第14話 もうひとり
フードの男は俺と同じ顔をしていた。
顔の半分ほど機械化しているし、後頭部からは脳が入った円筒形の筒が見えている。
だが、間違いなく俺と同じ顔だった。
俺は俺の顔を間違えるはずがない。
「なん、なんだよ、なんで俺と同じ顔してだよ……!」
「逆だよ、お前が俺と同じ顔してるんだよ。まったくなんだこれは、どうして俺と同じになっていないんだ。おい、アリシア、どういうことか説明してくれるんだろうな」
びくりと、声をかけられたアリシアが震える。
「おい、どういうことだよ」
「……わ、私、は…………ぐ、ぎぁぃ」
突然、アリシアが苦しみだす。
「命令に従わないから罰を与える。まったくどいつもこいつも」
「おい、やめろよ!」
「なぜ庇う。そいつは俺をこんな風にして、お前を作った張本人なんだぞ。いや、そもそも――」
「話を聞けよ! なんなんだよ、いきなり出てきて、同じ顔で! おまえはいったいなんなんだよ!」
「本当に、俺から作られたのか? おまえ。愚鈍すぎだろ」
「なん……だと……?」
「だから、お前は俺から作られた、コピー。アンドロイドなんだよ」
「は……?」
アンドロイド? 人工的に作られたロボット……? 俺が……?
「なにを、言ってるんだよ。俺は、俺は甲野哲也だ! 記憶だってある!」
「それが本当にお前自身の記憶だという保証は? そもそも何を以てお前はお前自身を甲野哲也と定義するんだ?」
「この記憶が証拠だろう!」
「やれやれ、わからないのか? 本当に? それともわからないふりでもしているのか?」
もう一人の俺は、あきれたように首を振っている。
アリシアは苦しみながら地面に横たわり、郡川は無表情で見ている。
なんだ、これ。なんなんだよ、これは!
「いきなり出てきて、意味不明なこと言われてもわからないだろうが!」
「ああ、こっちも驚いてるよ。そこで転がってる屑がここまで役に立たないとはな!」
機械化した俺が転がっているアリシアの首を掴んで持ち上げる。
「ぐ、ぎ、ぁ」
「おい、言ったよなぁ、俺がなにしたいか。おまえ知ってるよなぁ」
「は、ぎ、ぃ」
「世界を滅ぼす為の尖兵としても一人の俺を暴れさせるってさぁ。なのに、なんだこれはよぉ!」
「ぎ、や、め――」
機械化した俺がアリシアを地面へとたたきつける。
「が、っぁ――」
血を吐くアリシアは、ぐったりとする。ただの一発。
だがその一発がどれほどの一撃かよくわかる。
なぜなら、この俺と同等の力を奴は持っているのがわかるのだ。
俺とやつは同じものだと。
「ぎ、ぐ、あぁ、や、――」
何度も何度もアリシアは地面にたたきつけられる。
ボロボロになって、涙を流して、血反吐を吐いて、それでももう一人の俺はやめない。
ずっと激しい憎悪を剥きだしてにして攻撃をしている。
「や、やめろぉぉぉぉぉ!!!!」
俺の背中が爆ぜる。
展開される
炉心が最高効率でエネルギーを生み出し、右腕を
「役に立たないのならお前も必要ない。消え失せろ、コピー」
アリシアはごみのように投げ捨てられ、相手の背中も爆ぜる。
展開される骨格内積層武装格納庫。装備するものは同じ武装破城篭手。
到達は同時。
ぶつかり合う破城篭手。引き金を引き絞り激発する。
周囲一帯を巻き込むほどの爆心が巻き起こった。威力は相殺されるどころか相乗され俺たちを互いに吹き飛ばす。
轟音とともに建物をいくつも倒壊させようやく止まる。
悲鳴、怒声、阿鼻叫喚が立ち昇る。
だが、俺はそんなものを気にしている余裕などなかった。
「おい、主人からの命令だ、郡川。歌え」
「……はい」
歌が響く。それは魔を呼ぶ歌声。
誰もが熱狂する。それは遠く魔獣たちも同じだ。すぐさま魔獣がこの街にやってくる。
いや、もうやってきている。
「ぐ、この」
「おまえもここで壊れろ」
「おおお!」
こちらへやってくる機械化した俺に俺はさらに武装を展開する。パワーが同じならば今度は遠距離だ。
巨大な二門の大砲を背から展開させる。
照準をつけ、放つ。あいつは避けもしない。
爆裂。巨大な炎の渦が天へ上り、周囲の全てを焼き尽くしていく。
「危ないな、まったく」
だが、やつは無傷だった。
「ならこいつはどうだ!」
さらに大威力の砲門を取り出して放とうとして。
「遅いんだよ――」
奴は俺の前の前にいた。拳が握られている。
砲弾が直撃したかのような衝撃が俺の腹に走った。骨格そのものを軋ませる一撃。
「ぐ――」
そのまま天へと打ち上げられる。
燃え盛る街。魔獣が人々を襲っている。
何とかしなければなどと思えるほど俺に余裕はない。そもそも俺はもう何がなんだかわけがわからず戦っていた。
「愚鈍。愚鈍愚鈍!! 俺だというのになんでお前はそんななんだよ! そんな風なままなんだよ!」
打撃。打撃打撃打撃。
放たれる
巧く身体が使えていない。奴が言い放った事実に俺は動揺していた。
骨格内積層武装格納庫から奴は武装を取り出す。
それは黒鉄の篭手。炸薬式衝撃加速篭手。
撃発一つ。
それだけでやつの拳は加速する!
放たれる衝撃は加速した分だけ強くなる。
撃発二つ。
三つ、四つ。
マシンガンのように拳が放たれ、俺の身体を地面へと叩きつける。
「ぐ、ぉ……」
「決定的な証拠ってやつを見せてやるよ」
奴は俺の頭を掴む。
そして、じめんへと叩きつける。
「ぐ、や、――」
「見ていろ」
撃発。
凄まじい衝撃と熱が巻き起こり、後頭部が吹きとんだかのような衝撃が襲う。
いや、文字通り、吹き飛んでいたのだ。
鏡が目の前に置かれる。
そこには何もなかった。
脳が入っているはずの脳殻も、あるべくものはなく。
そこにあったのはただの機械だった。
「ぁ、あ、あああああああ――」
「これが貴様の真実だ。まったく、そんなことすらも知らないとか、つくづく役に立たないな、あの女は。まあ、塵屑にはこれぐらいが限界か」
そのまま奴は動かなくなった俺へと魔導大砲を向ける。
「消え失せろ」
「――!」
魔導大砲が放たれ、すさまじい衝撃が俺を襲う。視界が明滅し、一瞬ブラックアウトする。
何か言い争う声が聞こえた。誰かが殴られる音が聞こえた。
だが、そんなものはもはやすべてどうでもいいと思っていた。
瓦礫が俺へと堕ちてくる。
総てが消失する。消える。
奴は、どこかへと去っていった。次はリーゲルの街を狙うのだろうか。
もうどうでもいい。
俺は、俺ですらなかったのだから――。
騒動が収まったのは、誰もかれもが死んだ後だった。人々は魔獣に食われ、魔獣は大火に巻かれて死に絶える。
死だけがここにあった。
何もかもが死に絶えた。
「……ぅ、ああ」
――なんで、俺はまだ、生きているんだ。
俺はまだ生きていた。がれきの下敷きになりながらも生きていた。
身体の損傷は骨格内積層武装格納庫の機能で勝手に修復が済んでいた。
『ようやくお目覚めですか、マスター』
「し、-、ず、なる?」
『なんですか、その間抜けな顔は。はい、シーズナルです。他に何があると思うのですか。本当に愚鈍ですね』
「なんで……」
『なぜ? 私は最初に言いました。永久に等しく。永劫に短く。どうか那由他まで共に在りましょう、と。だから私は貴方と共にあるのです』
「でも、俺は……俺ですらなかった」
ただのコピーで。作られたもので。甲野哲也の記憶を持っていただけの人形だと証明されてしまった。
あの事実は消しようがない。あの見たものを俺は確実にわかるのだ。魔導サイボーグ、いや、アンドロイドだから。
『そうですね。で、それが何か問題ですか?』
「いや、だって……」
『私が契約したのはあの甲野哲也ではありません。貴方です。今、私が住み着いている、この甲野哲也なのです。機械だろうが、作られただろうが、そこに
「でも――」
そんな簡単にいくわけがない。
俺は、俺が信じていたものがなにもかもなくなったのだ。どうして何かを信じられる。
アリシアは、最初から裏切っていた。
シーズナルの言葉だって、どこまで真実かわからないではないか。
『まったく失礼ですね、私をあのような塵と一緒にしないでください。例え世界が敵になろうとも。誰が何を言おうとも、このシーズナルは貴方の味方なのです。それは久遠に誓ったこと』
「…………」
『……はぁそうですか。では』
「無様だな」
声が降ってくる。
「え……なんで」
そこにいたのはブラッド所長だった。
五体満足。一切何も欠けたところはなくそこに立っていた。
相変わらずの白スーツで雨の中佇んでいる。
「あんた……」
生きていたのか。という驚きが大きい。いや、もしかしたら。
「あんたも、俺と同じなのか……?」
「いいや。どちらかといえば貴様のオリジナルと同じだ。魔導サイボーグとなった。貴様のおかげだな。貴様の技術がなければ成功していないだろう」
「そうかよ……」
「爆発の中、風が私を救った。だが、どうした。私に向かってきた覇気は失われたか」
「もう何したって意味がないだろ……俺はそもそも人間ですらないんだから」
「なんだそれは。貴様は何を言っている。人間ではない? 私はいったぞ、お前に未来を見ていると」
「だからそれは……」
「それは、お前がただ人の記憶を転写されたアンドロイドでありながら、魔法機関を使ったからだ」
「え……?」
「魔法機関は人にしか使えん。あれは人の輝きだ。人だけが持つ輝きだ。ゴーレムには当然使えないし、魔獣は刻印を持っている。わかるか?」
「…………いきなり言われてもわかるかよ」
「いいや、わかるはすだ。おまえは紛れもなく人間だ」
「…………」
「そもそもだ。なぜ悩む必要がある」
「なぜって……」
人間じゃなくて、コピーだから。
「それは悩む必要があることなのか」
「……え……」
「理解に苦しむが、貴様はもはや一人の人間であろう。何かを感じ、何かを愛し、何かを慈しみ、何かを助けようと動ける。それは紛れもなく人間の衝動であろう」
『いいこと言いますね、クソ野郎のくせに』
「私は事実を告げているだけだ。人間とはそういう生き物だ。私が憧れる、人間そのものだ。だから私は貴様に未来を見たといったのだ」
「未来……」
「人類の未来だ。例え何があろうとも、どのような形になろうとも存続する人類の未来を! 貴様はその最先端だ。それが何を蹲っている。なに膝をついている人類の代表! たかが、コピー元がやってきただけだろう」
「たかがって、あいつは俺のオリジナルで……」
「それがどうした。コピーはオリジナルに劣るのか? いや、アリシア・ビロード主任が向こうの奴隷の以上アップデートはされるから性能的には上になるかもしれないが」
「いや、どっちだよ」
「どうでもいい。コピーはオリジナルに劣るものなのか? 否だ。そんなわけなかろう。コピーはオリジナルと同じだ。まったく何も変わらないものだ」
「けど、負けて」
「それは貴様が腑抜けていただけだ」
『それはマスターが腑抜けていた塵屑なだけです』
シーズナルの罵声の方がはるかに辛辣!
「コピーとオリジナルの性能に差がないとしたらあるのは方向性の差。つまり気持ちの差だ。そこで負けなければ良いだけのことだろう。そもそもオリジナルもコピーもどうでもいい。問題はお前がどう生きたいかだ。自我があるのならば、意思もある。ならばどうすればいいかなど自明だろう」
「…………どうすればいいか……」
「あ、まだ生きてたんだ」
さらにもう一つ声がする。ボロボロになっているが郡川がいた。
全身傷だからけで、首輪が砕け散ってしまっていた。
だが、それに頓着した様子はない。薄い感情のままだ。
「おまえ……」
「どうやら私も切り捨てられたみたいで。まあ、良いんだけど。どうしてここにいるのかもわからなかったし」
「良いのかよそれで」
「良いんじゃないかな。世の中そんなものだし」
「軽いな……」
「軽くて良いんだよ。そもそも甲野君の方が考えすぎ重すぎだと思う」
「いや……というか、おまえ俺がコピーだって知ってたな?」
「あっちの甲野君の奴隷だったからねぇ。なんども歌わされて、魔獣を呼ばされて、町を滅ぼさせられたよ」
「だから、どうしろって?」
「うん、あっちの甲野君、ぼこぼこにしてくれないかな?」
「…………」
「行ってくれるよね?」
郡山は笑顔で言った。ここでうなずかないと破滅の歌を歌うぞ、と言っている。
いや、たぶんこれは。
「おまえ、俺に気を遣って理由をくれようと」
「ないない。なんで甲野君に気を遣うなんて、言っていいことと悪いことがあるよ」
「酷いな!」
「うん。やっぱり変わってない。私はそっちの方がいいかなぁ」
「良いのかよ、クラスメートを殺すんだぞ」
「? だって変わってない人がここにいるならそれでいいんじゃないかな? あっちはもうクラスメートじゃないでしょ。クラスメートに無理矢理殺人の手伝いとかありえないから」
「そ、そういうものなのか?」
『そういうものです』
「そういうものだよー。だって、課題のコピペなんてみんなやってるでしょ。それ、誰か気にする?」
「そういうものだろう」
三人から言われてしまった。
いや、二番目のは教師が気にするだろ。
「それじゃあ、ほら、プラナリア。あれ、縦に切っても再生して増えるじゃん」
「まあ、うん」
「増えたところで気にすると思う?」
「……気にしないんじゃないか?」
「そうだよね」
「…………」
「…………」
え、終わり?
俺がつづきは? という顔をしていたら郡川はあきれたように溜息を吐いていた。
「えぇ……」
『それにここで泣き寝入りしたらオリジナルの思うつぼですよ。ボコボコにされたのなら倍返ししなければ』
「いや、でも」
『良いんですか? 馬鹿にされたままで。屑呼ばわりされたままで。まさかそこまで腑抜けてだったと?』
確かにここで退いたらやつの思うつぼ。怒りがないわけではない。
『それに、私と出会い、アリシアとともに過ごしたこの辺境での一月は確かにあなたのあなただけの時間でしょう? 例えコピーだろうと、あなたが生きた時間は本物だった』
それだけは間違いのないもの。
「そして、奴はリーゲルを落としそのまま首都に向かうだろうな」
ブラッドは言った。奴の目的はこの国を滅ぼすことだと。いや、世界を滅ぼすことだと。
奴はもはや魔王になってしまっている。
「ああ、そうだな……」
リーゲルの人たちの顔が浮かぶ。
それは俺だけの、俺の記憶だ。
「……それは駄目だ。行かなきゃいけないよな。やつを倒すんだ」
「それでこそだ」
『やっといい顔をしましたね。しかし、こういうのって普通ヒロインの発破で立ち上がりますよね。なぜ、私ではなく昔の敵とぽっとでの女で立ち上がってるんでしょ』
「シーズナルがヒロインじゃないからじゃない?」
『失敬な。遺憾の意を表明します』
「だって、シーズナルは相棒だからね。二人で一人だろ?」
『――マスターのくせに生意気です』
「酷いな」
『そもそも同性能で負けてぼこぼこにされて、蹲る方が悪いのです』
「そりゃ蹲るだろ」
『いいえ、初めから私がついているのに、それがまるでないように何も信じられないなどくどくどと。まあ、すぐに立ち直ったので良しとしましょう。ギリギリ及第点です』
それでも吹っ切れたわけじゃない。
俺はまだどうすればいいのかもわからないし、俺が何なのかもわからない。
俺は甲野哲也だということを胸を張って言えるかもわからない。
「だけど、俺が過ごした日々は確かにあって。その日々が危険にさらされようとしているのなら。俺は取り戻しに行こうと思うんだ」
ほらよくあるだろ? クローンがオリジナルを殺して、オリジナルの人生を生きる奴が。
確かアイランドとかいう映画だったような。
まあ、どうでもいいさ。
俺は確かに甲野哲也だ。
たった一月だけどハンターとして活動した記憶がそういってる。
ずっと見ていたシーズナルが言っている。
だから、たぶん俺は甲野哲也なのだ。
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