第5章 退治する男

第39話 とりあえず行ってこい

 ワタルとの再会から数週間が過ぎた。

 姿は変わっていたが、ヤツと再会出来た事はまさに僥倖だった。

 無心で敵を殺すしか出来なかった俺に、戦いの楽しさを教えてくれた好敵手。


「あぁ~早くアイツとヤりたいなぁ」

「ちょ、咲太君! 真っ昼間から何て嬉しい恥ずかしい事を口走ってるの!?」


 金髪イケメンの海さんが、舌舐めずりをしながら興奮していた。

 やめて……サブイボが……。


「うふふ、もうサクったら。アタシはいつでも準備できていますよ!」

「てめぇ、咲太! 紗奈たんに指一本触れてみろ……男に生まれてきた事を後悔させてやるからなッ!」


 顔を真っ赤にしてクネクネと体を捩らせている紗奈をみて、鬼の形相の課長の美也子さんがハサミを取りだし鈴さんが持ってきた魚肉ソーセージを乱雑に切っていた。


 てか、なんでこんな所に魚肉ソーセージが……。


「違いますって! そういう意味じゃないんです! 戦いたいって事ですよ!」

「あぁ……ワタルの事ですか……なんだ……」


 紗奈は死んだ魚のような目を俺に向けていて、美也子さんは、「ちっ、紛らわしい言い方しやがって!」と俺に舌打ちする。


 そんなに怒られる事なの!?


 あの日の事は、六課内ですでに共有済みだ。

 田宮も田宮の中にいるワタルも、現状、悪意を持っている訳ではないと思うので、ひとまずは見守るとの意見に達した。

 付け加えるとしたら、何か問題を起こしたら俺が全力で止めると話すと美也子さんはじめ、課のみんなが納得してくれたのだ。


 そして、同じ学校に通っている紗奈から定期的に彼について報告してもらっている。


 最近は、亜希子ちゃんと田宮がくっつきそうでくっつかないと、紗奈はもどかしそうに話していた。

 もちろん、虐めはなくなっているし、田宮が虐めの加害者になっている事もない。

 ただ、原達が勝手に田宮の舎弟の様に振る舞っていて、迷惑しているとかどうとか……。

 とまぁ、危険にはほど遠い充実した学校生活を送っているようで何よりだ。


「メンドイ咲太は置いといて、これ見てもらえる?」


 無言を貫いていた東城さんが眠たそうに目を擦りながら話しに割って入る。


 てか、メンドイ咲太ってひどくない!? 美也子さんと言い俺の扱いどうなの??


 そんな事を嘆いていると、室内に設置されている巨大モニターに、Metubeの動画が流れる。

 そこには、複数の人間が家畜に群がって何かをしていた。


「これって……喰ってるのか?」


 画像が暗くてパッと見では分からなかったが、目を凝らしてよく見ると、この者達は家畜を食い荒らしていた。人間とは思えない姿で。


「これ……見た感じ憑依者ですよね?」


 俺がそう問いかけると、東城さんは軽く頷き、


「福島にある農村が荒らされているらしい。最初は熊だと思ったらしいけど、この映像で熊はあり得ないから」


 確かに熊ではない。

 これは、人だ。


「咲太! 海! とりあえず行ってこい!」


 美也子さんからの指示が飛ぶ。


「てか、最近俺と海さんばかりな気が……」


「あぁん!? お前は一番ぺーぺーだろうが! 甘ったれてんじゃねぇ!」


 うわ……何このブラック企業……いや、基本仕事は裁量制だし、給料も破格だからいいのか……いいのか?


「アタシも行きます!」

「紗奈たんはそんな面倒くさい事しなくていいんだよ?」

「おい! 扱いが違い過ぎるだろうが!?」


 俺の抗議は聞き入れてもらえず……。


「まぁまぁ、咲太君」と海さんに慰められていた。 


「とりあえず、明日九時出発でいいかな? 目的地までは二時間ほどでつくと思うけど」

「了解です!」

「アタシも行きたいです!」

「だめだ。学校があるだろ? 学生の本分は勉強とは言わないけど、学生時代の時間を大事にしてほしい。ですよね? 美也子さん」

「そうだぞ、紗奈たん! 社会の荒波に揉まれた時、学生時代の尊さが分かる! だから、紗奈たんは学校に行く! これは、課長命令だ!」 


 美也子さんはよっぽど俺と紗奈を一緒にしたくないのか、それとも本心なのか分からないが、その言葉には熱が籠っていた。


「むーっ! 分かりました! ちゃんと学校にいきますッ!」


 紗奈は頬っぺたを膨らませて、ぷいっと不機嫌にぬる。

 本音なら一緒にいきたいが……学校を休む程の事ではないと思う。


「そうだ! 帰ってきたら紗奈が行きたがっていた遊園地に行こう!」


 俺は不機嫌な紗奈に代案を提示する。

 社会人として、いつでも先方が妥協できる代案を持っていた方がいいと、明美さんが言っていたのだ。

「ほんと? 遊園地? 連れていってくれる!?」


 どうやら俺の代案は紗奈を喜ばせるには十分だったらしく、興奮した紗奈は珍しく砕けた話し方になっていた。

 そんな紗奈は、無意識だったようで、ハッとしながら手を口で隠していたが……俺はそんな事いちいち気にしない。


「やっ「よし! 野郎共、ワークショップに行こうではないか!」た……?」


 紗奈の歓喜の雄叫びに、美也子さんが被せてきた。


「美也子さん……?」

「咲太と海が戻ってきたら、みんなで遊園地に行く事にする!」

「美也ちゃん、最低……」

「大人気ないです……」

「メンドイからパスー」

「殺す……」


 現在室内にいる、俺を除く四人の気持ちは一つになっていた。

 いや、東城さんだけは違うかな……?

 紗奈……そんなに殺気出さなくても……美也子さんがニコニコ顔でめっちゃ汗かいてるし!

 

 俺はすかさず紗奈に耳打ちする。


「施設が二つあるから、美也子さんとは違う所に行けばいいんじゃね? 俺も紗奈と二人で行きたいし!」


 俺のその言葉に紗奈は再度身体をクネクネお捻る。

「サクがそう言うなら……」


 すでに美也子さんへの怒りは消えた紗奈は上機嫌になり、その反面、美也子さんは、「コソコソ話してんじゃねー!」とキレている。


「とりあえず、そう言う事で帰ります。海さん、明日はよろしくお願いします!」

「うん、遅れないようにね」

「はい! それじゃお先に失礼します!」


 俺は明日に備えていつもより早く家路に着いた。

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