第36話 ワタル・タマキの前世 (上)

 僕の名前はワタル・タマキ。

 よければ、少し僕の話を聞いて欲しい。


 僕には尊敬する男がいる。

 それは日本という異世界から召喚された祖父だ。

 祖父の名前はカケル・タマキ。ユーヘミア王国の将軍だった男だ。

 だったというのは、もうこの世界に祖父はいないからだ。


 僕が十歳の時だった……。

 超人的な祖父も病気には勝てなかったのだ。


 祖父は二十七歳の時に突如この世界に召喚された。

 あの忌々しい帝国にだ。


 帝国で五年もの間、戦闘奴隷として戦場に駆り出されていた。

 当時、祖父と一緒に召喚されたのは祖父を入れて二十人。

 その二十人を召喚する為に、二千人もの命が犠牲なった事を後から知らされた祖父は、数日食事も喉に通らないほどに落ち込んでいたらしい。


 異世界人は、超人的な身体能力を有している。

 その実、彼ら二十人だけでも一国の軍と渡り合えたと言う。

 だが、疲弊や病気には勝てず徐々にその数を減らしていき、戦場ではとうとう祖父一人になったらしい。


 そして、祖父はユーヘミア王国に捕虜として囚われる事になる。


 祖父は死を覚悟したらしい。

 本人自身もそれを望んでいたと言う。


 だが、先代の国王であるローランド様がそれを許さなかった。


「お前は生きて俺の剣となり、今まで奪った命の分、命を救え」


 その言葉が祖父の生きる意味になってくれたと、祖父は何度も僕に話してくた。


 ユーヘミア王国は世界で最高峰の魔法士達が多数在籍している魔法国家だ。

 それが幸いして、祖父に掛けられた奴隷紋を解呪出来る者がおり、祖父は自由の身となった。


 因みに、祖父の奴隷紋を解呪したのは、当時宮廷魔導師団長を束ねたいた魔の将軍である僕の祖母だ。


 その後、祖父はローランド様の剣となり、人々を救うために無我夢中で剣を振るっている内に、この国の英雄となった。


 祖父と祖母の間には娘が一人、僕の母である。


 この世界では一夫多妻制で、祖父程の立場の人間なら一人や二人妾がいてもおかしくないし、家督を譲る為に男子を!と言うのが一般的だが、祖父は違ったらしい。


 祖父は、その命が尽きるまで祖母だけを愛していた。

 そして、「家督を娘が継いでもいいじゃないか! 優秀であるならば男女関係なく評価されるべきだ!」と唱え母に家督を譲った。


 まぁ、それは僕の母が超がつくほど優秀だったからできた事だと思う。


 僕は時間があれば、祖父に稽古をつけてもらったり、祖母に魔法を教えてもらったりしていた。


 今考えると、剣と魔法で国、いや大陸で最高位に君臨していた二人に稽古をつけて貰うなんて凄く贅沢な事だった。


 稽古も楽しかったが、何よりも僕が楽しみにしていたのは、祖父の故郷の話だった。

 この世界では見たこと、聞いたこともない、信じられない夢物語の様な物が沢山あり、それが例え祖父の作り話だとしても僕は楽しくてしょうがなかった。

 そして、いつかは僕も祖父の故郷に行ってみたいと思っていた。


 祖父がこの世界に来て二十五年の歳月が過ぎた頃、祖父に変化が起きた。

 彼に魔力が宿ったのだ。


 魔力は親からの遺伝と、生まれてからある程度魔素を取り込まないと自身の身体に定着しない。

 なので、一般的には十二歳になれば大なり小なり魔力が身体に宿るのだ。


 異世界人である祖父は二十五年、この世界で魔素に囲まれた生活をした事で魔力を宿す事が出来たのだ。

 祖父は「今さら魔力なんて……」とか言っていたけど子供の様にはしゃいでいたらしい。


 さて、僕は祖父の異世界人特有の身体能力の強さと、祖母譲りの魔力の高さで、わずか六歳にして魔法を扱う事ができた。


 そんな僕だから、二十歳と言う若さで魔法国家である我が国の宮廷魔導師団長の席に着く事が出来た。


 魔力に関しても祖父の血が流れているせいか、有り得ない程の魔力を有していた。

 一般上級魔法士の魔力を一とするならば、僕の魔力はその一万倍はあるだろう。


 だけど、僕は魔力だけでは満足せず、尊敬していた祖父の剣を後世に残したく、慢心せず、弛まぬ努力を続けた。


 タマキ家は魔法ではなく、剣なんだ! それを僕は示したかった。だから僕は世界有数の剣豪と渡り合っても勝ち続けた。

 尊敬する祖父の家名に、敗北の二文字を刻む事は許されないのだから。


 だけど、そのプライドはあの日、気持ち良く砕け散った。


 今度はオルフェン王国が、祖父と同じように異世界から戦闘奴隷を召喚した。


 その数二十五人、二千五百人もの犠牲によって呼び出された哀れな人間達だ。

 そして今回の戦闘奴隷は、どんな外道な方法を使ったのか、状態異常耐性が異常なほどに長けているらしい。


 祖父にもその様な物があれば、今頃一緒に戦場に立っていただろうに……。


 そんな祖父は今際の際に僕に託したことがある。


「わたる……。もし、俺の様な戦闘奴隷がお前の前に立ちはだかる事があれば、彼らを楽にしてやって欲しい……。決して恨む事なく……救ってやって欲しい」


 僕は祖父のその言葉を胸に刻み彼らと対峙した。


 奴隷紋を解呪してやれれば一番いいのだが、それはそんなに簡単なものではない。


 その実、祖母も祖父の解呪に夜通し七日掛かったと言う。命令によって仕方ないかもしれないが、彼らは僕に幾分ですら時間の余裕を与えて貰えないくれないだろうから、命を奪う事で僕は彼らを楽にして上げる事にした。


 彼らは驚いていただろう……圧倒的強者だと思われた自分達が、次々と僕の手によって葬りさられるのだから。

 ただ、僕の手によって生を終えた彼らの表情は、皆が皆地獄から開放されたようなそんな穏やかな表情だった。

 これが祖父の言っていた「楽にしてやれ」という定義なのだろうと僕は再認識した。


 僕は、祖父の言葉の意味を噛みしめ、彼らに引導を渡していった。

 五人目の召喚者を解放した時、僕の目の前に一人の男が立っていた。

 顔は兜で覆われていて分からないが、恐らく男であり、彼も召喚者の一人だろうと僕は直感した。


「やぁ、次の相手は君かい?」

「あぁ、これ以上仲間を死なせる訳にはいかないからな……。ユーヘミア王国宮廷魔導師団長ワタル・タマキ殿と見受けられる!」

「そうだよ、よく僕の事を知っているね?」

「ワタル殿の祖父であるカケル殿は俺達にとって憧れの存在だからな」


 そうか……戦闘奴隷の彼らにとって、祖父の話はサクセスストーリーに思えるかもしれない。


「そうか……。うん……。君達の置かれた立場を考えるとそうかもね。君の名前を聞いてもいいかな?」

「No.11……」

「コードネームかい? 僕は君の本当の名前を聞きたかったけどね」

「それは俺に勝ったら教えてやるよ! さて。ユーヘミア王国宮廷魔導師団長ワタル・タマキ殿、貴殿に一騎打ちを申し込みたい!」


「へぇ……。君一人で僕に勝てると思っているのかい?」

「思ってなかったら、こんな申し出するわけないだろ? お前の強さは分かった、だけど、ぎりぎり俺の方が強い!」


「く、くっくくくははははははははははッ!」


「笑いすぎだろッ! バカにしてんのか!?」


「いや、バカになんかしてないよ。僕はこれでも相手の実力を測る事ができるんだ。確かに君と僕とではいい勝負になりそうだ」


 嘘偽りない本心だ、このNo.11と言っている男は強い。僕でも勝てるかどうか不透明だ。

 だけど、戦いってこういうモノだよね! 

 胸が熱くなり、脳が痺れる程のアドレナリンが駆け巡る。

 僕はサシでこの男と戦いたい。


「だろ? それで受けてくれるのか?」


 敵軍はこの男さえ倒せば終わりだ。

 ただ、自軍も僕が倒れたら終わりだ。

 国の為に退くべきか?いや、ふざけるな! こんな心躍る戦いけんかを前に国の為とか関係ないッ! 


 一頻り悩んだ僕は彼の挑戦状を返す。


「もちろん、受けて立つよ!」

「感謝する!」


 彼は僕に対して深く頭を下げた。


「こちらこそよろしく頼むよ」


 そう言って僕は一瞬で彼の目の前に詰めた……ハズだが、彼の姿は既にそこになかった。


「あははは、考える事は一緒なんだな! だけど、今回は俺に軍配が上がったようだ」


 気付くと彼は僕の背後にいた。薄い笑みを浮かべて。


「全くだよ」という僕の言葉を残して、僕は彼の雑なキックにより数十メートル先に吹っ飛んだ。


「まさか、これで終りなワケじゃないよな?」


 僕は吹っ飛んだ先から一瞬で元に居た場所に戻る。


「はやっ!」

「当たり前だよッ! とことん付き合って貰うよ!」


 そして、僕はお返しと謂わんばかりに、彼にキックをお見舞いする。


「ぐほぇ!」


 潰れたカエルの様な声を出しているのを見ると大分効いたようだ。

 だけど、彼は倒れる寸前に踏みとどまる。


「やっぱり、すんなりとはいかないよな!」

「そう思っていたのなら、僕の事を舐めすぎてるよ?」

「お前の事を舐めるわけないだろ? お前は強者だ!」

「ふふふ、分かったよ」


 そう言って、お互い飛び出す。

 僕の魔法で辺りは火の海になっており、彼の拳によって辺りはクレーターだらけになった。


 一歩も譲らぬ攻防。


 凄く楽しかった。

 彼も楽しそうだった。


 お互いボロボロだけど、笑みがこぼれた。


「もう、すっからかんだぁ」

「同感だよ……。次で最期かな?」

「あぁ、それで決まる!」


 次の一撃でどちらかが死ぬと言う場面。


「君とは違う形で会ってみたかったな」

「奇遇だな? 俺も今そう思った」


 そして、最期の一撃に残っている全ての力を込めていた時だった。


「何をボサッとしておる! 奴を殺せば我が国の勝利なのだ! おい、薄汚い奴隷共! 命令だ奴を殺せ!」


「「--!?」」

「隊長! あんた、何を言ってんだ!?」


 僕達は声のする方へと視線を向けると、彼の仲間を怒鳴り散らす一人の男がおり、No.11は彼を隊長と呼んでいた。


 その隊長の命令により、数名の戦闘奴隷達が僕に襲いかかる。

 僕は仕方なく溜めていた力を彼らに向けて放ち、二人程が消し屑となったが、何せ数が多い。そして、僕にはもう力が残っていたない。


 No.11は、必死に「やめろぉぉッ!」と声を荒げて今にも飛び出して来そうな勢いだが、数名の彼の仲間達によって押さえつけられていた。


「ふふふ、君と僕は敵同士なんだよ? そんな悲しい顔をしないでよ……」


 僕の言葉は彼には届かないだろう。


 次生まれ変わる事ができるのなら、祖父の故郷の日本がいいなぁ……。

 そして、彼ともう一度戦いたい……。


 そう願い僕の意識はそこで途切れた。

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