第51話 文人とわたる④

『今日は用事があるので、学校を休みます』


『ふふふ、わざわざ報告が必要なのかい? 彼氏でもないのに?』

「いや、そうだけどさ……もう! いいじゃん!」

『ふふふ、僕は悪いとは言ってないよ?』

「いじわる……」


 僕は今日学校を休む旨を担任の先生と、中野さんに連絡した。

 中野さんに連絡する必要があるのか……と言われると良く分からないけど、僕がそうしたかったんだ。


 これから母さんの元彼の家に乗り込む。

 こっちに来ると言っていたが、近所迷惑になるし、母さんの荷物も色々残してきたので、それも回収しないといけないのでこっちから出向くと伝えてある。


「そろそろ行こうか?」

「うん……本当に大丈夫?」


 この日のために有給休暇を取った母さんは、心配そうに僕の顔を覗き込む。


「問題ないよ、母さんの息子は意外と頼りになるってところ見せてあげるよ!」

「うん……」


 母さんは返事を返すのだが、心配で堪らない表情をしている。

 まぁ、元々もやしっこの僕が、やんちゃな大人を相手にするって言うんだから心配でしょうがないんだろう。


 僕は母さんの運転するスポーツカーに乗り込む。


「どれ位かかるの?」

「そうね、車で一時間もかからないわよ」

「うん。安全運転でお願いします」


 そして僕達は、何度目か分からない母さんの恋に終止符を打つために出発した。


◇◇


 家を出発して早々、僕のスマホにFINEの受信音が鳴る。


「あ、中野さんからのFINEだ」

「中野さんって誰? 彼女?」

「そ、そ、そんなんじゃないよ! 彼女だなんて恐れ多い!」

『ふふふ。文人、テンぱりすぎだよ』

「あら、恐れ多いなんて~ふーくんは、パパに似てめっちゃイケメンだよ?」

「僕が産まれる前に亡くなったんだから、父さんの事は知らないよ。まぁ、写真で見るからには美少年だったけど……」


 父さんは、僕が産まれる前に交通事故で亡くなったという。

 ただ、母さんがいつも大事にしている写真をみていると、父さんはかなりのイケメン……と言うより美少年なのだ。大学を卒業したばかりの新卒生に美少年と言う言葉が合うかは分からないが。


「そんな事より、その中野さんからなんて?」

「えっとね……え!? こ、今度一緒に遊園地にいかない? だって! 服部さん達と一緒だけど!」


『お? ダブルデートってやつだね! 行くべきだよ文人!』


 ワタルがめっちゃ食いついて来る


「へぇ~いいじゃん! 青春してるって感じで、母は羨ましいわ!」

「か、からかわないでよ!」

「じゃあ、断るの?」

「断るなんて、とんでもない! 行くに決まってるじゃん!」


 僕は中野さんに『ぜひお願いします』と返信をする。


 そんなやりとりをしている間に、僕は目的地である、母さんの元彼の家に到着した。

 五百坪をゆうに越すであろう敷地面積にセンスを疑う様な真っ赤な家がたっており、駐車場には一人で乗るには多すぎる程のこれまた真っ赤な高級車が立ち並んでいた。

 母さんは慣れた感じで、空いている駐車場に車を停める。


「悪趣味な家だね」

「アイツ、赤がラッキーカラーだって言って家の中も全て真っ赤にしてるのよ! 最初は個性的でいいと思っていたけど、今となってはただの悪趣味な変態薬中だわ!」

「そ、そうなんだね」


 車を降りた母さんは、これまた慣れた手つきで鍵を取り出し、表門を開けて庭へと入っていく。

 表門の表札には『来栖』と書いてあった。

 そして、チャイムも押さずそのままドアを開けて中に入る。

 

「こっちよ!」という母さんの背中について、廊下を歩いていく。


 母さんの言う通り、家の中の壁も天井も全て真っ赤に包まれていた。


「ね? 趣味悪いでしょ?」と言っている母さんに僕は苦笑いで答える。


 廊下を抜けると広いホールに出る。

 そこには、両手を超すであろう強面の男達と、そこら中に一糸纏わぬ女の人達が寝転がっていた。


「綾、そいつがお前のクソガキか……?」


 目の焦点があってない男が、ふらふらとこっちに向かってくる。ていうか、この人何歳!?  僕より年下なんじゃないかってくらい幼い顔をした、しかも、美少年だった。


「ヒサ君、クソガキって何よ! 私の可愛いふーくんに!」

 と、母さんは僕がクソガキ呼ばわりされているのが、気に食わないらしい。まぁ、当たり前か。


「うるせぇなぁ~そんな事より、戻って来いよ! 今なら許してやる、俺達と楽しもうじゃねぇか!」


 そう言って来栖は、母さんに向けて透明な小さい袋に入った白い結晶の様なものをチラつかせる。あれが、麻薬なのだろう。


「あの、来栖さんでしたっけ?」

「あぁん!? 何だクソガキ! てめぇ綾の子供だからって調子こいてんじゃねーぞ!?」


 言ってる事が支離滅裂だな……。


「別に調子なんてこいてないですよ? とりあえず、母さんから手を切ってください。それと二度と近づいたり、連絡したりもしないで下さい。それだけ守ってもらえれば、僕は貴方達に何もしません」


 僕のこの言葉に、来栖をはじめとすろ、その場にいた男達は大声を上げて笑い飛ばす。

「おいおい! このガキ頭いっちゃってんじゃねーのか!? 俺達相手に何もしませんだとよ! 俺を笑い死にさせたいのか!? なぁ? 銀!」

「全くだな、ヒサ」


 来栖の問いに、彼の隣に座っていた銀という白スーツのオールバックの男が同意します。


「つまり、僕の要請は聞き入れないと言う事でいいんですね?」

「ぶぁ~か~! 当たり前だろうが! 綾は、俺を裏切りやがった! その報いは受けてもらう! 薬漬けにして、こっちの銀にAVにしてもらう! 人妻物は売れるらしいぜ! ぎゃーはははははは!」


 駄目だなこの人達は……こんな人達をのさばらせては世のためにならない。

 

『文人、程ほどにね。この国では過剰防衛というのがあるらしいからね』

「分かってるよ」

「おい! クソガキ! てめぇ、兄貴達に舐めた口きいてんじゃなねーよ!」


 僕の体格の倍はあるだろう男が、僕に殴りかかってくる。


「おい。サブあんまりやりすぎんなよ? ぎゃははははは!」銀と呼ばれた男の下品な笑い声が耳に障る。てか、サブって……なんて、ベターな名前。


 と苦笑いを浮かべている僕の顔にサブの拳が当たる――瞬間、サブの身体は自分が元にいた場所に向かって吹き飛ぶ。

「へ?」「なんだ?」「あいつなんで吹き飛んだんだ?」と吹き飛んだサブに向けて不可解な声が上がる。


 サブの拳は僕が瞬時に張った魔法障壁に阻まれたのだ。


「随分面白い部下をお持ちなんですね、銀さんでしたっけ? 彼、勝手に吹き飛んでいきましたよ?」

「お、おま、お前! 何をしやがった!」

「僕が何かしたように見えました?」 

「おい、銀! ふざけてないで、とっととやっちまえよ! たけぇ金払ってんだからよ!」

「分かってるよ! おい! てめぇら! あのガキをぶち殺せええええ!」 


 その一言で、強面達が一斉に僕に襲い掛かる。

 少し前まで同級生にいじめられていた僕だ、ワタルと一緒じゃなかったら泣きながら土下座をしていただろう。いや、そもそもこの場に赴くなんて事、考えもしなかっただろう。


 だけど今は違う! 僕の中には僕の親友がいて、彼の力は僕の力なのだから!


「ふーくん!」と母さんは心配そうに叫ぶが、僕は「問題ないよ」と簡単に一言を母さんに向けて、ニコッと笑みを向け、強面達の群れに突っ込む!


「ぐあ!」「ぎゃー!」「俺の腕が!」「いってぇよ!」と銀の部下達は様々な音色を奏でていた。

「な、何なんだおめぇは!」

「おい! 銀!」

「手応えも何もないですね」

「お前はなんなんだ! まさか、服部みたいな化け物じゃないだろうな……」


 うん? 服部? 僕はうろたえている銀に向かって、「服部って、咲太じゃないですよね?」と聞くと、彼は明らかに恐怖まみれの顔で、「な、何でお前があの化け物の事を知っている! 何者だお前は!」と明らかに怯えていた。


「僕は、服部さんの友達というか、ライバルというか……」

「ヒサ……俺は降りる……金はそのままそっくり返す。俺はこの案件から手を引く」

「はぁ? 銀、お前何言ってんだよ? まさか、ガキからの付き合いの俺を見捨てる気か?」

「他の事ならなんだって力になる、だけど今回だけはダメだ。俺はまだ死にたくない」

「死にたくないって……何を……」

「おい! 俺はこの件から降りる! だ、だから服部さんにはこの事を……」


 銀という男はよっぽど服部さんが怖いのか、やたら震えながら僕に懇願してくる。


「分かりました、ただ、次にこんなアコギな事をするなら、服部さんに来てもらいますから」


 僕は、銀に向けてスマホの液晶を見せる、そこには服部咲太の名前と、彼の電話番号が映っていた。


「はひッ!」と声を裏返しながら、銀はその場から走り去っていた。

 未だに目を覚まさない部下達を置いて。

 

「さて、来栖さん。どうしましょうか? 僕はこのまま貴方が産まれて来た事を後悔させるくらい苦痛を与える事が出来ますが……」

「うるせぇ! クソガキが! 死ね!」


 来栖の手にはいつの間にか日本刀が握られており、日本刀を上段に構え、僕に向かって駆けてくる!


「ふーくん! いやああああ!」と母さんの悲鳴が聞こえるが、

 僕は冷静に、来栖が振り下ろす刃を躱し、来栖の顔に拳をぶつける!

 その反動で来栖の鼻はぺっちゃんこになり、上の歯がすべて吹き飛ぶ。

 

 一発で来栖は意識を離した。もちろん、殺してないからね!


「とりあえず、警察に連絡してここから出ようか?」

「……」

「母さん、大丈夫?」

「か、かっこいい……ふーくんいつの間にこんなに……」

「そんな事言ってる場合じゃないよ!」


 僕は、そう言って母さんを担いでその場を離れた。

 その後、ニュースで来栖が捕まった事が流れていた。何と来栖はあの見た目でアラフォーだったという事に驚く事になるのだが……まぁ、それはどうでもいい事だ。


 こうして、母さんの彼氏問題にケリがついた。結局、その二週間後には母さんに新しい彼氏ができたのだが、今回の件が懲りたのか彼氏と同棲はせず、僕と家で過ごしてくれている。

 

 少し照れるけど、僕は今の時間が凄く幸せだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る