第8話 決闘、受付嬢!

その滅茶苦茶かわいい子、私にくださいですようこそハンターギルドへ

 俺は一瞬、魔導サイボーグとしての聴覚機能がぶっ壊れたのかと思った。

 きっと俺は疲れているのだろう。

 それじゃないと初対面のギルド職員がまさかこんなこと言うはずないだろう。

 ――そうだ、絶対にそうに違いない。

 新生活の始まりだから、知らずに疲れがたまっていたのだろう。

 肉体的ではなく、精神的な疲れが。

『全身を精査しましたが、何一つ問題はありません。あまりに緊張しすぎて眠れなかったアリシアが整備していたので完璧な状態です』

 シーズナルのせいで現実逃避も出来ない。

 というか、アリシアは機能寝てないで整備していたのか。それはなんか記録にないが。

『当然ですね、完全にシャットダウンしていたので』

 なるほど。整備中は危険ということだな。

 覚えて置いた方が良いだろう、そんなに整備されるようなことはないと思うが。

『なにかあれば私が覚醒させますのでご安心を。アリシアがなにかしていたのなら、マスターに気がつかれないうちに誘拐されたとして髪の毛の一片たりとも残さず消滅させる予定でしたので問題はありません』

 ――だから時々、苛烈だな!

『つまり良いバランスということですね。それよりそろそろ現実に戻ってください。私と会話して現実逃避をしないように。この手の輩はどこにでもいるのですから』

 そうだ、まずは言われたことを精査して対処しなければ。

 目の前にいる銀髪の美人は燃えるような赤い瞳をずっとアリシアに向けている。

 それもよだれをたらして滅茶苦茶だらしない顔で。美人もこれでは台無しである。

 とりあえず変態であることは確実だ。

「え、ええと、どういうことだ?」

「いえ、だから。その可愛い子がめちゃくちゃ可愛いので、私にくださいと言ってるのです」

「もう建前すら消えたな!」

「本音をぶちまけて何が悪いのです! 私だって人間なのです」

「ここまで変態を正当化してきたやつはみたことねえよ!」

 というか変態とは初遭遇だよ!

「あなたには聞いてないのです。さっさとどっか行ってほしいのです」

「仕事しろよ!? 登録に来たんだぞ!?」

「仕事よりもだいじなことがあると今知ったのです」

「今は仕事以上に大事なことはないよ!?」

 くそ、らちが明かない。誰かほかにいないのか。

 そう周りを見渡すが、慣れているのか、全員、またか、って顔して朝の喧騒に戻っていった。

 目を合わせても目を背けられる。

 つまり助けはいない。

 他の職員たちは他の仕事に忙殺されている。

 つまり彼女以外にこの新人登録カウンターにはいないということだ。

 ――え、どうするのこれ、どうしようもなくない?

 などと俺が途方に暮れてている時に、ようやくアリシアが最初の衝撃から立ち直る。

「え、ええっと?」

「あ、声も可愛いのです。最高なのです。持ち帰ってその綺麗な瞳をぺろぺろしたいのです」

 駄目だこいつはやく何とかしないと。

「とにかく登録してくれ」

「チッなのです。はいはい、ここに必要事項を記入するのです」

 露骨に舌打ちしながら登録用紙を出してくる。

「アリシア、頼めるか」

「ええ。ずっと旅だったから練習できなかったものね」

 知識として文字の情報は入っているから読めはするのだが、実感としてまったく伴っていないために書くには至らない。

 書いたとしてもミミズがのたくったような字にしかならないから練習が必要だ。

 サイボーグが出てくるアニメでもきちんと訓練があったのはこういうことなのだろうなと思った。

 何事もやはり自分でやらなければならないということで近道はないということか。

「アリシアちゃん! アリシアというのですね。とっても可愛いのです。うちの子になるのです」

「お断りします」

「ガーン!?」

 さらさらと几帳面な字で二人分の登録用紙に記入していくアリシア。目の前でこの世の終わりのような顔をしている受付には見向きもしない。

「はい、書けたわ。速く登録して」

「あ、やっべ手すっべすべなのです。じゃ、確認をするのです。え、この年齢マジなのです」

 どうやら彼女はアリシアの年齢を見たようだ。実年齢を知ったらきっとやめてくれるだろう。

「やっべ合法ロリひゃっほいなのです」 

 変態は何をしても無駄だとわかった。

「あれ、住所が同じ」

「当然ね、一緒に住んでるもの」

「…………」

 おや、受付嬢の様子が……?

「決闘なのです!」

 びしーっと指を突き付けられた、俺が。

「決闘イベントが受付とかよ!?」

 いや、混乱しすぎて俺のツッコミも大概おかしくなってる。

「決闘か」

「決闘だってよ!」

「おい、よそ者が変態のねーちゃんと決闘だってよ! おい、誰かギルドマスター呼んで来い祭りだ!」

「もう来とるわ! 決闘、実にいいぞ! さあ、やってみせい!」

 しかも騒動が無駄にでかくなっている。

 ひげを伸ばした筋骨隆々の初老の男が呵々と大笑いして決闘を承認している。彼がギルドマスターのようだ。

「こんなかわいい子と一つ屋根の下とか万死に値するのです。疾く死ぬのです」

「いや、待て冷静になれ」

「ガッハッハ! 諦めろ兄ちゃん。こいつはこうなったらどうにもならん! それにだ、よそ者の力を見たいっていうやつはここにゃごまんといるんだよ」

 確かにウェブ小説だと良くある展開だが受付嬢と決闘というのは違うのでは? こういうのはもっとこう荒くれみたいなのが相手とか貴族の坊ちゃんが相手になったりとかでは?

「さあ、張った張った! 胴元はいつも通り私だ。このクライス・フォン・リーゲルベルンが取り仕切る!」

 貴族の坊ちゃんみたいな金髪が何やら賭けの胴元を始めていた。それで良いのか貴族。

「良し、俺は受付の変態に賭けるぜ」

「俺は新入りだ」

「ばっかここは変態に決まってんだろ」

「両方にかけておくのが賢いやり方」

「バイプッシュだ」

 今更、辞退するとか言えなくなってきた。言ったところで話を聞いてくれたとは思わないが、ホールの中はすっかり大盛り上がりだ。

「哲也、これどうなってんるわけ?」

「俺が聞きたい。おまえのことを欲しいって言ってる相手だぞ。なんとかしてくれよ」

「でも、私が哲也から離れるわけにはいかないし。まだ償いの途中だし」

「ヒュー! 熱いねぇ!」

「償いとか言ってたぞ、あの兄ちゃん顔に似合わずあくどいかもしれねえぞ」

「ロリに償いとか、これ死ぬべきなのです」

 アリシアの一言でさらに場はヒートアップ。

 あれよあれよという間にギルド裏手にあるフリースペースへと連れてこられてしまった。

 互いに木製の武器、相手が参ったという間で続く。

 殺すのはなし。けがをさせるのはあり。

「決闘の見届けはギルドマスターである俺、ゴルディーが承る! 両者、天上の偉大な神々に恥じぬ戦いをするように!」

「殺してやるのです」

「殺しダメって言われてるのに殺意がヤバイ」

「はっはっは! 安心しろ、不可抗力で死ぬことはあるが、それで神々から罰せられることはない!」

「それなんの保証にもなってないよね」

『ならば殺しても良いということですね』

 ――しまったこっちにもヤバイのがいたんだった。

『マスターは手ぬるいですからね。殺す気で向かってくるのならば殺すまで。当然です』

 ――殺さずに制圧した方がいいだろ。ここでやっていくにはさ。

『ですが、舐められっぱなしというのは我慢なりませんのでぼこぼこにしましょう。あの顔面、もう二度と人前に出られないようにすれば世界の為です』

 ――ねえ、本当に妖精王? マジで苛烈すぎるんですけど。

 風の妖精ならばもっと優雅で典雅だったりするのではないのだろうか。これでは嵐とか炎の気質みたいな気がする。

「商品の嬢ちゃんはこっちに座ってな」

 そんな俺たちをよそにアリシアは用意されたなにやら椅子にちょこんと座らせられている。

「私の意思は無視で進むのね、まあいいけど。どうせ勝つのは哲也だろうし。というか、この椅子ちょっと大きいんだけどもっと小さいのないの?」

「足届いてないカワイイ……オマエ、コロス」

 アリシアの言葉を聞いた受付嬢が血涙流してこちらを睨みつけてきている。

「はぁ」

 ため息を吐きたくなるが、これはこれで実はちょっと楽しみだった。今までの戦いは純粋に生き残るためだとか全然、アレだったが今回は気楽なものだ。

 相手は受付嬢。獣人とはいえどもそうそう大変なことには――。

『言い忘れていたのですが』

 このタイミングで出てくるシーズナルの言葉はきっとロクでもない。

『この辺境支部の受付嬢の条件は王都などのギルドの受付嬢の条件に一つ追加された項目があります』

 言わなくてもわかる気がした。

『強さです。辺境の土地、辺境人。彼らは強くなければ生き残れない。だからこそ弱いよそ者を嫌います。彼らの中でなじんでいるのならば彼女は相当な手練れ、ということです』

「では、これより新入りテツヤ・コウノと受付嬢リズベット・ノーランの決闘を開始する!!」

 どこから持ってきたのかドラが鳴らされ、戦いの火ぶたは切られた。

「ロリを一つ屋根の下、償い、コロス。根源接続:魔法機関――【死を想え黒の秘雨ミスティック・レイン】」

 莫大な魔力が渦巻き、この世界を改変する力が駆動する。

 魔法機関【死を想え黒の秘雨】がその超常の力を発動する。

 轟音が轟き、黒の雨が降りしきる。

「うお、なんだこりゃ」

「げぇ、そうだった傘もってねえ!」

「商品は濡らしちゃだめだからな。はい、傘」

「あ。ありがとう」

 良し、とりあえずアリシアが濡れてないならそれでいいとしよう。俺としても濡れても問題ない。

 問題は――

「一切なにも見えねえ」

 視覚。数メートル先も見えない。

 聴覚。徐々に強まる黒雨の音で役に立たなくなりつつある。

 触覚。雨と風でようとしれない。

 味覚。使えない。

 嗅覚。雨ですべて洗い流される。

 魔力。この雨自体が高濃度の魔力であるために感覚で探ることが出来ない。

 気配。かろうじて。

「やべえな」

 魔導サイボーグのセンサー類すらごまかすことが出来る雨というのは非常に厄介だ。

 そもそも魔法機関なのだからこれくらいは当然だ。そして、こうなっては俺の魔法機関は意味をなさない。

 雨に雨を重ね掛けしたところで雨が濃くなるだけだ。二人して相手を見失っては決闘どころではない。

「お前は完膚なきまでに殺してやるのです」

「殺したら駄目だろ」

「社会的にも、男としても殺せばいいだけなのです」

「ヤバすぎる。おまえが何をそこまで駆り立てるんだよ」

「ロリは至高、ぺろぺろしたいのです、顔とかお腹とか」

 わかりやすいけど、欲望にまみれすぎだろ。

「別に負けても良いんだが――個人的に負けたくないからな」

 木剣を構える。

『今回、私は見ているだけで良いのですか?』

「ああ、決闘だからな。俺が受けた決闘ならその方がいいだろ」

『難儀ですね』

「良いだろ。俺だって結構やれる――」

 咄嗟に身をひるがえす。

 一瞬まで俺のいた場所を刃が通り過ぎる。

 魔法機関の発動によりリズベットの両手には漆黒の短剣が顕現している。

 木剣を用意した意味がないが、魔法機関の使用を禁止してないため、こういうことも起きるということだ。

「勘が良いのです。良く躱したのです」

「まぐれだよ」

「それでも躱せたやつは久しぶりなのです。もう少し本気をだしても良さそうなのです」

 目の前にいたリズベットが雨の中に消える。

 晴れ渡る青空に降りしきる黒雨は彼女のテリトリーだ。

「これは気を引き締めないとな――」

 まだまだ世界にはこんなにも強い人間がいるのだ。

 どうやって勝つか、俺はそれを考える。

 熊谷やクラスメートを救うときに必要になるのだから。


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