第50話 文人とわたる③

 ♪~~♪~~~~~

 

 イヤホンから流れる音楽に合わせて鼻歌混じりの僕は、最近の日課であるランニングに勤しんでいる。


『ご機嫌だね。文人』

 頭の中に僕の命の恩人で、親友であるワタルの声が響く。


「君と出会ってから、僕の生活は充実しているからね」

『ふふ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっばり一番の原因は亜希子ちゃんとラブラブだからじゃないのかい?』


 ワタルは悪戯っぽい声おちょくる様に語りかけてくる。


「ら、ラブラブなんて! そ、そんなんじゃないから!」


 図星を突かれた僕は、慌てて否定をするのだけと、「ふふふ、そういう事にしておくよ」とワタルに返される。


 実際、中野さんとの距離は彼女が僕の家に来てくれた、あの日を境にぐんと近くなった。最近では、通学中には必ずと言って良いほど一緒にいるし、FINEのやりとりも一日も欠かさず毎日している。

 

 そして、学校生活も充実している。

 流石天才と言われていたワタルだと思う位、彼の頭脳はすごい。記憶力はもちろんの事、彼の理解力の高さには舌を巻くほどだ。


 最初はこの世界の教育のレベルに対して、ワタルは感嘆し、僕が寝ている間に意識を交換して僕の持っている教科書や参考書に何度も目を通していた。そして、分からない所は僕に聞いたり、僕と一緒にネットで調べたりしていたが、基本さえ分かれば全ては応用だと言って、彼は瞬く間に僕が全く理解できない高度な問題なども一人でスラスラと解ける様になった。


 そして興奮した様子で、こう言うんだ。


 『凄いよ文人! この国の民はこんな高度な教育が義務付けられているなんて! しかも、見たところ何でも証明したがる。凄く勤勉で知識に対して貪欲だよ! あっちの世界では証明出来ない事は殆ど神様の奇跡で片付けてしまうんだ。残念な事にね』


 『僕は違うけどね?』と一言付け加えてワタルは熱心に勉学に励んでいた。そして、ある程度勉学がひと段落ついたワタルが、本を読みたいと言い出したので区立図書館へ向かった。

 

 最初に図書館に入った瞬間、ワタルの心が震えている事が僕に伝わった。

『な、何だいこの書物の数は……天国なのかいここは? ここは、この国の書物が全て集まっているのかい!?』 と驚いていたので、図書館は大学の図書館を含めると五千近くあることや、一番蔵書数が多いところはここの十倍はあると伝えたら、昇天しそうなくらいに喜んでいた。


『本には先人達が何度も過ちを繰り返して辿りついた答えが無限にあるんだ。それを自分の糧に出来るという事は、答えに向かって回り道をせず一直線で突き進むための武器を得る事と一緒さ』と、ワタルは興奮止まない口ぶりで僕に語る。


 そして、三日に一度、様々なジャンルの本を借りては、読書に勤しんでいた。

 

 ワタルの知識がそのまま僕の知識になる。

 ワタルの身体能力がそのまま僕の身体能力になる。


 そのお陰で僕の学校での成績はトップクラスになったのだ。

 試しに全国模試を受けてみたら、二十五位という成績を叩き出したが、その結果にワタルは悔しがり、次こそは一位を取ると豪語しているのだが、少し勉強しただけでその順位を叩き出したワタルには尊敬しかない。


 ワタルのお陰で、僕はつい数ヶ月前には想像できなかった、リア充生活を送っているのだ。

 まさに、一家一人ワタル! ってな感じかな。


『それにしても、最近走れる様になったんじゃない?』

「慣れてきたからね」 


 ワタルがそう言うのも頷ける。

 ランニングを始めた当初は、僕が運動音痴である事と、ワタルとの融合がちゃんと出来ていなかったせいか、走り出してものの五分もしない内にギブアップしていたのが、最近では、疲れ知らずで何時間でも走れそうなほどに体力がついた。

 今の僕なら、オリンピックで金メダルを余裕で総なめ出来るだろう。

 まぁ、服部さんとか室木さんにはまだ負けるだろうけど……。


 あの二人の話は、ワタルが教えてくれた。

 無理矢理あっちの世界に召喚させられて奴隷として酷い扱いを受けていた事や、戦場に駆り出されて殺し合いを強いられ最後には処刑されたと。

 

 僕では想像がつかない境遇ではあるが、ワタルの記憶に彼らとの戦場や、処刑台に立つ彼らの姿を見る事が出来た。アレだけの事があったにも関わらず、二人も腐る事無く濁りのない眼で今を生きている事に感心する僕がいる。


 日課のランニングを終えた僕は、シャワーで汗を流し、先ほどランニングの際に買ってきたお惣菜をレンジで温める。ご飯だけはいつも炊いているので、オカズだけあれば食事には事足りる。


 母さんは、男に現を抜かしていて僕に構ってくれないが、総合商社でバリバリ働いているキャリアウーマンだ。他界した父さんの保険金と母さんの稼ぎでお金に困る事はなく、また、母さんも僕に対して結構な生活費を毎月手渡してくれている。

 

 まぁ、僕はあまり物欲がないので殆ど食費と日用生活品、たまに買っている趣向品であるゲームやコミックなどでお金を使っている訳なので、高校生にとっては結構なお金が僕の通帳に貯まっている。


 食卓にご飯と温めたお惣菜を並べて、テレビで流れている物騒なニュースを耳にしながら食事をとる。番組最後の天気予報に差し掛かった辺りで、僕は食事を終え洗い物をする。

 

「ふーくん!」


 洗い物を終え、リビングのソファーで寛いでいると、母さんが泣きそうな顔で帰ってきた。前回、ワタルとの融合で僕が動けなかった時に帰って来て以来なので、約二ヶ月ぶりだ。


 ちなみに母さんは仕事モードの時は鬼の様な人だが、プライベートでは、気が抜けているのか甘々でダメダメな人になるのだ。


「お帰り母さん。どうしたの?」


 いつもの事なので、僕は平然と答える。


「聞いてよ! あのバカ男クスリに手を出してたの! それをははにまで使わせようとしたのよ? 横っ面ぶん殴って別れてきたわ!」

「母さんにクスリを……?」

「ちょ、ふーくん! 母怖いんだけど!? 」


 僕は気付かない内に怒っていたらしい。母さんがプルプル震えていた。


 ぴろん♪


「あ、FINEが……はぁ、めんどくさい」

「どうしたの、母さん」

「母の元彼からの脅しのメッセージが……」


 母さんのFINEの内容を見ると、長ったらしい文章が綴られており、省略すると明日報復に来るというメッセージがあった。


「母さん、僕に任せてよ。僕が話をつけるよ」

「ふーくん、危ないよ? 彼、結構ヤンチャしてた人だから……」

「大丈夫、たまには息子に任せてよ」


 僕はニコッと笑い母さんに答える。

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