クララのアトリエ ~アクラリンドの錬金術士~

雪月風花

諦観の少年と輝く希望の錬金術士

第1話 ユキト・デュクフォルトの冒険者生活

 双剣がギガントードの体躯を交差する。その瞬間、断末魔の叫びを上げたギガントードの体が星命素フォゾンに還元されていく。鋭い爪の生えた黒い手足が、くすんだ薄黄色の腹部が、虹色の幻晶光と化して欠損していく。

 狸人シガラクーン族の少年、ポンタのアビリティ、鬼火が照らすフェゴス鍾乳洞の空中に、数瞬の間煌いていた七色の光粒が霧散した時、後に残ったのは、地面に転がる黒巨蛙の黒角くろきょあのこくつのだけだった。

「ドロップしたぞ!」

 とどめを刺した人間ヒュマ族の少年、ユキト・デュクフォルトの声に、仲間たちが歓喜する。

 鬼火に照らされ喜ぶ仲間たちの影法師が、石の床と壁に踊った。

 ユキトたち【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバー五人は、ギガントードのドロップアイテムである、黒巨蛙の黒角くろきょあのこくつのを五つ集める、というクエスト攻略の最中だった。

「これで五つ目、クエストクリアだ!」

 栗鼠人デールムンク族の少年、ガッチャが言った。

 目的を達成した一同は、鬼火を頼りに鍾乳洞の入り口を目指す。

 入り口付近まで来ると、外からの光が暗闇に慣れた目に鋭く刺さり痛かった。

 ポンタが鬼火を消す。

 ダンジョンであるフェゴス鍾乳洞の入り口には、高さ二メードル弱の小転移石テレポートクリスタルが屹立していた。

 半透明の青いクリスタルは、上部が太く、下に向かって先細りになっている。綺麗にカットされた宝石とは違い、原石そのままといった様相だ。地面より少し中空に浮いており、ゆっくりと横に回転し続け、いくつもある面が陽光を反射していた。

 全員がそれに近づき、各々が「ギルド」と口にする。


 転瞬、青い転移光に包まれたユキトたちは、ギルド本部一階テレポートルームへと移動していた。正確には転移先に設定されている大転移石ヒュージテレポートクリスタルの傍だった。小転移石テレポートクリスタルの二倍以上の約五メードルもの高さがあり、幅もそれに比例して太く、初めて見た者は誰もがその大きさに圧倒される。

 周囲には、今からダンジョンに向かうのであろう冒険者たちの姿が散見された。

 ユキトたちは高さ五メードル、幅十メードルのアーチ型のテレポートルームの通用口に向かう。

 大きなアーチを描く通用口は、幾何学模様が描かれた白い結界が張り巡らされており、ユキトたち冒険者が首から下げているギルドプレートを所持していないと、通ることは適わない。

 ギルドプレートには自分の名前、所属しているユニオン名、ユニオンランクが彫り込まれている。

 五人は結界を抜け、カウンタールームへとやってきた。

 だだっ広い部屋に、数十を超えるカウンターがずらりと並んでいる。

 総合カウンターでギルド職員の受付嬢に、何やら質問をしている者。

 クエストカウンターでクエストの発注、受注、完了の報告をしている者。

 見聞カウンターでダンジョンに関する新たな情報を提供している者。

 買い取りカウンターでダンジョンより持ち帰った素材アイテムや、魔物モンスターのドロップアイテムを売り捌き、金銭を受け取っている者。

 部屋の中央に並べられた長椅子に腰かけ、待ち時間を潰している者。

 入り口近くの掲示板に張り出されているクエスト依頼書を、熱心に眺めている者。

 掲示板の横に設置されている案内図に視線を走らせている者。

 左の壁際では、ユニオンランキング100位までのユニオン名が列挙されている、ミスリル製のユニオンランキング掲示板を見上げ、何やら話し込んでいる者たち。

 部屋の奥に目をやると、高さ五メードル、幅十メードルもの大きさがある、金属製の大扉は開け放たれており、アーチ状に切り取られたリーガの街並みが覗いている。

 そこからひっきりなしに冒険者たちが出入りしていた。そして冒険者の手が届かない高さの、扉の上部付近では、手の平に乗せられるほどに小さい、少女の姿をした小人妖精メルファリア族たちが飛び交っている。

 背中に生えた蝶のような翅をはためかせ、丸めて紐で結ばれた書類を抱きかかえるようにして翔んでいる。

 まるでステンドグラスのような半透明の翅は、淡く光っていた。彼女たちの小さな体からは、常に虹色の星命素フォゾンが煌きながら振り撒かれている。彼女たちが翔ぶと、七色の幻晶光が尾を引くように振り撒かれ、その軌跡には虹が描かれ消えていく。

 小人妖精メルファリア族の少女たちは、抱きかかえたクエスト依頼書を、クエストカウンターの奥へと運び終えると、忙しなく別の書類を抱えて大扉から飛び去っていく。

 小人妖精メルファリア族は伝書妖精として、人族の仕事を手伝い、人族社会の中で共生している妖精だ。

 亜人や獣人の冒険者たちの間を縫い、ユキトたちはクエストクリアを報告するため、クエストカウンターへと向かった。

 カウンター前の列に並び、自分たちの番となり、黒巨蛙の黒角くろきょあのこくつのを五つ納品し、クエストクリア報酬金を受け取り終わる。

 クエストカウンターを後にしようと振り向いた時、【厚切り肉のコートレッタ】の残りのユニオンメンバーたちがそこにいた。

 その中の一人【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンリーダー、ジルクが声をかけてきた。

 ジルクは頭に猫の耳、臀部からは猫の尻尾、それ以外は人間ヒュマ族であるユキトと外見に差異のない亜人、猫人クレセントキティ族の青年だった。ジルクの猫の耳と尾は黒く、瞳は黄金色をしている。

 黒髪の短髪の頭に鉢がね、銅に鎖帷子、足にロングブーツを履いて身を固め、両手にはそれぞれガルウィングクロ―を装備していた。

「おれたちは今クリアしてきたとこだ」

 たった今、別のクエストカウンターでクエスト報酬として受け取ったのであろう、金の入った小袋を、ジルクは笑みを浮かべて掲げてみせた。

「そっちの首尾はどうだった?」

 栗鼠の耳をぴょこっとさせ、自分の背丈と同じくらいの長さのある尻尾を嬉しそうに上下させながら、ガッチャが答える。

「こっちもばっちしクリアしてきました!」

「よし、じゃあ今からはしゃぎにいくぞ!」

 ジルクの宴開始の合図に、他のユニオンメンバーたちが嬉々とした声を放った。


 リーガ西区にある歓楽街。

【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちが、賭場から外に出た頃には、辺りはすっかり夜の帳が下りていた。

 今日は、明日冒険者を辞めて、故郷の村に帰るガッチャの送別会を行うことになっていた。

 ギャンブル好きのガッチャの『送別会は賭場で遊びたい』という希望を叶えるため、十人いるユニオンメンバーが五人ずつの二パーティに分かれ、クリア報酬金額が多い二つのクエストを、それぞれが攻略しに、朝一からダンジョンへと向かっていた。そして、二パーティともクエストをクリアさせたおかげで、賭場で遊ぶ金は結構な金額となった。

 ユキトの今日の博打は勝ちだった。

 博打に勝って喜ぶ者、負けて悔しがる者、めいめいの反応を示すユニオンメンバーたち。総じて楽しそうな雰囲気の中、ユキトは綺麗に舗装された石畳の上で歩を進めていく。

 今日みたいに誰かの送別会の時だけでなく、クリア報酬金額の多いクエストをクリアした時など、つまり金に余裕ができた時、ジルクは「臨時ボーナスだぞ!」とユニオンメンバー全員に臨時の小遣いをくれる。そういう時は大抵みんなギャンブルや酒にその金を使う。ユキトも同じだ。

 ユニオンランク8876位の【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンホームは狭く、快適とは言い難かったが、そんなホームでの生活に、今ではユキトも慣れていた。

 ユキトの周りにいるこのユニオンメンバーたちは、みんな気の良い奴らばかりだ。そんな奴らとダンジョンに出かけ、たまに酒場やギャンブルで遊べる程度の稼ぎのある生活。そんな今の生活に、ユキトは特に大きな不満を抱いていなかった。

 しかし――。

「どうした? 浮かない顔して」

 銀狼の耳と尾を持つ亜人の少年、狼人シルバリオ族のキーゴ・オミが、周りではしゃいでいる仲間たちを、つまらなそうに最後尾から眺めていたユキトの顔を覗き込んだ。

「お前博打に勝ってたじゃないか。何か気に入らないことでもあったか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

 嘘ではなく、ユキトは今のこの時間を、楽しんでいないわけではなかった。だが心から楽しんでいるわけでもなかった。なんか心が晴れない、満たされない、そういう感覚が胸に居座り続けている。

「だったらもっと楽しそうにしろよ。今から酒場で二次会やるってさ。ほら行こう」

「ああ……」

 ユキトは歩みを速め、談笑の輪の中に入っていった。


 アクラリンド最大の冒険都市リーガ。

 この町には世界中から命知らずの荒くれ者たちがやってくる。ここで冒険者として名を上げさえすれば、手に入らないものはないと言われる夢の町。それがリーガだった。

 冒険者になるためには、必ずユニオンに加入しなければならない。

 今現在、リーガにはおよそ一万のユニオンが存在する。一つのユニオンに最大で十人のユニオンメンバーが在籍可能である。

 ユニオンはギルドに対する貢献度に応じて、ユニオンポイントを与えられる。

 クエストをクリアする。ダンジョンから持ち帰ったアイテムをギルドで買い取ってもらう。未開のダンジョンのマップ情報や、ドロップアイテム、攻略法、出現場所等の魔物モンスターの新情報、等のダンジョンに関するギルドにとって有益な情報をギルドに提供する。闘技場で行われている大会で勝利する。等が主な貢献の仕方である。

 そうして集めたユニオンポイントの総数により格付けされる、ユニオンランク制度というものが採用されている。

 ユニオンランクが高くなればなるほど、ギルド本部より借りることができるユニオンホームのグレードが上がっていき、それと共に名声も上がる。

 ユニオンランクを上げて名の知られる冒険者ともなれば、人々から英雄扱いを受けるようになり、外を歩くだけで鬱陶しいほどの数の異性が群がるようになる。そしてユニオンランク一位ともなれば、まつりごとにも介入でき、アクラリンドに甚大な損害を与えない範囲内のものなら、どんな法律でも作る権利さえ与えられている。

 リーガが世界最大の冒険都市たりえている理由は、大転移石ヒュージテレポートクリスタル小転移石テレポートクリスタルを世界で唯一所持しているからだ。

 大転移石ヒュージテレポートクリスタルから、世界各地に点在しているダンジョンに設置した小転移石テレポートクリスタルへと、一瞬にして移動できる。この利便性を求め、この地に人々が集まり始めた。

 そうしてやってきた冒険者たちがダンジョンから持ち帰った、大量の採取アイテムや魔物モンスターのドロップアイテムを加工するため、加工工場が建設され、そこで働き手となる職人たちが集まった。

 でき上がった加工品で商いを始めるため、はたまた冒険者相手に歓楽の商売をして一獲千金を狙う商人も集まった。

 それら世界最高水準の便利な加工品に溢れた華々しい都会生活に憧れ、リーガに移り住んでくる者も増えていった。

 そうしてリーガは今なお発展を続けている。

 そんな夢や欲望渦巻く冒険都市リーガに、様々な思いを抱え、冒険者になるためやって来る者たちは後を絶たない。

 しかし、そうしてやって来た全員が、思い描いていた夢や希望を叶えられるはずがないのであった。


 ガッチャが【厚切り肉のコートレッタ】に加入したのは一年前のことだ。入団したての頃のガッチャは、冒険者としてのやる気に漲っていた。しかし、ダンジョンに向かい、魔物モンスターと戦う日々の中で、ガッチャは自分が冒険者としての才能がないということに気づいていった。

 ガッチャはやる気はあるのだが慎重な性格で、少しでも危険を感じると後ろに下がり、無理して前に出て戦うということを極力嫌う、安全優先のバトルスタイルだった。

 それもあってか、ガッチャのバトルレベルはなかなか上がらなかった。入団して四か月も経つ頃には、ガッチャは【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちの間に蔓延している緩い空気に飲まれ、当初あったはずの気概が欠けていった。

 一年間冒険者を続けた場合の、レベルアップの平均値は5である。

 一年間冒険者を続けたガッチャの今のバトルレベルは3だった。そのことで自分の限界を感じたガッチャは、田舎に帰ることに決めたのだった。

 明け方まで送別会を行っていた【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバーたちは、ユニオンホームに帰った後、昼近くになるまで、誰一人として目を覚ます者はいなかった。

 ギルド本部に赴き、ガッチャのユニオン退団の手続きを済ませた後、九人となったユニオンメンバーたちは、円形の防壁に都市全体が囲まれているリーガの出入口の一つ、西門まで見送りに来ていた。

 茶色い耳と、茶色と黒の縞々模様の尻尾を持ち、目の周りが黒くなっていることが特徴的な、狸人シガラクーン族のポンタが、おどけて泣きまねをしながらガッチャに抱きつく。そのまま顔をガッチャの胸に大げさに擦り付ける。

「おーいおいおいおいおい! おめえがいなくなっちまったら、おらはこれからどうやって生きてけばいいんだよぉ! おーいおいおいおいおい!」

 それを見てみんなが笑う。ガッチャも笑顔を浮かべている。

「元気でな」「またいつでも遊びに来いよ」

 別れの言葉をひとしきり言い合うと、荷物を抱えて故郷の村へと帰っていくガッチャに向かって、みんなで手を振った。

 ガッチャもこちらを振り向きながら手を振り返す。

 その様子を眺めながら、ユキトはもう二度とガッチャは自分たちのところに、積極的に会いに来ることはないだろうし、自分も積極的にガッチャのところにわざわざ会いに行くこともしないだろう、と思った。十中八九、自分以外のユニオンメンバーたちも同じ考えだろうとも思っていた。

 ユニオンリーダージルクの、その日暮らしができていればそれでいい、をモットーに、緩い雰囲気の冒険者生活の中で築かれる絆は、必然的に緩いものになってしまう。

 故にこれが【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンメンバー脱退時の光景の常となっていた。 

 それと同時にユキトは、ガッチャと違って自分には故郷に帰る度胸は出ない、と感じていた。

 暫くするとガッチャは手を降ろして前を向き、真っ直ぐ歩いて行った。

「うし、じゃ行くか」

 ジルクの声を合図に全員が踵を返す。

 今日もまたいつも通りの冒険者生活が始まるのだ。

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