第37話 ワタル・タマキの前世 (下)

(あ……れ……なんだ……意識がある……。僕は死んだはずじゃ……)


 全身がふわふわと宙に浮いている感じがする。


 辺りを見渡すと、そこはつい先ほどまで僕がいた戦場だった。


 それが分かったのは、僕の亡骸を前にして涙している僕の部下達が確認できる事と、

 先程まで僕と死闘を繰り広げていたNo.11が、鬼の形相で彼の隊長を殴っていたからだ。


 泣きながら許しを乞う彼の隊長を殴る度に、彼の身体の至るところから血が噴出すのが見える。

 恐らく奴隷紋の制約を破っているからだろう。

 祖父から聞いた話では、制約を破ると耐え切れない程の激痛に見舞われると聞いている。

 あれだけ攻撃を加えているのだ……。No.11の身体は常人では考えられない程の激痛に支配されているハズだ。


 だが、彼はそんな事お構い無しに拳を振るっている。


 そんな彼の行動を見ていて僕は凄く嬉しかった。

 あの死闘をそれ程までに大事に思ってくれたのだ、嬉しくない訳がない。

 そして、僕は溜飲が下がる思いがした。


 彼の隊長の命が尽きるまでに、然程時間が掛からなかった。

 そして、彼はその場で意識を離し倒れこんだ。

 息をしている所をみると、命に別状はないだろう。


 僕を失った代償は大きかったらしく、我が軍の戦況は悪化しとうとう撤退する結果となった……。






 さて、どうやら僕は魂だけの存在になったらしい。

 そして、戦場には僕の様な存在が沢山いて、皆ゆらゆらとさ迷っている。

 生きている者には僕達の存在は見えないのか、彼らの目の前に現れても全く気付かれる事はなかった。


(一生これだと辛いな……)


 ――これからどうしようかなと思いながら数週間が経過した。


 僕はいつもの様に当てもなくふらふらと散策をしていた。

 今日の僕の散策コースは深い森の中だった。

 動物や魔獣達は僕の姿が見えるらしく、様々な反応を見せていた。


(あれ? こんな所に人が)


 森の中で男が岩場に座って何やら読書をしていた。

 僕は読書が大好きだ。忙しくても必ず時間を作って本を読んでいる。

 なので、男が読んでいる本の中身が凄く気になるのだ。


(まぁ、どうせ僕の事は見えないよね)


 そう思った僕が男の読んでいる本を覗くと、ふいに男が本を閉ざす。


「人様の物を勝手に覗くとは……失敬であろう」


(――ッ!?)


「うん? お主は他とは少し違う色をしておるな」


(僕が見えるの?)


「あぁ、我は少し特殊なのだ。ハッキリとお主の姿が見えておる。うむ、綺麗な魂の色だ」


(僕はワタル。ワタル・タマキ。君の名前を聞いてもいいかな?)


「ほう、お主がカケルの孫であるか。噂は聞き及んでおる、実に優秀な魔法士とな」


 祖父の事を呼び捨てにしているこの男に僕は言葉遣いを改める。


(祖父を知っているのですか?)


「カケルとは何度も拳を交えた事があるのだ。奴との戦いは実に愉快であった」


(祖父と拳を? 貴方はまさか……)


「ふふふ。我の名は、アーノルド・ルートリンゲン。名前位は聞いた事はあろう?」


(なッ!? ルートリゲンって……)


「くくく。そんなに驚く事はないだろう。うむ、お主なら……。少し話を聞いてみてはくれないか?」


(はい。どうせやる事もないので)


 僕はしばらくアーノルド様の話に聞き入っていた。


「どうだ? 手伝ってはもらえぬか?」


(面白そうな話ですが、僕の信念に反します。恐れ入りますがお断りさせて下さい)


「うむ。そうであるか……残念だ。お主ほどの能力の持ち主であれば、我の目的にも近づけると思ったのだがな」


(貴方様にその様に言っていただき、光栄に思います)


「うむ。では、そろそろ我は行くとしよう」


 そう言って、アーノルド様は立ち上がりその場から一瞬で消えた。


(ふぅ。あれが……)


 緊張から解放された僕はその場に残って、少しだけ考え事をしたのち散策を再開した。





 アーノルド様と出会った日から数ヶ月が過ぎた。

 僕は今ある場所に来ていた。


 僕の目の前には処刑台に立たされているNo.11がいた。

 彼の顔は憔悴しきっていたが、その表情は穏やかだった。

 僕が倒した彼の仲間達が最期に僕に見せた表情だ。


 彼の仲間の二人が首を落とされ、会場は割れんばかりの歓声に包まれていた。


(フザけないでよ! 彼を倒すのは僕なんだ! そんなちんけな道具で彼の命を奪うなんて有り得ない!)


 怒りがこみ上げる。悔しさもだ……。

 だけど、僕は何も出来ない……。ぐッ、僕に身体があれば……。


 だが、彼が死刑執行によって断頭台に首を固定されてすぐにそれは現れた。


(ん? な、なんだあれは……?)


 彼の前に禍々しく渦巻く黒い物体が現れた。


(待てよ? 爺様がこっちの世界に来た際に渦にのまれたと言っていた……もしかしてあれが……)


 確証はない。

 だけど、彼は手を伸ばしその渦に吸い込まれた。

 集まっていた民衆は、突如彼が消えた事であれだけ鳴り響いた歓声が一瞬で止み、沈黙が会場を支配していた。


 そして渦が段々と小さくなっていく。

 気がつくと彼の隣にいた女の子の魂も渦へと向かっていた。


(あの渦に入れば、また彼と会えるかも知れない。あの方法を使えば彼とまた戦えるかもしれない!)


 僕は意を決して消えかかっている渦に飛び込んだ。


 そして、僕は辿りついた……あれ程憧れていた祖父の故郷である日本に。


 祖父の言葉通りだった。

 天に向かって伸びている無数の建造物、恐ろしく奇麗に整備された道、いたるところにある動く絵、早いスピードで通り過ぎていく鉄の塊……。


(すごい……。爺様の言っていた事は本当だったんだ……)


 体があったなら僕は涙を流していたと思う。

 それよりも恐らく彼もこちらに来ているだろう……探さないと、という気持ちが勝る。


 だが、この世界で右も左も分からない僕が彼を見つけるのは困難だった。


 そして、僕は文人と出会う事になり、文人と一緒になった事で文人の記憶を覗き込む事ができた。


 僕は歓喜した!

 文人の記憶には、No.11、いや服部咲太の記憶があったからだ。

 文人と一緒にいれば彼と再会できる可能性が高いかもしれない。


 そして、その日はすぐに訪れた。


「久しぶりだね、No.11。やっと君に会えたよ」


 僕は再会したんだ。

 世界を超えて、僕の最高の好敵手に。

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