第7話 ファンタジー世界にありがちなギルド登録

 家を出て向かうはハンターギルド。

 ハンター、狩人とは言うが町の雑用などもやる何でも屋稼業らしい。

 ファンタジー世界によくある冒険者ギルドのようなものとのこと。

 というのは俺の記憶を見て知っているシーズナルの言葉だ。

 そこへ登録し、お金を稼ぎつつクラスメートの情報を探す。少なくとも幼馴染の熊谷だけでも探してやりたい。

 あいつなら大丈夫と信じてはいるが、心配なものは心配だ。

 ギルドはこのフォルモント王国各地に支部を持つという国家と宗教の二つにより運営されている組織だ。

 そのため国中の情報が集まるらしいというわけで、登録へと向かっている。お金も稼げて一石二鳥だ。

 それにしても、異世界の朝方、澄んだ空気は冷たいが心地よい。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 通りすがりの人たちに挨拶をしつつ、不揃いな石畳を歩く。

 よそ者の俺たちを警戒しているのか、挨拶を返してはくれるもの、どこか観察されているようだ。

 それに素知らぬふりをしながら路地を歩き、表通りに抜ける。

 大通りにはほかにはない活気がある。

「さあ、今朝、捕ったばかりの新鮮な肉だ!」

「朝から飲むのはいけねえって? 辺境人がなにを今更、オシュワールの方の酒だ! 樽で買わねえで何が辺境人だ!」

 朝だというのに騒がしく店の呼び込みが声を張り上げている。

 俺としてはこの雰囲気は嫌いじゃない。むしろ好ましい部類だ。小説を読んでいて一番好きなのはこういう光景だからだ。

 街に活気がある、生活感を感じられる。そういう描写が好きだったから、ある意味、念願がかなったと言えるのかもしれない。

「昨日も見たが、活気があるなぁ」

「北方辺境でも一番大きな街だからね。駅もあるし、人はそこまでだけど物は来るから辺境の村々から結構立ち寄るのよ」

「なるほど」

 ただ、俺たちが通るとすっと俺たちを見てくる。よそ者として注目されているというのはなんだかむず痒いものがある。

 早くなじめれば良いと思う。こういう、高校に入学したての頃みたいなのはちょっと苦手だ。

 いや、ちょっとというかかなり苦手だ。俺はやっていけるのか心配になってきた。

『マスターならば大丈夫でしょう』

 ――シーズナル、ありがとう。

『出来ないならそれ以外取り柄のないマスターが完璧にアレということが判明するだけですので』

 ――俺の感動を返してくれる?

「しかし、みんな露出が多いな。外気温だいぶ低いのに」

 改めて市場を見渡せば皆、体のどこかを露出している。男なら半裸というのも多い。

 その上、体には刺青のようなものを入れているようだった。辺境の風習だろうか。

 シーズナルはこういう場合、本当に困ったことになるまで教えてくれない。

 いちいち、根源魔導書庫アカシックレコードに頼られては困るからという理由らしい。

 頼り過ぎては駄目な名前だし、せっかくの異世界、すぐに答えがわかっては確かに興ざめであるから、必要な時以外は使わないことにしている。

 そもそも情報が膨大すぎて、ネットみたいに複数のキーワードがないと知りたいことが正確にわからないのだ。

 熊谷の居場所をしろうとしても、そのおかげでわからないのである。熊谷という存在のことはわかっても今現在の居場所がわからない。

 それはまた別のレイヤーの話であり、それを検索するにはそれに関連したキーワードが必要だ。

 だから、地道にいかないといけないのである。

「辺境人は体が強いのよ。だからこれくらいの寒さは全然大丈夫らしいわ。本当、どうなってるのかしら。……細胞? それとも辺境特有の環境とか、精霊? あるいは魔獣の肉を食べているから何か特別な器官ができて、その進化で……」

「おーい、アリシアー?」

 アリシアは、ぶつぶつと考え事に没頭してしまった。

 彼女は時々こうなる。

 大抵、興味深いこととかに行きあたるとこうなる。わかっていることをとても深く深く考えられるらしい。

 ぺちぺちと頬を叩いてやれば、いずれ戻ってくる。

「はっ!? えと、ご、ごめんなさい」

「別に構わない。で、続きは?」

「えっと、露出が多いのはなんでかだったかしら」

「ああ、体が強いからだけなのか? あの刺青みたいなのは?」

「あれは刻印ミトラスというのよ。アレが露出している原因みたいなものね。あれは神様からの恩寵だそうなの。辺境人には生まれつきああいうのが備わっているらしくて、神様からの贈り物だから隠すのは罰当たりだから――」

「――露出すると。なるほど、で、何か出来るのか?」

 神様の恩寵というのなら何かしらありそうだった。それこそチートというかなんというかみたいなものが。

「正解よ。なんでも魔法機関のような力が使えるらしいわ。というか、魔法機関が辺境の刻印を基にしているともいわれているわ」

「なるほど」

 それならば確かに大きな力だろう。魔法機関の強さはブラッドのおかげで骨身にしみている。

 さて、少し賢くなったところで、俺たちはリーゲル中央駅前広場に辿り着く。

 ギルドや主要な施設がある大通りが放射状に広がる、この街の中心点だ。

 ギルドはその中でもひときわ大きな建物だった。

 石造りの堅牢な建物には、フォルモント王国の紋章とこの国の国教である白聖教の十字が刻まれている。

 それだけで神聖とか格式高さを感じるが、出入りしているのは半裸の辺境の男どもが大半のおかげで入るのに物おじしないで済みそうだった。

「あれだよな?」

「ええ、あれよ」

 アリシアに一応、あっているかだけ確認して開け放たれている扉をくぐり中に入る。

 建物の中は、市役所と酒場と、風呂屋と宿屋が合体したような印象を受けた。

 いつくもの柱、いくつもの階段。広々とした空間にはところせましとテーブルや椅子がざっくばらんに並べられている。

 朝早くというのに鎧などを身にまとったハンターたちがくだ巻いて。

 中には魔獣の死体をそのままそこで解体しているようなやつがいたり。

 獣人たちが壁で己の爪を研いでいる。壁にある傷は概ね彼らのものか。

 竜人たちは丸テーブルでゲームに興じている。カード、賽子、見たこともない石像を使ったチェスのような遊戯まで。

 大声小声。

 仕事の話、嫁の話、女の話や男の話、娼婦が二階に誘おうと耳元での囁く愛。

 男女関係なく、種族も関係なく。

 雑多、煩雑、それらひっくるめて陽気な活気で溢れている。

 対する調理場がここから覗けるがまるで戦場のよう。

 あふれ出すのは酒精、多種多様な料理の匂い。浴場に続く暖簾の奥からは、石鹸や湯気の香り。

 匂いも臭いもこの場には満ちている。

 小説などによくあるギルドそのもので正直、興奮する。

「おっしゃ、ケルネリンの依頼もらったぁ!」

「おいこら、そりゃこっちが先に取ろうとしてたやつだぞ」

「ばーか、早いもん勝ちに今ってんだろうが」

 依頼を張り出した依頼版ボードの前で言い争いをしているハンターたちがいる。

「だから、俺は言ったわけよ、君を愛してる、奪ってやるって……」

「一応聞いてやるが、それでどうなったんだ?」

「フッ、ぶん殴られた、イタイ……」

「だろうな、沿うと思ったわ。テメェ、人妻専門だもんな」

「フッ、人のものほど奪いたくなるものさ。なんてたって、俺は恋の狩人ハンター

 酒場の席で何やら大盛り上がりしているハンターたちもいた。

「はいはーい、ならぶにゃよー、にゃちきが受付してやるにゃー、その代わり筋肉さわらせろにゃー」

「こら、仕事を欲望でしない!」

「あぁ……結婚したい……でも、スマートなイケメンがいない……辺境、屈教すぎる、うぅ……筋肉はいやぁ」

 受付嬢たちが仕事を前に話していたりもする。

 本当に良い雰囲気だった。

 ギルドの雰囲気は、夢にまで見たファンタジーの冒険者ギルドそのもので、夢がかなった気分だ。

 クラスメートや熊谷がどこにいるのかもどういう状況かもわからないが、少しくらい楽しんでも良いだろう。

「ふふ、子供ね。子供か」

 そうつぶやいたのも聞こえなかったくらいだった。

 俺たちが足を踏み入れた途端、一斉に視線が向く。

 一瞬、うっ、となったが、これもまた洗礼。小説でよくあることだ。きわめて平常心を務めて俺は受付へと向かった――。


 ●


 ハンターギルドの受付であるリズベット・ノーランは、大いに項垂れていた。

 活気あふれるハンターギルド。リーゲルでも一番の活気があるのはここだろう。

 特に朝という時間は、夜に次いで一番騒がしい時間だ。

 金を稼ぐために多くのハンターが依頼を受けに来る。

 欲しいものがあるから魔獣を狩ってくれという依頼とか、労働力を求めて雑用の依頼を出しに来る依頼人たちもいる。

 夜から朝にかけて未だに酒場で騒いでいる連中もいるし、おおよそ静かな空間というにはほど遠く。

 しかし、リズベットとしてはそれも悪くないとは思っている。むしろ好ましいくらいだ。

 こういう喧噪は嫌いではない。そりゃ荒くれ揃いのハンターの中でも、特に荒くれている辺境支部のホールはそれはもう大賑わい。

 実に良いことだ。人がいないギルドなど滅びる寸前の街とかそういう重苦しい空気しかないのだから。

 だから、リズベットが項垂れている原因は、この雰囲気ではない。

 ぶっちゃけたことを言えば、恋愛についてである。

 そのことを話す前に、ギルドの受付といえばこのフォルモント王国では花形職の一つである。多種多様な知識、語学力、コミュニケーション能力が必要なエリートである。

 そのため非常にモテる。

 そうモテる。

 リズベットの同僚も。

「あ、結婚するから退職するねー」

 とさっさと寿退社キメたり。

「あ、恋人と別の街にいくことになったから」

 と引っ越ししたり。

 そう実にモテた。

 その中でなぜかリズベットだけが取り残されている。

「なぜなのです……」

 見た目。

 悪くない(自己評価)。

 鏡に映るのは綺麗な銀髪。ぴこんと頭頂にある狼耳は自慢の毛並みだ。

 肌の手入れは欠かしたことはないから、瑞々しくつるつるだ。

 受付として真贋を見抜く目は鍛えられている。討伐数とか、討伐したかを詐欺るハンターもフォルモント王国中央付近にはいたものだ。

 だから己の見た目は悪くないと自信をもって言えるのだが。

「どうしてなのです……」

 モテない。

 全然浮いた話が来ないのはどういうことか。

「ごめん、そういうのはちょっと……」

 昨日もフラれて今に至る。

 公私くらい切り替えられないとダメなのだが、ここまで脈無しだと落ち込みたくもなるというもの。

「いけない、仕事しないとなのです」

 ホールに新しい人が来たのだ。ラッシュ時を除き珍しいが、引っ越してきたというよそ者だろうか。

 黒髪の少年、いや、青年だろうか。東の方の部族らしい顔立ちのおかげで正確な年齢はわかりにくいが、それほど高くはないだろう。

 よそ者は大変だ。ここ辺境になじむのは並大抵の苦労ではない。リズベットがそうだったのだから。

 とりあえずしばらくは見ておくか、などと心のメモ欄に書き込んだとき。

 心臓を打ち抜かれた。

「――――」

 その視界の先にいたのは黒髪の男と一緒に入ってきた少女だった。

 癖の多い金髪を肩口で切りそろえていて、苦労してきたのか蒼い瞳は暗い色を宿しているが、それがまた良い。

 白衣を身にまとっているのがどこか背伸びを感じさせるのもGOODだ。

 成長していない薄い胸を必死に寄せているところがいじらしい。

 兄妹かな? でも髪の色とか違うし、どういう関係だろう。あ、でもそんなの関係ないか。

 などとつらつらと。

「やっべ、でらかわいいのです……」

 そうこの女、女の子、しかもロリにしか興味がないドが付く変態である。

 そらモテないというか恋人の一つも出来やしないだろう。

 妥協して昨日普通の女に告白して玉砕して、もうロリしかねえよとうなだれていたのである。

 どうやら男と一緒にギルドに登録に来たらしい。

「今日の新人担当は、エルメス君なのです。弱み握ってるから代わってもらうのです」

 そうとなれば早速、新人登録担当のカウンターへ向かうリズベット。

 純朴そうな職員エルメス君の背後から股間を握る。

「ぎゃああああ!? え、リズベット先輩!?」

「……新人登録担当、代わってくださいなのです。じゃないと潰すのです」

「え、ちょなんで、いや、まっていた、ぎゃ、ちょ、わ、かわ、代わりますからぁ!」

「……」

 脱兎のごとく逃げるエルメス君。本当に兎人なのだからまさしく脱兎そのものだ。

「さて」

 邪魔者はいなくなった。新人登録をするならばこのカウンターに来るしかない。

 その通りで男と少女は彼女の前にやってきた。

そのかわいい子、私にくださいなのですようこそハンターギルドへ

「は?」

「え……?」

 本音と建前が完全に逆であった。

 リズベット渾身の失敗。

 如実にギルドの空気がというか、この新人登録カウンターの空気が凍り付いた。

 だが、リズベットは優秀なギルド受付。ロリを手米にしようとしたからって辺境支部に回され、屈強な辺境のロリに涙を流しながらも仕事をこなしてきたエリートだ。

「こほん」

 咳払い一つ。

 表情一つ変えずにもう一度。

そのかわいい子、私にくださいなのですようこそハンターギルドへ

 やっぱりだめだった。


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