第15話 店長を守れ!⑤

 俺は早速母ちゃんの提案を店長に伝えた。

 最初は迷惑が掛かるからと必死に断っていた店長だが、それを何とか説得して今日からこの家に来て貰う事になった。


「店長ちゃん来るって?」


 通話が終わったタイミングで母ちゃんが聞いてくる。


「うん。最初は断ってたけど何とか説得して今日から来て貰う事にしたよ」

「良かったわ。それじゃあママはそろそろ仕事に行くから……」


 母ちゃんの視線が一度くりさんに向き俺に戻ったと思ったら、にひひと悪そうな笑みを浮かべていた。


「襲っちゃダメよ?」

「そんな事しないって! 変なこと言わないでよ」

「うふふ。冗談よ。咲ちゃんがそんな事しないってのは、ママが一番よく知ってるから」

「それなら言うなよな……まったく」

「うふふ。じゃあ行ってくるね」


 母ちゃんは終始笑顔で家を出ていった。


 俺は母ちゃんを見送った後、今度こそと、風呂に入りスッキリしたのち、風呂上がりの渇いた喉を潤すためにキッチンにある両開きの冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぐ。


 麦茶をゴクゴクと喉に流し込みながら、未だに夢の中にいるくりさんの様子を窺うためソファーの方へと近づく。


「ぷぅーっ!」


 くりさんの姿に俺は口の中の麦茶を吹き出すしかなかった。

 くりさんはうつ伏せ状態で上半身がソファーからずり落ちており、ソファーに腰から下の部分が残っている態勢だった。


 ただ、それ位なら俺はお茶を吹き出す事はなかっただろう。

 俺が風呂に入っている間何が起きたのか……なぜかくりさんの制服のズボンが太腿辺りまで下がっており彼女のスポーティーな下着があらわに……。


「はぁ~勘弁してくれよ……」


 俺は溜息を吐きつつ、一階の和室の押入れから薄めの掛け布団を持ってきてお尻丸出しのくりさんに掛けてあげる。さすがに身体に触れる訳にはいかないので彼女のギャグの様な体勢は直していない。

 一段落ついたところで、急に眠気に襲われる。店長の所で一睡もできなかったのが原因だろう。


「俺も少し寝るか……」


 あっちの世界に居た時は二日三日寝なくても全然平気だったが……戻って来てから毎日フカフカのベッドで寝れる様になった事で生活のリズムが変わってきたみたいだ。実に健康的な事だ。


 二階の自分の部屋に入りベッドに横たわると徐々に瞼が重くなり目を開け続ける事が出来ない俺は直ぐに眠りについた。




 ツン……

 ツンツン……


「う……ん……」


 何かホッペに……


 ツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンツン!


「やめーい! どんだけツンツンするんじゃああ!」


 俺はガバッと起きあがる。


「やぁ、服部咲太君」


 どうやら俺の顔を執拗にツンツンしていたのはくりさんだったらしい。

 何となく分かってたけど……。


「起きてたんですね」


「うん! いつの間にか眠っていたらしいね。ボクに布団掛けてくれたのって君?」

「そうですよ。見るに耐えない姿だったので……」

「て事は、君……ボクのパンツ見たね?」


 くりさんが目を細めてジト目で見てくる。


「み、見たんじゃないんです、見えたんです。くりさんこそ、何て寝方してるんですか!」

「うんとね、ボク……寝てる時癖でズボン脱いじゃうんだよね」


 癖なのね……。


「言っておきますけど変なことはしてないですからね!」

「分かってるよ。まだ君とは知り会ってそんなに経ってないけど、君は信頼のおける人だと思ってるから。多分!」


 多分って……まあ。それでも何か褒められたような気がしてうれしい。


 俺はチラッと置時計を見る。時刻は午後一時半。


「くりさんはこれからどうするんですか?」

「ボクは帰るよ。それより、ストーカー容疑者は市内の体育大学に通ってるんだよね?」

「はい。そう聞いています」

「名前は? 明日行ってみるよ」

「いいんですか? 明日はお休みなんじゃ……」

「うん? 何で君が明日私が休みなのを知っているの?」


 本人のスケジュールを知っている俺にくりさんは訝しそうな表情を向ける。


「あぁ~言ってなかったですね。実は家に帰ってくる前に交番に寄ってから来たんですよ。そしたらそこにいたほんわかした女警さんに教えてもらったんです」


 俺がありのままを伝えると「あ~あいつかぁ~」と、くりさんは何か納得した様子でいた。


「それで? 容疑者の名前は?」

「前野正太です。空手部に所属しているらしいです」


 くりさんは小さなメモ帳みたいのを取り出し書き留める。

 そして、メモ帳を一枚ビリっと破り「これボクの電話番号」と言って渡してきた。


「ワンギリしてもらえる?」


 俺は早速くりさんの十一桁の番号を入力し、電話を掛け、くりさんのスマホのディスプレイに俺の電話番号が表示されるのを確認しから電話を切った。


 ニ人してお互いの番号を登録すると、コミュニケーションアプリ“FINE”に上がってきたので、お友達リストに追加する。


「何かあったらお互い連絡しよう!」

「はい。分かりました」

「起こして悪かったね。ボクはもう行くから」

「いえ、そろそろ起きないといけない時間だったので問題ないです」


 俺はくりさんを玄関まで見送る。


 帰り際に彼女は「ママさんにちゃんとご馳走様してなかったからよろしく言ってね」と言伝を残し彼女は帰って行った。


 そしてくりさんを送り出して間もなく、俺もバイトに行く準備をし昼食代わりに軽く冷蔵庫の物を食べて店長を迎えに行く為に家を出た。

 まだ約束の時間が早かったので、駅前を少しうろちょろしてから店長の住んでいるマンションへと赴く。


 時刻は午後三時二十五分。

 マンションのエントランスに入った俺は呼び出しパネルで店長の部屋の番号を押し呼び出す。


 すると直ぐに店長の「はーい。あ、服部君。今開けるね」と言う声が聞こえて直ぐに自動ドアが開いたので、俺は更に中へと進みエレベーターに乗って店長の部屋へと向かった。


 三○一号室


 まだ一度しか来た事はないが、なぜか非常に馴染みがあるように感じられる部屋のドアの前でチャイムを鳴らすと、いつ出発してもよさそうな準備万全の店長が出てきた。


 俺が三時半に迎えに行くと言ってたので、それまでに準備が終わっていたのだろう。


「すぐ出られるけど、上がってく?」

「いえ。行きましょう」

「分かった」


 彼女はトランクを外に出しドアを締める。


 俺が置いてあるトランクを持つと店長が慌てて「私が持つから」と言うのだが、「俺結構力持ちなので大丈夫です」と断固拒否する。


 今朝、俺が筋トレしていた様子を思い出したのか、店長は「ふふふ。ありがとう」とすんなり引き下がる。


「では、行きましょうか!」

「うん!」



「ごめんね。待ったでしょ?」


 仕事上がりの店長が事務室兼休憩室にひょこっと顔を出す。


「全然待ってないですよ? これの勉強してたので時間が経つのも忘れて……」


 俺はそう言って、店長に自動車免許の問題集を見せる。


「免許かぁ。問題集、私も解いてたなぁ」

「店長、免許持ってるんですか?」

「もちろんだよ! 私の実家は地方の方だから基本1人1台だからね? まぁ、私はペーパードライバーだけど……」


「一人一台って、維持費が凄そう……」


 因みにウチには母ちゃんが乗っている国産SUV一台のみだ。

 クソ親父からの慰謝料を頭金にして買ったらしい。


「その代わり殆ど小さい車にするんだけどね。燃費いいし」

「そうなんですね」


 店長が壁掛けの時計をチラッと見た後、急に慌て出した。


「こうしちゃいられない! お世話になる初日からこんなに遅い時間なんて。すぐ着替えてくるから!」


 そう言って店長は女子更衣室に急いで入っていく。


 現時刻は午前十二時十五分。どうせ母ちゃんは寝ているだろう。


「そんなに急がなくても大丈夫ですよ! どうせ母ちゃん寝てるだろうし」

「それでも、だめよ。何事も初印象が重要なんだから!」


 店長は更衣室のドアを少しだけ開けて顔を覗かせる。

 そして、そこには。

 店長の小柄な身体とはギャップがあるたわわな胸元が……俺は速攻で目線を逸らす。


「ちょ、分かったから! ちゃんと着替えて下さい! 店長の前見えてますから!」


 俺の言葉で店長は目線を自分の胸元に落とし顔を真っ赤にして、すぐさま更衣室のドアを閉める。


 まったく……くりさんといい、店長といい世の中の女性はどうなってるんだ、無防備すぎるだろう……。


 程なくして店長が更衣室から出てくる。顔は赤いまんまだ。


「ご、ごめんね……変なの見せちゃって……」

「全然変じゃないです。むしろ眼福です」

「眼福って……ぷふふふふ」

「もう、行きましょう! 荷物持ちます」

「いいのに……」

「いいからいいから」


 遠慮している店長の手から彼女のトランクを優しく奪う。


「あ、ありがとう」


 俺はニッと笑顔を返し、事務室兼休憩室を後にした。



「お邪魔します……」


 借りてきた猫の様に店長のその小さな身体は縮み込んでいた。


「いらっしゃい!」


 すると俺達を待っていたのか母ちゃんが中から出てきた。


「母ちゃん、起きてたの?」

「だって、明日の朝にいきなりご対面だと気まずいと思って」


 全然何を言っているのか分からない……。


「は、はじめまして! 中西明美と申します。ご面倒をお掛けして申し訳ありませんが、数日間よろしくお願いします」


「咲ちゃんのママの舞子です。話は聞いているよ、大変だったね。自分の家だと思って何も気にせず、ゆっくりくつろいでね!」

「は、はい! ありがとうございます」


「ぷふぁ~。顔合わせもしたしママはもう寝るね。部屋はニ階の奥に用意したからお風呂入って貴方達も早く寝るのよ~」

「うん、お休み」「お、お休みなさい!」


 母ちゃんが自室に戻った後、俺達は各々お風呂に入ってから眠りについた。

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