第34話 対峙する二人

「田宮が不登校に?」

「はい、私のせいで……」


 亜希子ちゃんは、泣きそうな顔で俯いている。


「中野さんのせいではありません!」


 紗奈はそう言って亜希子ちゃんを強く抱きしめる。


「でも……」

「俺も紗奈に同意だな。田宮が不登校になったのは君のせいじゃないよ。話を聞いただけだけど、何もかもさっきの原だっけ? 彼が悪いんだ。君は田宮を守るために頑張ったと思う」

「そうです、中野さん。あなたは悪くありません」

「二人ともありがとう……」


 亜希子ちゃんは、紗奈の腕の中で静かに涙を流していた。


「あの……」


 声のする方へと視線を向けると、手一杯に料理を手にしたウェイトレスさんが、申し訳なさそうな顔で立っていた。


「あぁ! すみません。こっちで分けるので、とりあえずテーブルに置いて貰ってもいいですか?」

「はい、では……」


 ウェイトレスさんは次々と俺達の頼んだ料理を運ぶ。


「えっ? あの……これ全部食べれるんですか!?」


 亜希子ちゃんは、俺達のテーブルに並べられた料理の数々を見て、驚きを隠せずにいた。

 さっきまで泣いてたのがまるウソのように。


 それも無理はない、亜希子ちゃんが頼んだのはパスタとサラダだけだが、俺と紗奈が頼んだのはステーキ、ハンバーグなどの肉料理を始め、パスタ、ピザ、リゾットなどなど、彼女の数倍はある量を頼んでいるのだ。


「これくらい普通ですよ? ねぇ、サク?」

「あぁ、普通だな」


 よく分からないが、俺達の基礎代謝は常人の何倍もあるらしく、これくらい食べないとすぐお腹が空くのだ。

 向こうの世界にいた時は、カビパン数個程度の食事で賄っていたの時と比べれば、信じがたいことだ。

 いや、戦場に出てからは各々魔獣などを狩って食べていたから、今と同じ位の量は食べていたのだろう。


「普通って……ぷっ、ふはははははは。二人とも凄い!」

「そ、そんなに笑わなくても……」


 俺は何ともないが、さすがに現役女子高生の紗奈は、少し恥ずかしい様だけど、空腹には勝てないらしい。


「それにしても、紗奈は良くあの弁当箱で耐えられるな?」


 紗奈の弁当箱は、女の子らしい小さ目の二段重ねの弁当箱だ。


「パンとかおにぎりとか色々買って食べているのです……」


 紗奈は恥ずかしそうに答える。


「それなのに、そんなにスタイルいいのはズルイよね?」


 亜紀子ちゃんが、ジト目で見てくる。

 確かに、紗奈のスタイルは……めっちゃいい……。あんまり意識しないようにしているけど、俺も男だ、紗奈の女らしい身体つきにドギマギしてしまう……。


「そんな事ないですって、それよりも、サク、目がいやらしいです……」

「そ、そんな事ないし!」


 そんな事ある俺は、慌てて否定する。

 そんな俺達をみて、亜希子ちゃんはモノ欲しそうな顔をしている。


「本当に仲がいいですね……羨ましいです」

「そうか? まぁ、そんな暗い顔しないで! さぁ、食べよう!」


 俺達は短い会話を交えながら、テーブルの上にある料理を次々と口に運びあっという間に平らげる。

 殆ど、俺と紗奈が食べたのだが……。


「凄い……本当に全部食べたんですね」


 亜希子ちゃんは、実際にあれだけの量を俺達が平らげたのをみて、驚きを隠せないようだった。


「食べられないなら、最初から頼んでないよ。俺達は食べ物の尊さを知っているからね」

「そうですね。食べ物を無駄にする輩は、生まれた事を後悔させて上げます」


 ダークな表情を浮かべている紗奈に、亜希子ちゃんは引きつった顔で「そ、そうだよね……。感謝して食べないとね」とタジタジになっていた。


 俺はコーヒーを一口含み、亜希子ちゃんを見据える。

 さて、本題に入るとするか。


「亜希子ちゃんはこれからどうしたいんだ?」


 亜希子ちゃんは、一瞬緊張した面持ちで少しだけ悩みながら口を開く。


「田宮君に会いに行きたいと思います」


 彼女の表情は真剣だ。

 だから俺も真剣に受け答える。


「会ってどうするの?」

「学校に来るように説得します!」

「難しいかもだよ?」

「そんな事は分かっています。今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日と思っています。私に出来ることは少ないですから……」


 断固たる決意をしているようだ。


「そんな事を言ってるって事は、彼、田宮の住所は分かってるんだよね?」

「はい、調べました。田宮君のクラスメイトの代わりにプリントを届ける事にしたので」

「そっか。わかった。俺達も同行することにしよう。いいよな? 紗奈」

「もちのろんです! サクと一緒なら、それが燃え盛る地獄でもアタシは笑いながら進めます」


 あ、愛が重い……。


「ありがとうございます! 心強いです!」

「じゃあ、遅くなるといけないし。早速行こうか!」 

「はい!」


 俺は、事前に公言した通り全員分の会計を済ませた。


「ご馳走様でした!」と女子高生二人から感謝を言われて、少し照れてしまい先頭をきって出発しようとするが、住所が分からない俺は反対方向に進んでいたらしく亜希子ちゃんに呼び止められる。


 そして、亜希子ちゃんを先頭に俺達は田宮の家へと足を進める。

 田宮の家は河田町にあり、学校から徒歩圏内の距離にあるらしい。


 なので、俺達がファミレスを出て田宮の家に辿り着くまでさほど時間を必要としなかった。


「ここです。」


 俺達は閑静な住宅街にある、一軒の戸建の前に立っていた。


 表札を確認すると、確かにそこには『TAMIYA』と書かれており、間違いなく田宮の家だと再確認できた。


「チャイムを鳴らしてみます」


 そう言って、亜希子ちゃんは表札の上にあるチャイムに手をかけようと前に一歩踏み出すが、「えっ? あれ? えっ?」と何か様子がおかしい。


「どうしたんだ?」

「あの……おかしいんです。なんか前に進めなくて……」


 俺の問いかけに彼女は困惑した表情でそう返してくる。


「どういう事です? 前に進めない?」

「言葉通り今立っている場所から足が進まないの。なにか壁みたいなものがあるみたいな感じが……」

「――ッ!? それって」


 紗奈は何か思い当たる節があるような顔で俺を見てくる。


「結界魔法、か?」


 向こうの世界で、何度も俺達の進軍を阻んだ魔法士達の結界魔法が頭によぎる。


「アタシもそれを思いました。でも、なんでこの世界に結界魔法が……?」

「破ってみたらわかるだろ。亜希子ちゃん少し下がっててもらえるかな?」


 俺はそう言って「へ? 魔法? 何を言ってるの?」と戸惑っている亜希子ちゃんを下がらせ、亜希子ちゃんが立っていた場所で掌を前に出し感触を確かめる。


 そこには俺の目には写らないが、確かに弾力のある壁みたいなものがあった。

 そして、俺は確信した。結界魔法だと。

 俺は、右手を大きく振りかぶってその見えない壁に力を込めた拳を当てる。

 目に見える訳でもなく、音が聞こえる訳でもないが、確かに何かが割れた感触が俺の拳に伝わる。


 それと同時に「ぎゃあああはああッ!」という断末魔の様な叫び声が俺達の耳に突き刺さった。


「なんだ!?」


 その叫び声のする方へと視線を移すと、田宮が原の頭を掴んでおり、田宮のその手には禍々しいオーラの様なモノがゆらゆらと揺れていた。


「おい、何をしてるんだ!!」

「えっ?」


 田宮はキョトンとした表情で俺達の方に振り返り、それと同時に原の頭を離す。

 断末魔の正体はどうやら原だったらしく、憔悴しきった顔で涙を流していた。


「何で服部さんが? それに中野さんまで……」

「た、田宮君? 何してるの……。それに、原君……?」

「少し仕返しをね……大丈夫、僕はヤられた分以上の仕返しは考えてないから」


 田宮は、柔らかい笑みを浮かべている。


「どうしてお前に魔法が使えるんだ」


 一瞬俺の脳裏に『憑依者』というワードがよぎるが、田宮は自我を保っている、そう決めつけるには早計だと思ったので、俺は彼に問いかけた。


「そういえば、結界が壊れてますね。服部さんがやったんですか?」

「そうだ。俺の問いにも答えてもらおうか?」

「うん? 替われって?」

「お前は、何を言ってるんだ!?」


 俺の質問には答えず、訳の分からない事を口走っている田宮に対する苛立ちが募り声を荒げる。


 田宮は俺の言葉を無視してそのまま眼を瞑る。

 そしてすぐに開かれたその眼が俺に突き刺さる。


 田宮の表情は先程の穏やなモノから、まるで水を得た魚の様な歓喜に満ちたモノへと変わる。


 そして、戸惑っている俺に向かって彼はゆっくりと口を開く。


「久しぶりだね、十一番さん。やっと君に会えたよ」

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