第13話 邂逅する

 郡川恵。

 彼女について俺が知っていることはそれほど多くない。

 そもそも俺は話したことすらない。

 魔導サイボーグになって記憶が細部まで思い出せるようになって、その名前と文化祭で綺麗な歌を歌っていたことに気が付いたくらいの交流しかなかった。

 魔導サイボーグになっていなければ、思い出せてはいないだろう。

 それ以外については特に知らない。記憶に残っていない。

 大人しく目立たない少女だった。

 幼馴染みの熊谷が何やら気にかけていたらしいが詳しくは知らない。

 歌姫のいる街、サラマンダーが生息域を放れていたことを結び付け、異世界人がいる可能性を推測した。

 考えすぎだろうか。あるいは俺がそう考えたいから似た符号からクラスメートがいるかもしれない推測をしたのかもしれない。

 どちらにせよ、調べてみる価値はある。

「よう。いま良いか?」

「おん? なんでぇ? ヒック」

「歌姫って知ってるか?」

 ギルドに戻りアリシアが報告をしている間に、俺は酒場でくだ巻いてるハンターに話しかける。

 そいつらは良くここで飲んでるやつらでいつ仕事をしているのかわからない。

 だが、物知りな連中だ。日がな酒場にいるからかさまざまな噂を耳にするらしい。

 職員たちの痴情のもつれだとか。

 ハンター同士のあれやこれや。

 誰それが結婚しただ離婚しただ。

 毛皮の値段から今年の流行りの品目まで。

 常に酔っ払った赤鼻からは思いもしないような噂話が飛び出してくる。

 彼らは国の間諜なのだと言う者もいる。本当のところはわからないが事実はひとつ。

 このハンターギルドリーゲル支部では、彼らの話を酔っ払いの戯言だという者はいないということだ。

「お前さんも耳が早いねぇ街亡ぼしの歌姫の噂だろう? 知ってる知ってる」

「街亡ぼし?」

「ああそうさ」

 ぐびりと赤鼻は葡萄酒をあおりながら続ける。

「なんでも彼女が歌った街は亡びるんだとよ」

「大問題じゃないか?」

「なあに、辺境じゃ街が亡びるのなんざそう珍しくもない」

 くるくると煙草を回す赤鼻が酒飲む赤鼻から話を引き継いでそう言った。

 紫煙が歪な螺旋を描き消えていく。

「原因は魔獣だからな! いつものことよいつもの」

 さらに飯を食う赤鼻がそう締める。

「それで街亡ぼしの歌姫?」

「いんや、それも理由だが違う」

「その歌を聞けばもはや他の歌など聞けない! その歌を聞けるならば金も命すらもいらない!」

「それほどまでの歌声らしいのよ」

 ヒックとしゃくりあげながら酒飲み赤鼻がそう言う。

「魔獣ですら聞き惚れ奪わんと欲する。だから歌姫のあとには街が亡びる」

「魔獣が大挙してやってくるんだとさ」

「ますますヤバいやつじゃないか? その歌姫って」

「それでも彼女の歌を聞きたいってやつは多いのさ。何せ極楽が見れるって噂だ」

 くるりくるりと煙草を回し、紫煙を吐き出す煙草吸いの赤鼻は一度は聞いてみたいぜと漏らす。

 聞いた話はあまり良いものでもなかったが、そこまでの事態となれば異世界人が関わっていそうである。

 早速、報酬をもらって戻って来たアリシアと会議だ。

「――というわけなんだがどう思う?」

「異世界人の仕業ね」

「まさか断言されるとは思ってなかったぞ」

「……えぇ、だって明らかだもの」

「そうなのか」

「そうなのよ。とにかく西の街に哲也のクラスメートがいそうなわけね?」

「ああ、そうみたいだ。これから行ってみようと思う」

「あなたに従うわ」

「なら早速行くか」

 早々にサラマンダーを倒し素材を売り払った報酬を受け取り俺たちは再びリーゲルを出立した。

 忙しいことでと門番に笑われたが、こればかりは仕方ない。

 街道を進み、向かうは辺境西の街カリンゲル。リーゲルほどではないが、それなりに大きな街だという。

 荒野を進み夕暮れとともに見えて来るのは、リーゲルの街に負けない巨大な城壁だった。ところどころ苔むしてはいるが、その威容に陰りはみられない。

 むしろそれがこの都市を守り抜いた年月を物語るようで、非常に見ごたえがある。俺はこういうものが好きなのだ。

「あまりきょろきょろしてると、ぶつかるわよ」

「そこは魔導サイボーグだから、前も見えているから大丈夫」

「こういう時ばかり有効利用するわね」

「あるものは使わないと損だろ? まあ、時と場合によるんだけどさ」

 ただの喧嘩に魔導サイボーグの全力を使う奴はいないだろう。間違いなく相手は死ぬ。

 俺は殺人鬼ではないから、だれかれ構わず殺すなんてことはしたくないから使うべき時に使う。

 さて、無事にカリンゲルの中に入ると、リーゲルと同じく活気が迎えてくれる。

 違うのはすべてが辺境人だけということだろうか。駅がないから、よそから入ってくる人がいないのだろう。

 だからこちらはリーゲルとは雰囲気が異なっている。伝統的な旗や刺繍が垂れ幕のように街路にかかっている。

 歪に舗装された通りに軒を連ねるのは辺境特有の武具商店で、とにかく巨大だった。

 それからあるのは酒場。ギルド支部のないこの都市での依頼はすべて酒場が斡旋しているため、どこもかしこも大繁盛の様子だ。

「さて、歌姫のいる酒場ってのはどこだ?」

「そんな感じの歌聞こえない?」

「そうか、聞けば良かったな」

「有効活用するって言っておいて自分の機能忘れてるのよねぇ」

「仕方ないだろ、ただでさえ機能が多いんだから。特に、骨格内積層武装格納庫クノッヘンゲリュスト。あれおかしいだろ色々とどうやって入ってるんだよ」

「よくぞ聞いてくれたわね!」

「げ」

 売り言葉に買い言葉で思わず言ってしまった。

「いい?」

「いや、良くない」

「そういいわよね。まずね、骨格内積層武装格納庫は、それそのものが超圧縮構造になっているの。人間の内臓とかって小さいように見えてその面積はかなりのものでしょ? だから、それと同じで骨格という中に武装工場を折りたたんでいるのよ。で、必要な時にそれを形成して出すの。確かこういうの3Dプリンターとかいうのよね。確か、そんな感じの技術を異世界人が言っててそこから着想を得てね。だから、リアルタイムに必要な武装を取り出すことが出来てなおかつ新しい機能を必要な時につけるっていう全方位環境と状況に対応した――」

 超絶早口で何か言っている。

『文字起こし出来ますが?』

「いや、やらなくていいよ。こんなん聞いても覚えられるというか、役に立つ気がしない。とりあえず使えるなら問題ないし」

『そうですね。何より私が覚えているので問題はありません。マスターの機能の大半の制御は私が握っていますから』

「本当、この身体俺のだよね? 主導権は俺だよね?」

『何を知っているのですか、マスター。そんなの当然です』

 時々不穏なんだよ。

「――で、というわけなのよ!」

 ようやくアリシアの話も終わったようだ。

「良し行くか」

「ねえ、本当に理解した? 積層構造による超ねじれ理論による高出力炉心とか、その辺の――」

「よーし行くぞー」

「むぅ」

 不満そうである。ここにリズベットがいたならば即座に抱き着いてぺろぺろしに来るに違いない。

「はぁ、改造した俺にそんなにその話したいのか」

「……ぁ、ぅ、ごめんなさい……つい……」

 伝家の宝刀、相手の罪悪感を突く作戦。こういうの気にしすぎるアリシアには良く効く。

「良し、なら行くぞ」

「……うん……」

 黙ったけど今度は黙りすぎて逆に静かになってしまった。たまには話させてやることにしよう。

 誰か話が合うクラスメートがいたらそいつとでも良いし。

「とりあえず聞くぞ」

 耳をすませる。どこもかしこも酒場からは歌声が聞こえる。

 まずは男の歌声は除く。

 次に老齢な声も除く。

 俺の記憶から算出した郡川の声紋をこの中から検索する。

見つけたヒット。こっちだ」

 それが俺の脳髄に届いた瞬間、ガツンと殴られたような衝撃がおそった。

「こいつ、は……」

 これはうまいとかそういう次元ではない。まるで別格。この世の天上楽土が目の前に広がるようであった。

「見つけたの? 哲也……?」

「あ、ああ、大丈夫だ。行こう」

 歌声を頼りに進めば大盛況の酒場がある。繁華街、この町の中心街から遠く離れた城壁、城門の近くにある酒場だ。

 まるでキャンピングカーのような外観をしていて、動きそうである。

「移動酒場ね」

「移動する酒場ってか?」

「そうね。旅する酒場とか言われてる、旅芸人の一つね。酒を売りながら歌芸を披露しているんでしょ」

「なるほど、な」

 そんなことよりもこの歌声はヤバイ。

「入る? いえ、入るわよね。この歌、すごい……」

 脳を直接つかまれて揺らされているかのような感覚だ。気を張っていなければその場で気絶か、発狂しそうだ。

 脳が絶え間なく幸福物質を出しているのがわかる。幸福の末絶頂の如き快楽を直接耳から脳に注ぎ込んでいるとすら思える。

 このまま中に入っては、まずい。

「シーズナル、頼む」

『はい。ジャミングして中和します。マスターとアリシアは中でも正気を保っていられるでしょう』

「……なんなの、この歌。頭の中ぐちゃぐちゃになりそうなくらいすごい……」

「今、ちょっとジャミングした。まだ外だってのにこれはヤバイな。行けるか?」

「ええ、あなたのおかげで何とかなりそうよ」

「なら、行くぞ」

 何かあった時ようにアリシアの手を掴んで酒場へと一歩足を踏み入れる。

 そこは熱狂の坩堝だった。

 興奮が支配し、歌声に酔いしれる者共の巣窟。まさしくここは天上楽土。神々の歌を聴ける場所だった。

「う、この臭い、まさか」

『高濃度のアフェンを感知しました』

 ――なにそのアヘンみたいなやつ?

『記憶領域参照。――結論。アヘンと似たようなものという認識で問題ありません』

 どうあがいてもこれ広めたの異世界人だろ。

『正解です』

 人の脳を揺らす歌声に薬物。そんなものが合わされば確かにここはこの世の天国となり果てる。

 ――ちなみにだが、違法だよな?

『フォルモント王国では大っぴらに取り締まられてはいませんが、白聖教では禁忌とされています』

「こりゃまずそうだ」

 俺には効かないがアリシアにはそうはいかない。

「大丈夫か?」

「平気、よ、それより」

「ああ、もう見つけてる」

 熱狂の中心。ステージの上に俺達の探し人はいた。

 質素な白のドレスに身を包み、首に途切れた鎖が付いた首輪をつけた少女が歪な弦楽器を手に歌を唄っている。

「間違いない。郡川恵だ」

 記憶検索で顔認証をしたが完全にヒットだ。

 薄めの茶髪を緩くお下げにした少女の顔は記憶にあるままだ。

 スキャンしたところ全身のどこにも傷はない。

 紛れもなくあそこで歌っているのは俺のクラスメートで間違いない。

 無事でよかったというべきか。いや、この状況を無事と呼べるのかはわからないが。

「この熱狂をどうにかするのは無理だな。終わったところを見計らって会いに行こう」

「そう、ね」

 アリシアがヤバそうなので、外に出る。ようやく新鮮な空気を取り込むと気分がの良くなる。

「はぁ、ヤバい店だな」

「そう、ね。うぅ、まだくらくらするわ」

「座っとくか?」

「良い、泣き言言えないから」

「そうか」

 会話が途絶えて、アリシアの息遣いが響く。

「ん?」

 ふと街路の向こう側からこちらを見ているフードの男だろうか? の姿が見えた。

 目深にかぶったフードの中は暗くどこか不吉な予感すら感じさせる。

 瞬きの間にフードは人混みに消えた。

「なんだ?」

 ただそこにちらりと見えたものが頭を放れない。

 あのフードの中にあった顔。

 俺によく似ていた。いや、まるで俺そのもののような――。

『マスター。終わりましたよ』

「哲也、終わったみたいよ」

「あ、ああ」

 歌が止まっている。

 確かにあの澄んだ歌声は聞こえなくなっていた。

 なら行こう。あのフードの男は気になるが、今は郡川の方が優先だ。

 俺たちは酒場の裏手に回った。

 ちょうどタイミング良く郡川が出てくる。

「……あれ?」

「よう」

 郡川がこちらに気がついてたれ目のどこか眠たげを感じる瞳をしばたかせる。

 俺も声をかける。

「甲野くん?」

 さて何を話したものかと思っていたが、予想外に俺の名前が彼女の口から飛び出した。

「あれ俺の名前知ってるのか」

 クラスでは関わったことなかったはずだが。

「うん、知ってるよ。だって……」

「だって?」

「あー。うん、有名だからねぇ。あの熊谷さんといつも一緒にいる金魚の糞だって言われてたよ?」

「俺、そこまで言われてたの!?」

「熊谷さんがいるから正面からは言えないからねぇ」

「マジかよ……付きまとってくるのあっちなのに」

「本当に甲野君なんだね」

「なにその偽物の俺でもいるような口振り」

「異世界だしいてもおかしくないんじゃないかな」

「マジかよ!?」

「いないわよ!」

 妙に大きなアリシアの否定の言葉に思わず俺と郡川は黙る。

「あ、ごめん。まだくらくらしてるのかな」

「大丈夫かよ」

 スキャンしても状態は良好のはずだが、アリシアが言うのなら何かあるかもわからない。

「大丈夫よ。そっちの人が哲也のクラスメートよね。アリシアよ」

 そう心配するのだが、アリシアは大丈夫と言い張り郡川に名を告げる。

「うん、知ってる」

「知ってるのか?」

「この国の主席研究者様だからね、知ってるよ」

「お前そんな凄かったのか」

「昔の話だし、今止めてるし」

「あーなるほどー、今は甲野君の奴隷なんだーやらしいんだー」

 まったく感情を感じさせない声色でいう郡川に思わず唖然とする。

「良し待てなんでそうなるというか、お前そんなキャラなの?!」

「まあ、そりゃ異世界だもん。キャラも変わるよ。むしろ変わってない甲野君の方がおかしいと思います」

「いや、俺もかなり変わってるんだが……」

 魔導サイボーグになったりしてる。人も殺した。

 少しも変わってないなんていうことはないはずだ。

「ううん、変わってないよ」

 その言葉はまるで鋭利な刃物のようで。

 俺の脳裏にすっと反響するかのようであった。

「えと」

「ごめんね。ちょっといじわる。だってわたしがこんななのに、甲野君、すっごい楽しそうだもん。こんなかわいい子と一緒にいてさー」

「それは……ごめん……」

「ううん。きっと大変な目にあったというのはわかるので、わたしはこれ以上なにも言わないかな。ちょっとからかっただけだし。それで? 何しに来たの?」

「なにって、助けに来たんだよ」

「助け、助けかぁ。そっかぁ」

 まるで俺の言葉を嚙みしめるようにつぶやいて。

「ねえ、もしわたしが助けてって言ったら、助けてくれるんだよね」

「? いや、今助けるっていったよな」

「うん、言ったね」

「じゃあ、なぜ聞く?」

「うーんと、たぶんすぐにそんな状況じゃなくなるから?」

「――何をしている」

 まるで郡川の言葉が引き金となったように、俺たちへと声が振ってきた。

「うそだろ――」

 その声を俺は、知っていた――。

 降ってきた声に俺は思考が停止しそうになっていた。

 いや、止まらない方がおかしい。

 だって、網膜に表示された声紋から特定された声の主を俺は知っているから。

 嫌というほど知っている。

「まったく、時間を与えたというのになんだこのざまは」

 そいつはフードを被った男だった。

「おまえ、は、誰だ!」

「わかってるはずだろ」

 そいつはフードを外した。

 現れたのは、半分ほど機械化しただった――

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