第15話 ユキトVSビンゲ
闘技場の中央、白い石板が敷き詰められた正方形の闘技台。
既に闘技台の上で、姿勢良く直立していた女性主審の、朗々たる声が響き渡る。
「これより、ユニオン【リスタート】とユニオン【へゼズタ】の
闘技台に備え付けられている数段の階段を上り、中央まで歩を進める。
数メードルの距離を置いて、ユキトとビンゲが相対した。
尊大に腕を組み、不遜な笑みを浮かべたビンゲがユキトを睥睨する。
「どういうつもりじゃ《スタートダッシュ》。このおれ様に勝つ算段がついたんけ?」
「そうだ」
ビンゲと取り巻きたちが盛大な哄笑を上げる。
「見たところ、装備は以前のままじゃけえ、またバトルレベルが上がるようになったんかいのう」
「いや」
「だっはっはっは! バトルレベルも上げずにどうやっておれ様を倒す言うとるんじゃ! 過去の栄光が忘れられんのか? それともこの前おれに蹴り飛ばされたことが頭に来て、怒りに任せておれを指名してバトルを申し込んできただけなんか知らんがのう。前におれに勝った頃のお前はもういねえんじゃ! 過去は過去じゃけ、今のお前はおれには勝てねえ雑魚ってことを教えてやるけえ!」
ユキトのバトルレベルは16。対してビンゲのバトルレベルは19だった。
「言ってろ」
ビンゲが鼻を鳴らす。
「どんな策を考えてきたんか知らんが、返り討ちにしちゃるわ!」
主審が二人の真ん中に歩み出る。
「それでは試合を始める前に、ルールの再確認を行います。武器と防具を装備することは認めますが、アイテムの持ち込みは禁止です。制限時間は無制限。相手を降参させるか昏倒させた方の勝利です。闘技台からの落下、相手の命を奪った場合は敗北となります」
主審が闘技台から降り、闘技台の側面に待機する。副審の女性冒険者は、反対側の側面から闘技台を見守っている。
主審が口を開く。
「では両者構え」
ユキトは腰に佩いた鞘から双剣を、ビンゲは背中から大型の金属メイスを引き抜く。そして睨み合ったまま構える。
「始め!」
ビンゲが巨体に似合わぬ敏捷力を発揮し、ユキトに向かって突進。
――速い!
バトルレベルが追い抜かされたのだから、ルーキーズカップの時より強くなっていることはわかりきっていた。
しかし、ユキトの予想を超えたビンゲの駿足に瞠目する。
瞬き一つの間で、ビンゲはユキトの目の前まで間合いを詰めて来た。
クラッシュメイスの斜め上段からの振り下ろし。切り裂かれた大気の唸りが耳朶を撫でる。
双剣に
斜めの角度から大金棒を受け止める。
一瞬、押し戻す感覚。
そのまま斜めに受け流す。
ビンゲの体勢が崩れたところに一撃を見舞う。ビンゲの太腿に見事一閃が決まる。
ファーストアタックを奪ったのはユキトだった。
ビンゲの黄色い瞳が見開かれる。
即座に横薙ぎされたクラッシュメイスを、双剣で下から受け止めながら、斜め上へといなす。
がら空きになった腹に一閃、二閃と叩き込む。
「がっ! なにぃ!?」
驚愕の表情を引っ込めたビンゲの顔から余裕が消える。
受け止める角度と
後方に押し飛ばされ、肩から白石の上に落下し、すぐに立ち上がる。
完全に習得できていないライトソニックパリィでは、やはり格上のビンゲの攻撃の全てを受け流すことができず、その後も成功と失敗を繰り返し、一進一退の攻防が続く。
しかし、ユキトは次第にビンゲの動きに慣れていった。
攻撃力で勝るビンゲだったが、攻撃のヒット数ではユキトが上回った。徐々に趨勢がユキトに傾いていく。
大木のような筋骨隆々の両腕の膂力をもってして、大金棒が振り下ろされる。と思ったユキトが二振りの剣を上段に構えて防御姿勢を取る。
振り下ろしは寸止めだった。
――フェイント!?
気づいた時には大きな足が、ユキトの胴全体にめり込んでいた。
ギルド本部のカウンタールームで蹴り飛ばされた時と同じように、大きく吹き飛ばされる。そして闘技台の上を数度転がる。
すぐに立ち上がろうとした瞬間、
「スプラッシュ!」
片足に衝撃。
片足が大きく後ろに振り抜かれる体勢となり、そのまま
倒れたまま顔を上げる。
クラッシュメイスを片手で持ったビンゲが、もう片方の鋭い爪の生えた指を使い、空中に青い魔法陣を描いている姿が目に映る。
《マジックアビリティ》スプラッシュ。球状の水の塊をぶつける水属性の攻撃魔法である。
ルーキーズカップの時には使ってこなかった。おそらくあの後レベルアップした時に覚えたのだろう。
スプラッシュの魔法陣が完成しそうになっているのが目に入り、ユキトは慌てて立ち上がろうとした。
瞬間、足に痛みが走る。
どうやら、さっきのスプラッシュが足に当たった時に、負傷してしまったらしい。
何とかユキトは起き上がった。
スプラッシュを避けるために駆け出す。
再び足に鋭痛。
負傷した足に体重を預けられずに、よろける。
「スプラッシュ!」
水球が直撃。
前方を見やる。
再び描き出されていく青い幾何学模様。
起き上がり回避しようとするが、
「スプラッシュ!」
足の痛みで躱しきれずに直撃をもらう。
【へゼズタ】のユニオンメンバーたちが、騒がしくビンゲを囃し立てる。
ユキトは当然、レベルアップしたビンゲが、新しいアビリティを習得している可能性があることをわかっていた。
新たなアビリティの習得、それ即ち戦術の幅の広がりを意味する。それを求めてユキトも新たなアビリティを習得するべく、研鑽を積んだのだが。
ビンゲが新たなアビリティを習得していたとして、それがどんなアビリティなのかわからなければ、事前に対策が立てられない。であるならば、後はぶっつけ本番で対処するしか手立てがなかった。
これが氷属性や土属性だったなら、パリィで防ぐこともできただろうに。よりにもよって、折角修練してきたライトソニックパリィでは弾くことも受け流すことも不可能な水属性の遠距離攻撃。運が悪いとしか言いようがなかった。
自身の肉体に誇りを持ち、軽装を好む
それ故なのか、不幸中の幸いは、ビンゲがクラッシュメイスと共に、魔力値が上がる杖を装備してこなかったことだ。
おそらく後一撃スプラッシュを食らえば、ユキトはもう立ち上がることはできない。
しかし、ビンゲは魔法陣を描こうとしなかった。どうやら
ビンゲが疾駆し、ユキトに肉薄する。
クラッシュメイスによる打撃。
これも一撃食らえば即敗北。
ユキトの集中力が極限まで高まる。
眼前の獅子鬼の一挙手一投足に意識の全てを注ぎ込む。
斜め下から大金棒が振り上げられる。
白く発光する双剣で受け止め、火花を散らす。
攻撃の勢いを利用し、ライトソニックパリィ成功。
あいた隙に攻撃を仕掛ける。
が、踏み込んだ足に激痛。反撃の機を逃す。
袈裟斬りのような振り下ろし。
大金棒が唸りを上げて迫りくる。
ライトソニックパリィで斜めにいなす。
すかさず反撃。
しかし、足の鋭痛が眼前の隙を掴ませない。
双剣の切っ先が、僅かに届かず躱される。
横薙ぎで迫るクラッシュメイス。
黄と橙が推移する剣身で受け止める寸前、ぴたりと止まる。
そして振り上げられた足をパリィ。
片方のガルウィングソードを真っ直ぐ突き込む。
つもりが痛めた足が体重を支えきれず、体勢が崩れて外してしまう。
慌てて体勢を立て直す。
その時には眼前に迫り来ていた追撃。
紙一重で辛うじて弾きいなす。
暫時、見ている者の息が詰まるような、大金棒による打撃とライトソニックパリィの応酬が続く。
何度目かの時だった。
攻撃をことごとくパリィされ、決めきれないことに痺れを切らしたビンゲのこめかみに、血管が浮き出る。
「しつこいのお! 貴様!」
その瞬間、ビンゲの体から、赤紫色のオーラが激しく立ち上った。
ビンゲの
オーラが
「うおりゃああ!」
大金棒による斜め下からの掬い上げ。
パリィしようと構えた双剣の刃が、白い光りを放つことはなかった。
破城鎚を受け止めたかのような衝撃が、剣身から手、腕、肩へと伝播していく。
受け止めきれずに中空に打ち上げられる。
「がはっ!」
背中から落下したユキトが苦悶の表情を浮かべる。
直撃ではなかった故、
上体を起こしたユキトが、悔し気な顔になって、二振りのガルウィングソードに目を移す。
「だははは! お前も
荒く呼吸を繰り返しながら、ユキトは逆さにした双剣を、闘技台の白石に突き立て、杖のようにしながら立ち上がろうとする。
しかし、歯を食いしばるユキトの手と膝は震え、うまく立ち上がることができずに、片膝立ちになるのが精一杯という体だった。
ユキトの様子を眺めていたビンゲが、赤紫色のオーラを纏ったまま、目の前まで歩み寄って来る。
その相貌には嘲笑が浮かんでいる。
「ここまでのようじゃのう」
自分を見下すビンゲを見上げながら、ユキトが声を発する。
「残念ながらそうみたいだな。でも恥をかいたのはお前の方だぞ」
「ああん?」
「お前よりもバトルレベルが三つも下のおれに、随分手こずってズタボロになっちまってるじゃないか。さっきはおれに余裕で勝つって大口叩いてたくせによぉ。弱い奴ほどよく吠えるってのは本当みたいだな。お前今自分がクソダセえことになってるってことがわからないのか? 馬鹿だろお前」
「なんじゃと!?」
ビンゲの眉と黄色い目が吊り上がる。
「お前と二回戦ってみてわかったわ。やっぱお前、壊滅的にバトルセンスねえわ」
ユキトは笑顔を浮かべて見せた。
「こんのぉお!!」
ビンゲの眉間と太い鼻筋に縦皺が浮かぶ。
ビンゲがクラッシュメイスを大上段に振りかぶる。
猛り狂う焔のように、バーストテンションオーラがより一層激しく立ち上る。
《
大上段より構え、そして振り下ろされた武器または己の拳が、地面に衝突した瞬間、周囲に衝撃波を発生させる範囲攻撃である。
ルーキーズカップの時に、ユキトはこの技を一度目にしていた。故にスレッジインパクトは高威力だが、大上段に構えて力を溜める必要があるため、行使時に隙が大きいことが欠点だということを知っていた。
だが今はあの時とは違い、バトルレベルの差により、敏捷のステータス値は、ビンゲの方がユキトを上回っていた。
それ故、今からユキトが攻撃を仕掛けたとしても、ユキトの攻撃がビンゲに届く前に、ユキトの脳天にスレッジインパクトが直撃する。スレッジインパクトの溜め時間による寸隙は、その程度の数瞬の時間にも満たないものだった。
ユキトはそれを十全に理解していた。
だというのにユキトは片膝を着いた姿勢のまま、両腕を交差させ、攻撃の構えを取った。
「死に晒せええい!!」
大音声を迸らせたビンゲが、大上段より大金棒を振り下ろす。
構えの姿勢を取ったユキトが今から最速で攻撃を放ったとしても間に合わず、スレッジインパクトの方が先にユキトの頭と闘技台の床を叩き割ってしまう。
果たしてユキトが選択した行動は攻撃ではなかった。
ビンゲが振り下ろしたクラッシュメイスが、ユキトの脳天に当たるかと思われた刹那、ユキトの体を、透過する赤紫色の球体が包み込んだ。
《
最大
高性能な技であるが
レベルアップ時に
高難度であるが故に習得することは容易ではなく、習得しようと試みるものの、途中で挫折する者がほとんどで、まともに使いこなせる冒険者は稀少である。
それ故、
ユキトはビンゲがスレッジインパクトという大振りな技を習得していること、怒りの沸点が低いビンゲの性格を利用した。
疲れ果てて立ち上がれない芝居を打ち、ユキトが隙だらけであると思わせた。
余計なことをせずに通常の攻撃で戦い続けていれば、その内ユキトがパリィまたは防御をファンブルし、一撃の下にビンゲは勝利していたことだろう。
安い挑発にまんまと引っかかり、激高したビンゲは隙が大きく、
ユキトが展開した赤紫色の球体、
大金棒が大きく弾き返される。
「ぬぁにいぃぃ!?」
驚愕に目を剥く獅子鬼。
ライトソニックパリィが使えなくなり、
それを目の当たりにしたビンゲにはもう、驚愕の悲鳴を上げる時間すら残されていなかった。
立ち上がりざま、両腕を真横に振りぬく。
二振りの剣から放たれた白い斬撃が中央で重なり合い、真一文字となってビンゲの革鎧を切り裂いた。
至近距離からの全力を込めた
約十メードルも宙を舞った後、ビンゲは闘技台の床の上に背中から落下する。
大の字で倒れたビンゲは、白目を剥いて卒倒していた。
「そこまで!」
主審の鋭く明朗な声が、一瞬起きた静寂を破った。
「この勝負、【リスタート】の勝利とする!」
拍手の音に顔を向けると、観客席でガゼが一人立ち上がり、笑みを浮かべて手を叩いていた。
「よくやったユキ坊!」
「ありがとうございます!」
今回の戦いはガゼの助力なくして、勝利は掴めなかっただろう。
ユキトは感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。
一方、【へゼズタ】の
目の前の光景が信じられないといった風に、口をあんぐりと開けている者、頭を抱えている者。
それを尻目に映しながら、ユキトは痛む足を引きずり、闘技台に設えられた数段の階段を下りる。そして、クララの元へと向かう。
それに気づいたクララが観客席から下りてくる。
「おめでとうございます」
「ああ。なんとか勝てたよ」
「どうしてまた頑張ってるんですか?」
「おれ、夢に向かって一緒に努力し合える仲間が、ずっと欲しかったんだ。頑張ってるクララの姿は、眩しくて、格好良かった。諦めずに努力してるクララを見て、クララと仲間になりたいって思ったんだ」
クララが驚きに目を見張る。
「この前は傷つけて悪かった。もう二度と諦めたりしないから、おれを仲間にしてください」
ユキトはクララに向かって、腰を折り曲げて深々と頭を下げた。
クララの瞳から涙が溢れる。
「はい、喜んで!」
クララは泣き笑いの表情で言った。
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