第31話 最奥宮殿

 放たれる斬撃。

 正確無比に捻じ曲がる異形の斬撃は、俺の死角を狙う。

 俺が一人ならばこれで絶命していただろう。だが、俺は一人じゃない。

 シーズナルがあらかじめ感知してそちらに対して、骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュストから補助アームを使って迎撃している。

「あらあら、ふふ。すごいんですねぇ。こんなにも腕がいっぱい。斬り甲斐がありますねぇ」

「冗談ならやめてくれよ――」

「冗談に見えます?」

 見えない。

 橋本は本気で俺を斬りにかかっている。洗脳の類でもないだろう。彼女は彼女の意思で、俺を斬ろうとしているのだ。

「ええい、八雲のやつこれ知ってただろ」

「そりゃもう、出流さんはあてのことたくさん知ってますよぅ。隅々まで知られてますから」

「ええい、のろけかこの」

「うふふ。そうそうあてらはとーっても睦まじいんですよぅ」

 言っていることはふわふわしているのに、やっていることが剣呑極まる。

 放たれる斬撃は笑みを持ちながら放てるものでないことは異世界で過ごしたからわかる。

 斬撃三種。混成連撃。

 大気すら斬り裂くその一撃は避けたとしても細かい傷をつけてくる。普通の人間ならばこれだけでも厄介だ。

 だが、俺は人間ではないからその辺の効きは薄い。

 ならばやることは決まった。

 このまま相手がバテるのを待つ。相手は死者と言えどもここで生きているらしいというのはシーズナルの言葉だ。

 ならば相手はあの橋本である。元々が病弱な彼女。体力はそこまでないだろう。

 体格的にも運動量的にも。

 制限時間は三分くらいか。

 どこのウルトラマンかと思うが、この強さならば納得のいく例えかもしれない。

「ほらほら、まずは一本ですよぅ」

 斬と、斬撃が走れば補助アームが一本斬り飛ばされた。

「っ――いくらでも作れるけど、吹っ飛ぶのを見るといい気がしないな!」

 続く連撃を蹴りで受け弾くと同時に、その勢いで側頭部を狙う。

「うふふ、あてはいい気分ですよぅ」

 橋本は身を捻り、くるりと風に乗る。

 俺よりも重量が低い彼女はそのように風に乗るという芸当が可能だ。ふわりと誘われるように上へと上昇を赦してしまう。

 高所を取られるのはマズイ。何事も上にいる方が強いのだ。

「シーズナル!」

 風が吹き荒れ俺の身体を上へと飛ばす。

 吹き荒れる暴風もシーズナルにとってはそよ風も同じ。それらすべてを手足のように俺の身体を橋本よりも上に運んでしまう。

「そんな魔法みたいな、ずるいわぁ」

「俺からしたら橋本の斬撃も魔法みたいでズルいんだけど」

「うふふ。こっち色々頑張りましたので」

「なら、それは俺も同じということで」

「退屈せんでええわぁ。ふう」

「お疲れかー?」

「ふふ、こんなにいっぱい動いたんは初めてやし、結構つかれたかもなぁ」

「じゃあやめるか」

「まさかぁ。こんなたのしこと。続けんと損やろぉ?」

「俺は楽しくないんだがな」

 まったく同時に放たれた三連撃を、シーズナルの風で回避。

「やっぱり、一本じゃたらへんわぁ。んふふ、それじゃあ、もう一本。そろそろ疲れたし、キメるつもりでいくさかい、寛仁な?」

 どこからかもう一本、刀を取り出す。虚空から現出するように現れた刀はやはり無視していい類のものではない。

 燃えるような赤い刃が放つのは生者すら凍えさせるほどの斬気の波濤。ただそこにあるだけで斬るのだと言っている。

「それじゃあ、行きますよぅ」

  ――来る。

 備えと同時、いやそれよりも刹那早く、剣嵐が吹き荒れる。

 空間そのものを斬滅させるような斬撃森林が生まれる。森羅万象を斬り殺す、刃の嵐は、俺の命を狩らんと猛っている。

 その瞬間、斬撃予測が消え失せた。どこに来るかもわからないという不明を晒す。それはシーズナルの演算速度すら振り切ったということ。

 化け物じみた橋本の斬撃が迫る。

「――――ッ」

 今まで見た中で一番うまい。思考加速してなお、見えないほどの斬撃速度など本当にどうなっているのかわからない。

 当然、破滅の金音が鳴り響く。

 そう当然のように、普通の人間ならば首が落ちて死ぬだろう。俺は斬撃を首に受けた。

 だが――。

「あら? あらあら?」

 折れたのは刀の方だった。

「うーん? 甲野さん、一体どんな体してるん? そういえば腕もいっぱいやし」

「企業秘密だよ」

「これじゃあ、どうにもできませんねぇ。おっとと」

 橋本がバランスを崩す、それを風でとらえて、広場へと戻る。

 今まで落下しながら戦っていたとは思えないほどの激戦であった。

 まったくこんなのはこれっきりにしてもらいたいものだ。本気ではなかったとはいえ、クラスメート戦うなどもう二度としたくないぞ。

「もどったか」

 戻った俺を当然のように迎えるのは八雲だ。

「おい、八雲どういうことか、説明してくれるんだろうな」

「橋本の性格はお前も見たな」

「……まあ」

「そういうことだ」

「出流さん、面倒だからってはしょられるとあても悲しいわぁ」

「はぁ」

 しくしくとウソ泣きを始めた橋本に八雲は溜息を吐く。

「異世界に来て、こいつは変わった。いや、本性を出した。日本の法律が関係ない場所だとわかったなら後は水を得た魚になったんだよ」

 やったことは一つ。その指一つで、看守たちを殺して脱走した。

「マジか……」

「うふふ、マジですよぅ。だってねぇ、ここは日本ではなし、奴隷にされるんも嫌やったし、これはもう逃げるしかないわぁ、殺して」

 などと楽し気に思ってしまったそうだ。

 そして、王都で斬った張ったの大暴れをしたあげく、辺境に流れに流れて生贄にされてこのざまである。

「病弱治ったんかなぁと思ったら、全然でねぇ。血を吐いて捕まってしもうて、あとはもうとんとん拍子に生贄にされてしまったんよぉ」

「それを聞いた僕の心中を察してくれ」

「いや、まあ、察した」

 相当胃が痛かったことだろう。

「人殺しも、仕方ない部分もある。ともかく、こうして無事ならそれでいい」

「うふふ、そうやって赦してくれはる出流さん好きよ。でも今は、甲野さんも好きやねぇ」

「良し甲野死んでくれ」

「オイ待てこら」

 こっちが相当なとばっちりじゃねえか。

「モテモテだねぇ、甲野くん」

「助けてくれ郡川」

「やだ。めんどうだし」

 ならばシーズナルだ。彼女ならば助けてくれる。

『いやです面倒ですし』

 ならプリーミアは……応えてすらくれない。

「甲野、僕はお前のことを気に入っている。興味深い体をしているからな」

「うんうん。甲野さんの身体面白いわぁ。ちょっとバラしてみる?」

「やめてくれ、冗談に聞こえない」

「「冗談じゃないからな」」

 ハモったよこの二人……。

「ああもう、そんな話はどうでもいいだろ。これで試練は突破。あとは橋本を連れ帰ればそれでいいはずだろ」

 いや、たぶんそれだけじゃすまない気がしているのだが、このまま帰れるにこしたことはないだろう。

 少しくらいは楽に思っていいだろう。

『その思考は損しますね。ぜったいに』

「……」

「いいや、まだだ」

 八雲が言う。

「試練を突破しただけだからな。力は示した。あとは冥界の統治者に彼女を連れ帰る許可をもらうだけだ」

 それが一番難しい奴なのでは? 俺はいぶかしんだ。

 だってそうだろう。古今東西、冥界から誰かを連れ帰るには相応のことが必要になる。

 愛であったり、力であったり。

 振り返ったりしたら駄目だとか色々条件もあるだろう。

 だから、そんな簡単な話ではないはずだ。

「ともかく宮殿に入ればはっきりする」

「では、こっちですよぅ」

 橋本の案内で宮殿に入る。

 宮殿の中は異様に寒々しく生の気というものにかけていた。

 死者の類もいなければ、ここを管理するような者の姿も見えない。

 ただ寒々しさだけがここには満ちていた。

 吹雪を防げるだけマシなどではない。ここが冥界で最も寒い場所だ。息が白くなり、気を抜けば凍えてしまいそうなほどに寒い。

「郡川大丈夫か?」

「これが大丈夫にみえるのなら眼科にいくのをおすすめするかな」

 郡川はもう俺が出した防寒着をこれでもかと身にまとってもなお寒そうにしている。

「ああ、早々に決着をつけて帰りたいものだよ」

「ここですよぅ」

 宮殿の最奥。玉座の間。

「え」

 そこに座っていたのは冥界の統治者。

「よくきタ」

 ツェルニの姿だった――。

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