トカレフの傀儡

関隼一

トカレフの傀儡


(…ぃ!!…親無しやーぃ!!のろまなトカレフ!!何も出来ない愚図野郎!!)


「…………。」


(おい!何とか言えよ!!口が腐ってんのか!?)


(アハハハハハ!!)


…もう、いい加減放っておけば良いのに。


何も抵抗しない僕をおもちゃにして、あいつらは何が愉しいんだろう。

叩けば音が鳴る玩具の方が幾分反応があって面白いだろうに。


…まぁ、まだあいつらはいい。問題は…。


『こらーッ!!あなた達またトカレフを虐めてるわね!!』


コイツだ…。


(ひゃー!!また鬼女が来たぞー!!)


(弱虫トカレフ!また女に守られてやんの!!)


いつものように分かり易い捨て台詞を吐いていく。

いい加減飽きないものか。…それはコイツもだが。


『もうくるなー!!

…全く、トカレフも悪いのよ。何も抵抗しないから付け上がるんだから…』


「…うるさいな。放っておいてくれよ、アリア。

君がこうして相手にするからあいつらも飽きずに来るんじゃあないか。」


『だって放っておけないんだもん!!あいつら、トカレフの気持ちも知らないで…』


「…良いんだ。そんなコト、もう僕にはどうだって良いんだから。」


『あ、待ってよトカレフ!!今日見せてくれる約束でしょう!?』


少年は名をトカレフ、という。


彼の両親は操り人形(傀儡)作りが仕事で、それを売ったり、人形劇をしたりして生計を立てていた。


トカレフはそんな両親が大好きで、褒められようと人形作りに没頭し、幼くしていっぱしの人形が作れるようになった。


親の喜ぶ顔を見るのが何より嬉しくて、誇らしかった。

それがトカレフの生き甲斐であった。


…しかし両親は流行病にかかり、死去。

それ迄も大人しい少年であったトカレフは更に生気を亡くした様になり、人形作りに更に没頭する毎日を繰り返すようになった。

もうそれ以外に自分の存在価値は無いのかの様に。


毎日を只虚無の中に過ごし、周りに偏屈者と蔑まれようがトカレフは平気だった。


トカレフには夢があったのだ。


それは人形技師として、至高の夢。

心を持つ自立人形を作る。

両親の夢だった。


そしてそれはトカレフの最後の生き甲斐になった。


トカレフはそれだけを以て生きていた。

それ故に生きる事に余計なモノは削ぎ落としたかった。


しかし


少女は削ぎ落ちなかった。


少女の名はアリア。

唯一トカレフに何の偏見も差別も無しに存在したモノだ。


アリアはトカレフの親の人形が大好きだった。


そしてトカレフの人形も大好きだった。


トカレフがいくら拒絶しようと、遠ざかろうと、アリアだけはいつも隣に居た。


トカレフは何度も問うた。


「なぜ僕に構う?関わる?

人形を作るだけのつまらない存在の僕に」


すると彼女は決まって、


『貴方を見ていたいの。

ずっと、ずっと、ね。』


とだけ答えた。


トカレフはそんな彼女を不思議に思いながらも、只彼女を放っておくしかなかった。


時が流れ、トカレフは更に人形作りにのめり込んでいった。


人形はどれも両親を越える一級品ばかりになった。


しかし忌み嫌われるトカレフを誰も評価しようとしなかった。


いつしか呪いの人形を作り続ける狂人だという噂も流れた。


それでもトカレフは気にしなかった。

むしろ心地が良かった。

要らないモノが勝手に遠ざかってくれる。

自分の夢だけに集中できる。


しかし、アリアだけは変わらずずっと傍に居た。


いつもいつも彼女はトカレフの人形を見て、幸せそうに笑っているのだった。


いつしか。

トカレフにとってアリアは"削ぎ落とすモノ"ではなくなっていた。


しかし、トカレフが言葉を紡ぎ出す事はなかった。

彼は恐れていた。

気持ちを伝えてしまうと、何かが変わってしまう気がしていたのだった。


更に時が過ぎた。


遂にその時がやって来た。

心を持つ自立人形の作り方の理論が完成した。

トカレフの長年の夢が、ようやっと叶うのだ。


しかし。


「…ダメだ。

どうしても、どうしてもこれだけが出来ない。」


『トカレフ?何がダメなの?』


「人形を完成させるには、心を宿す。

つまりは核を、人の心を抜き出さなくてはいけない。

その為には一人の人間を犠牲にしなければならない。

しかも拒絶反応が当然起こる。

いつかは心が離れ、只の人形に戻る儚い存在だ…

そんなもの、達成して何の意味がある…


ずっとこれだけがダメなんだ…

何とかしてこれを回避する方法を探したんだけど…


やはり僕には無理だ…」


『でも、ずっと望んだ夢じゃない!何か別の方法があるはずよ。』


「ダメだ…どれだけ考えても、これしか… これしか僕には思いつかなかった…


父さん…母さん…


...アリア、ごめん、僕は結局完成させられなかった。」


『トカレフ…』


「だからね、アリア。君にずっと伝えようと思っていた事があるんだ。」


『伝えようと思っていた事?』


…何もかも捨て、人形作りの為だけに生きてきた。

でもそれはダメだった。

...ダメだったけど。


だからこそ僕は。


この気持ちを、伝える事が出来る。


「アリア、君が好きだ。

夢を叶えられなかった僕だけど、人形を作る事以外、何も出来ない僕だけど。

僕とともに、これからもずっと、一緒にいてくれないか。」


…束の間の静寂。

そして咳を切る様に少女は震え、泣き叫んだ。

『ッッッッッ...!!!!トカレ、フ...。

ああ、トカレフ...。う、うぅ...うああぁああぁあぁ...』


「アリア!?ど、どうしたの?いきなり...」


『う...ひっく、分からない...ずっと覚悟していたけれど、私には...

今の気持ちが、整理出来なくて...ごめんなさい、トカレフ。

少し答えは待ってもらえる?

...私、今のままじゃ、あなたの気持ちに答えられない...』


そう言ってアリアは立ち去っていった。


...やっぱり、僕なんかじゃ、ダメだったのかな?

ふぅ...まぁいいか。

ずっと追い求めた夢は叶わなかった。

ずっと溜め込んでいた気持ちは伝えた。


...なんだかすっきりしたな。

うん...少し、疲れ、た...な...

………

…………………

…………レフ

………トカレフ


………ん?

僕は…

少し寝ていた…かな。


『トカレフ、大丈夫?』


「あぁ…大丈夫だよ、アリア…。

少し寝ていたみたいだ。」


『そう…良かった。

もう、ダメかと…』


何故かホッとしているアリア…

ア、リア…?


『どうしたの?あなたの"夢"よ。

トカレフ。あなたは"本当"に成功したの。』


そこには、アリア…


いや …

アリア"だった"モノが佇んでいた。

見た目は無機質で無骨な人形であったが、僕にははっきりとそれがアリアだと分かっていた。

どうして彼女に"其れ"が出来たのか、等と分かる筈もなく、只々動揺が拡がって往く。


「そ、んな…

嘘だ…

アリア、どうして!!

どうしてそんな真似を!!」



『言ったでしょう?貴方は"本当に夢を成功"させた、と』


その時のアリアの表情が、微笑んでいるのにどこか寂しそうで…

いや、自分がそう感じたかっただけかもしれない。


僕は久し振りに


本当に久し振りに


感情を露にした


「それは違う!!!

こんなのは、僕の望む成功じゃない!!

アリア、君を犠牲にしての成功なんて、僕は望んでいない!!」


脆くも崩れ去っていく

僕は感じていたんだ

アリアが

本当の

僕の生きる意味だって…

なのに…

なのに、アリアは皮肉にも僕のせいで…

僕は…本当に…


『トカレフ、あなた何か勘違いをしているんじゃない?

"成功"したのは私の事じゃない。

私の事は別の事。

あくまで"あなた自身"の事よ?』


???

………え?

一体…彼女は何を言って…


『何を言っているのか分からないって顔ね。

良いわ、"約束"の時よ。

着いてきて、トカレフ』


彼女に連れられて辿り着いたのは他でもない我が家だった。


『ここを…こうして、っと』


彼女が何か暖炉を動かしているかと思うと、ギギィーという鈍い音と共に地下に続く階段が現れた。


……いやいや、ちょっと待ってくれ。

「なんでアリアが僕も知らない隠し通路を知ってるんだよ!?」


『今は何も言わずについて来て。もうすぐ全部分かるから』


アリアの言葉尻が余りにも真剣で、僕はそれ以上問うのを止めた。


階段を降りると細い通路に繋がっていた。

そして、一つの小部屋に辿り着いた。


「ここは…

人形を作る工房?

どうしてこんなものが…」


『ここはトカレフが"夢を叶えた"工房。そして"新たな夢を叶えよう"とした場所よ』


「夢を叶えた...?新たな…夢?一体どういう...」


『トカレフ…あなたはいつから人形作りに没頭するようになった?』


「…え?それは、父さんと母さんが死んで、しばらくして…かな。

それがどうしたっていうんだ?」


『トカレフ、あなたはひたすらに人形を作り続けた。毎日毎日、休む暇なく、ずっとずーっと…

その間

"全く寝ずに、

全く食べずに、

全く止まらずに、

人形を作っていた"ことに

何も疑問を感じなかったの?』


「…………え?」

思えば…

そもそも人形作り以外は必要ないと気にもしなかったが、

最後にいつパンをかじった?

最後にいつ寝た?

最後にいつ手を止めた?


………………………


「アリア、僕は。」


アリアは人形の身体を悲しそうに歪めながら陰に隠れていたモノを見て、こう言った。


『"コレ"がトカレフ、よ』


工房の一番奥

静かで物悲しいその一帯に

白骨化した骸骨が物憂げに座っていた


『トカレフは既に成功していたの。

心を持つ自立人形の完成をね。さっきのあなたと全く同じ方法を使って、自分自身の心を核にしてしかも自分そっくりに作り上げた』


「それが…僕…。

僕は…人形、だった。」


『…これがトカレフとの"約束"よ。読んで。』

アリアが取り出したのは一枚の古びた紙。

僕はそこに書いてある”僕”の言葉を紡いだ。


【親愛なるアリアへ...

ついに僕は完成させた。心を持つ自立人形は出来上がった。

しかし、それを夢の成功とするには、いささか問題もあるようだ。

人形を完成させるには、心を宿らせる事が必要だ。

この意味が分かるね?

僕は、夢の為に誰かを犠牲にする事が出来ない。

故に僕は僕であると共に、僕ではなくなる。

だから、完成をこの目で見る事は出来なくなった。

...どちらにせよ僕はそう長くない。流行病は僕の身体も蝕んでいたみたいでね。

もう、他の手段を探す時間はないんだ。


...アリア。

最期にわがままを聞いて欲しい。

僕の”夢”を君に見届けて欲しいんだ。

姿は変わっても、”僕”は僕だ。きっとやる事は変わらない。

心を持つ自立人形を作ろうとするだろう。


そしてそれが出来上がった時、その時初めて言えるんだ。

人形が宿主と同じ事を行う。そして、その後は、宿主を超える。

一つの、確固たる存在として、そこにいる事になるんだ。


その時に、君との約束は果たされると思う。

”僕”が僕を超えたとき僕には出来なかった事をやってのけるはずだ。

...君は納得出来ないかもね。

そのような約束の結末に、憤りを感じると思う。

でもそれが僕の夢でもある。


僕にはこれしかなかった。

こうする事しか出来なかった。

そんな僕の傍に、君はずっといてくれた。

僕に生きる意味を与え続けてくれた。

今の僕にはこれしか言えない。

最期まで頼りなくてすまないね。

さようなら、そしてまた会おう。


ありがとう、アリア。


P.S.

勿論この手紙を破り捨ててくれても構わない。

そうすれば僕との事も何も考えなくて良い。

その場合は約束は破る事になるけど、針千本で許してはくれないか...

また君の怒る顔が目に浮かぶよ。

それじゃ。 トカレフ】


......なんてことだ。


「アリア、それじゃあ君は。

僕を見届ける為だけに、僕を人形だと分かっていながらずっと傍にいたのかい?」


『だからいつも言っていたでしょう?”あなたをずっと見ていたい”って。』


「まさか...

人形である僕が、

心を持つ自立人形を作り上げるなんて有り得ないことを信じてでも、

居続けていてくれたのかい...」


『だって、それがトカレフの望みだったから。

私は信じていたわ。トカレフなら必ず夢を実現させるってね。

そうして、本当に叶ったわ。

おめでとう、トカレフ。』


「そんな....そんなのひど過ぎる!!!

いくら僕の、いや、トカレフの夢だからって、アリアが犠牲になる事なんて無かった!

どうして...アリアに、こんな残酷な事を...」


『もう良いの、トカレフ。もう良いのよ』


「良い訳ないだろう!!人形の面倒を見るどころか今度は僕の夢の為に命まで...」


『私は犠牲になったんじゃないわ。

それに、トカレフはちゃんと約束を果たしてくれたわ。

私の約束を。私の告白に答えをくれた。それで十分なのよ。』


「それって...」


『あなたは私を好きと言ってくれた。ずっと一緒にいようと言ってくれた。

私がトカレフに気持ちを伝えた時、トカレフはこう言ったの。

【アリア、僕が夢を叶えた時、君の気持ちに答えさせてくれないか。

そうでないと、僕は君とはとても釣り合わないし、僕自身納得が出来ない。

きっと後悔してしまう様な気がするんだ。


だからアリア、約束する。

その時にきっと、僕が答えよう。だからそれまで、待っていてくれないか】

とね。そうしてあなたはそれに答えてくれた。 そうでしょう?』


「でも...そうだとしても、君が人形になる必要は無いじゃないか!

どうしてそんな真似を...」


『それは私が悪いの。私が信じ切れなかったから。

トカレフはそうなってでも私の気持ちに答えようとしてくれた。

なら、私もあなたの気持ちにはきちんと答えたかった。

私、覚悟してても、あなたがトカレフだと、真っ直ぐ考えられなかった。

どこかであなたがトカレフではないような気がして。

だから、いっそ私も人形になれば。

そうすれば真っ直ぐにあなたの気持ちに答える事が出来る。

あなたが夢を叶えることも出来る。

...ふふ、でもそんなのは杞憂だったわ。

やっぱりあなたはトカレフよ。

どうであろうと、私の事を心配して。

ずっと変わらない。

私の大好きな、優しいトカレフ。』


「君は...これだけの事があって、僕がそれを理解した上でも、まだ僕をトカレフと呼んでくれるのかい?」


『あら、それを言うなら私だってアリアでは無い事になるんだけど?』


「あ、う、...ずるいな、君は。」


『答えをずーっと先送りにしたあなたに言われたくないわ。』


「『ふふっ...』」


あははは...と自然に笑みがこぼれた。

人形二人が笑い合うなんて...ホントにどうかしている。

でも...そんな事は関係ない。


何であろうと....

どんな事があろうと....


僕は....僕だ。


「アリア、もう一度。答えを出そう。

君との約束をここに果たそう。

僕、トカレフは、アリア。君を愛している。

これからもずっと...。永遠に愛そう!」


『トカレフ....

はい、私、アリアは永遠にトカレフを愛します。

あなたの想いに答え、永遠に添い遂げる事を誓います。』


僕たちは深く、強く抱き合った。

僕たちは泣いていた。

涙はもう、流れないけれど。

確かに泣いていた。


そうして、交わした口付けは。


人間だった頃の僕ですら感じる事が無かったであろう程に


とても

あたたかかった


...............


ある日、噂が流れた

呪いの人形が住む館がある、と。

そこには二つの人形が主の居ないまま動き続けていると。


真実を確かめようと一人の若者が館に訪れた。

館は酷く老朽し今にも潰れそうだった。

若者が館に入ると微かに物音が聴こえた。 そうして音のする方へ向かい、息を呑んだ。


二つの人形が、錆び付いた身体を必死に動かしながら椅子に腰掛け、テーブルを向かい合いながら互いの口と思われる部分にひたすらさじを運んでいた。

まるで人間の夫婦が楽しげに食卓を囲むかの様なあたたかさがそこにはあった。


若者は静かに館を出た。

呪いの人形の噂は嘘っぱちだ。そんなものはなかった。

と若者は伝えた。

そうしないといけないと、そう思った。


きっと見つかればあの場所は荒らされてしまう。

もうあの人形はそろそろ動かなくなるだろう。

せめてそれまでは。

二人で静かに暮らさせてやりたい。

何故かそう思ったのだ。


ただ、二つの人形が微かに発していた

と..か..れ...ふ......あ...り....あ.........

という音はどういう意味かは分からなかったが。

................


館のずっと下


一つの小さな工房には


二つの骸骨がまるで人形を見守るかの様に


上を向いて、折り重なって佇んでいた。


fin

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トカレフの傀儡 関隼一 @tarutaru3900

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