 俺の使命は、エンジェルスを倒し、バッドキング様の望む世界を作る事。


 だが、そこに俺の意思はない。


 俺は……俺自身はどうしたいんだ?


「俺は――」




『よくやった、我が騎士ルースロットよ』




 空間全体に響くような重い声が響いた。


 すぐに、空を覆う闇よりも黒い、人の形を成した巨大な影が現れる。


「……バッドキング」


 ミカエルが呟くようにその名を口にした。


 俺が仕える闇の化身にして帝国の王である。




「バッドキング様! 貴方様が何故このような所に……」


『他の天使どもも残りの騎士達と戦いを始めた。彼奴等の支えはその天使だ』


 巨大な影の手が、ミカエルを指差す。


『ここでこの小娘にとどめを刺せば、彼奴等の士気は折れる。違うか?』


「その大任、私が必ずお果たし致します! だから――」


『お前は旗印たるリア・ミカエルを十分消耗せしめた。大儀である』


 影が手の平を少女に向けると、そこから無数の黒い槍が生み出される。




『貴様を失う訳にはいかぬ。故に、我自らの手で終わらせてやろう』


 槍の切っ先が少女に向かい無慈悲に、かつ一斉に放たれた。




 おそらく、消耗した状態であれを避けることなど不可能だろう。


 敵は倒され、バッドキング様の統べる新たな世界が生まれるのだ。


 このまま、見ていれば――






「えっ……?」


『馬鹿な……貴様っ何故!』




 気が付いた時には、俺はミカエルを自らの背を盾にして守っていた。


 かばわれた当人は、何が起きたのかまるで解っていないようだ。


 無数に突き刺さった槍の一部は自らの体を貫きながら止まっていた。




 エネルギー体だったらしい槍が消滅し、俺はそのままうつ伏せに倒れ伏す。


 穴だらけになった体は、もう指一本すら動かない。


「しっかりして!」


 呆然としていたミカエルが我に返り、俺を仰向けにして必死に呼びかけている。


「どうして私を……」


「……わからん……気づいたら、そう、していた」


 口を動かすのも億劫だったが、答えた。


 体が勝手に動いていたとしかいえない。


「……形はどうあれ、お前の勝利だ……誇っていいぞ」


「違う! こんなの勝ちじゃない……私が目指していた勝利じゃない!」


 体が冷たくなっていくのがわかる。


 自分から何かが消えていく感覚。


 ――これが、死か?




 戦いに身を置く以上、死ぬ覚悟は出来ていた。


 こんな形での決着だが、不思議と気分は晴れやかだ。


「――い!……――で!」


 叫ぶようにこちらに呼びかけているミカエルの声が響く。


 何か言っているが、読み取る事は出来ない。


 視界も判然としなくなってきた。


 だが、握られた手からの温もりだけは、確かに伝わってくる。


 おぼろげな視界に浮かぶ彼女が、何故か輝いているような錯覚を覚えた。




(天使……?)


 ありきたりな表現になるが、そう見えてしまったのだから仕方がない。


 そこまできて、ようやく俺が盾になってまで彼女をかばったのかが理解できた。


(俺は……ミカエルたちの放つ輝きに魅入られていたんだ)




 自分のため、誰かのために懸命に戦う意志。


 どれだけの困難が立ち塞がっても絶対に諦めない強さ。


 それぞれの夢を目指し、仲間と歩んで支えていく絆。




 そんな輝きにも似た光景を、もっと見てみたい。


 失いたくないと、思ってしまったんだ。


 侵略者として、踏み躙にじり奪う事しか知らない筈の俺が、である。




 それは、俺にとって永遠に手に入らないと思っていたものだ。


 弱肉強食……帝国の中では他人など信用に値しない。


 弱さを見せれば付け込まれ、敗者へと堕ちてしまう。


 どす黒い闇の中で他者をねじ伏せ続けてきた俺には、それはとても眩しかった。


 その輝きを見せてくれた彼女に、きっと俺は最初から魅入られていたのだろう。




 そう確信した時、視界が……手の力が少しだけ戻った。


 それが、蝋燭ろうそくの最後の灯ともしびだという事も理解して。


 ミカエルの目に溜まった涙を少しだけ拭ってやる。


 きょとんとした表情を浮かべた彼女が、今はとても愛おしかった。


 今の自分は、きっとすごく満ち足りた顔をしているだろう。


「ああ、やっぱり――」


 眩しいな。




 それが、最後の言葉。


 バッドドッグ帝国の騎士、侵略者ルースロットが見た終の光景だった。


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