【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男

第38話 久々の学校

　道行く一部の生徒達が、僕を見てコソコソと話し声を立てている。

「なぁ。あいつ不登校じゃなかったのか？」

「また、原君達にヤられて来なくなるっしょ」

　彼らは、僕に対する虐めに間接的に加担していたクラスメイトだった。

　中野さん達が僕の家に来た翌日、僕は久々に学校に来ていた。

　昨日、原君達に言った通り、僕は虐められるのが嫌で学校を休んだ訳ではない。

　ワタルと同期した事で動けなかった事と、動けてからは身体を馴染ませる為に来れなかったのだ。

（まぁ、ワタルと出会ってなかったら、虐められた事で命を絶っていたけどね。ワタルには感謝かな）

『ふふふ。僕も君と出会えて良かったよ。お陰で咲太にも会えた』

　ワタルは昨日からすこぶる上機嫌だ。

　服部さんに会えたことが、そんなに嬉しかったのか……。

　僕は昨日の事を思い浮かべる……。

「おい！　ワタル！」

「ううん……。あれ？　服部さん？」

　僕は服部さんに両肩を掴まれ揺らされていた。

　結構力が入っているせいか、凄いスピードで僕の身体は揺らされていた。

「ちょ、服部さん！　脳が揺れます！　うっ、気持ち悪い……」

「うん？　お前田宮か？」

「あ、はい……」

「ワタルはどうした？」

「僕の中に引っ込みました」

「そうか……」

　服部さんは、少し寂しそうな顔をしていました。

『ふふ、あれ？　咲太は僕が居ないと寂しいのかい？』

「ってワタルが言ってますが……」

「そ、そんな訳あるわけねぇだろ！　ったく！」

　服部さんは顔を赤くして僕から目を逸らしていた。

「ふふ、ツンデレななサクも可愛いです」

「『その子に同感だね。』って言ってます」

「貴方に絶対サクは渡しません！　と伝えてください！」

　中野さんのお友達かな？　凄く綺麗な子なんだけど……何かメッチャ睨まれているんだけど。

「おい、お前ら……。俺を何だと思っているんだ……？」

　服部さんは、やれやれと僕達を見ていた。

　その間、中野さんだけはポカーンってしていた……。

「……で、田宮。お前はこれからどうするんだ？」

　服部さんは、ふざけていた顔からガラッと様子が変わり、真剣な眼で僕に質問してくる。

「これからですか……？」

「そうだ。お前は力を手に入れた。その力をどう使う？」

(あぁ……そう言うことか。確かに今の僕達なら軍隊と戦っても負ける事はないよね。この世界ではワタルの力は強力過ぎるんだ……)

「今のところ、力を使ってた何かをしようとは思ってないです。彼らに対する仕返しも終わってますし。平和に学校生活を送りたいと思っています」

「そうか……悪用はしないって考えていいんだな？」

「はい。僕はそんな怖い事できないですし、ワタルは服部さんにしか興味ないみたいですしね」

『咲太との再戦のために、今は文人の事を鍛えないとね』

「と言ってます」

　僕がそう伝えると、服部さんの口元が弛む。

「う……っ」

　そんな会話を交えていると原君が意識を取り戻した。

　それを気付いた服部さんが、原君に近づき姿勢を低くして目線を合わせる。

「おい」

「は、はひ！」

「お前、何で田宮の家にいる……」

「そ、それは……あの、その……」

　原くんは大量の汗を掻きながら、目の黒い部分が左右に行ったり来たりと定まっていなかった。

(あれが目が泳ぐってやつなんだね……初めてみた)

「残念だよ。俺は穏便に済ませたかったのに……」

「まままま待ってください！」

　服部さんが指をポキポキと鳴らすと、原くんが慌てふためく。

「その……亜希子に拒絶された腹いせに痛め付けようと思って……」

「ほぅ。お前は田宮にした仕打ちのせいで亜希子ちゃんに振られたクセに、彼女に拒絶されたからって田宮を虐めにきたと？」

「………うっす……」

「このバカが！」

「ぐぇ！」

　服部さんの拳骨が原くんの脳天に直撃する。

　そして、中野さんは汚物を見るような視線を原君に向けていた。

「お前が亜希子ちゃんに振られた理由はなんだ!?　田宮を虐めたからだろうがッ！　それなのに彼女に拒絶された腹いせで田宮を虐めに来ただと!?」

「いや、虐めるどころか痛い目に……ぐぇ！」

　服部さんがもう一発拳骨を喰らわせる。

「それは結果論だろうがッ！」

　よっぽど痛かったのか、原くんは脳天を抑え涙目になっていた。

「あ、あの！　田宮くん！」

　そんな彼の様子を見ていると、僕を呼ぶ声がして声のする方へと視線を移すと中野さんが、僕の事をまっすぐ見ていた。

「な、なカのさん！」

　声が裏返ってしまう。

「本当にごめんなさい……。私のせいで辛い目に……私何もしてあげられなくて……」

　中野さんは申し訳なさそうに、そして、両目に涙を溜めて僕に謝罪を述べてきた。

「何度も言ったハズだよ。中野さんは悪くないよ。逆に僕の唯一の味方で居てくれたと僕は思っているよ」

「田宮く……ん」

「学校では、クラスは違うけど仲良くしてくれると嬉しいです」

「学校に？」

「うん！　明日から行こうと思ってるよ！」

　僕の一言で、中野さんの瞳に溜まっていた涙が流れ出す。

「えっ？　ちょ、な、中野さん？　僕、何か気に触る事言っちゃった？」

　彼女が泣き出した事で僕は訳も分からず慌てふためく。

「これだからサク以外の男子は……良かったですね中野さん」

「うん、うん！」

『大丈夫だよ、文人。彼女は恐らく自分のせいで君が学校に来れなかったと思って、それを痛切に感じていたんだと思う。だから、君が学校に行くって言ったことで、彼女の心の枷が外れたのさ』

(よく分からないや……僕が学校を休んでいたのは彼女のせいじゃないのに)

『君と言うやつは……』

　そして、今日に至る。

　僕は下駄箱で上履きに履き替える。

　すると、背後から「あ、田宮君！　本当に来た！」と声が聞こえては振り返ると、そこには中野さんと昨日一緒だった室木さんが立っていた。

　先程すれ違ったクラスメイトとは全然違う反応を見せている彼女に、僕は少し心が温まる。

「おはよう！　中野さん、室木さん！」

「おはよう！」「おはようございます」

「昨日伝えた通りちゃんと来たよ。もう休む必要はないからね」

「うん！」

　中野さんは凄く嬉しそうだった。

　僕は中野さん達と教室に向かう。

　彼女達と不登校で休んでいた僕が一緒に歩いている事で、周りは様々な反応を見せていた。

　まぁ、殆どが室木さん関連だったけどね。

　そして、クラスが違うため彼女達と別れ僕は自分の教室に入る。

　ガラガラガラ

　教室の横開きのドアを開けて僕が現れた瞬間、教室内のすべての視線が僕に集まる。

　ニヤニヤしている男子生徒、冷たい視線の女子生徒などなど、様々な反応を見せていた。

　僕は自分の席へと向かう。

　久し振りの自分の席だが、親切にも分かり易いように僕の机は落書きだらけなっていた。

　恐らく朝すれ違ったクラスメイトがやったんだろう、彼の方を見ると俺がやりましたアピールをしていた。

(バカばっかりだな……)

『放って置くのかい？』

(いちいち相手なんかしてらんないからね)

『まぁ、君が良いならいいけどね』

　ワタルと心の中で会話をしていると、他のクラスメイトが僕の方へゴミを投げてくる。

　以前の僕なら避けもせずマトモに当たっていただろうが、今の僕ならば見なくても気配を感じるだけでそれを避けられる。

　なかなか、僕に当たらない事に腹を立てた数名のバカな男子共が僕の方によって来た。

「てめぇ！　何避けてんだよ!?」

　そして、逆ギレ……どうしようもない。

「何で僕が当たってやらないといけないんだい？　君はバカなのか？」　

　僕の反応に、クラス全体がざわめく。

　そして、僕に突っかかってきたバカは顔を真っ赤にしていた。

「な、な、てめぇ！」

　そして、僕に向けて拳を振るうが、僕はなんなくそれをかわす。

避けられると思っていなかったのか、バカはそのままバランスを崩し盛大にずっこけた。

「あはは、やっぱりバカなんだね！　君は！」

　ガラガラガラ

　丁度そのタイミングで、原君一行がクラスに入ってくる。

　すると、バカが興奮覚めない様子で原くんに近づく。

「原君！　こいつ久々に学校出てきたと思ったら、クソ生意気なんだよ！　一発やっちゃってよ！」

　虎の威を借る狐とはこう言う事なんだろうな……。

「てめぇ！　ふざけんな！」

　虎の威を借りた狐は、虎に殴られ「え、なんで……？」と訳の分からない様子だった。

「原君、別に殴らなくてもいいんじゃないかな？」

「いえ！　こいつが田宮さんに生意気な事を言っていたんで！」

　原君は、直立不動で僕の問いに返した。

　その様子を原君の取り巻き以外のクラスメイトは、唖然として見ていた。

「なんじゃあこりゃあ！！」

　原君が僕の机の落書きを見て、急に叫び出す。

「誰だ！　田宮さんの机にこんな命知らずな事をしやがったのは!?」

　すると、クラスメイト達の指が恐る恐る一人の男子生徒を指していた。

「てめぇか！　鈴木！」

「え？　いや？　え？　なんで？」

　そして、原君に殴られた鈴木君は、泣きながら僕の机の落書きを拭く事になった。

(だから、殴るなって言うのに……)

『まぁ、いいんじゃない？　文人が優し過ぎるんだよ』

(そうかな……)

『もし、僕が同じ事をされたら消し炭すら残らない様に燃やすね』

(こわっ！)

こうして、僕は平和な日常を取り戻す事が出来た……と思う。