俺は高校生活を謳歌できるか

小鳥遊 奏

第1話 入学式

 バラ色の高校生活。それは誰もが憧れるものだと思う。部活と勉強に励み、バカをして友情を深めあい、ときには甘酸っぱい恋をする…。

 こういうところだろうか。しかしそうはいっても自分が思っているように学校生活を送れている人間はほんの一握りだろう。理由は簡単だ。自分からそういう高校生活を”創ろう”としていないのだ。自分からアクションを起こさなければ相手からのリアクションもあるはずがない。


 これは俺がバラ色の高校生活を送るために奔走する物語である。



 桜城(おうじょう)高校入学式当日。……寝坊した。

「電車が出るまであと8分!?」

 昔の漫画やアニメじゃないんだから初っ端から遅刻して叱られるのはごめんだ。なぜ俺が寝坊したか?その理由はただ一つ。今日を楽しみにしすぎて眠れなかったのだ。バラ色の高校生活を送っている自分の姿を想像していると寝られず、気づけば日が昇り小鳥たちが歌っていた。ちょうどそのタイミングでとんでもない睡魔に襲われ、俺は撃沈した。

 なに?修学旅行前の小学生じゃないんだから(笑)?

 うるせえ。何か大きなイベントの前日にワクワクするのは当たり前だ。イベントは前日から始まっているのだ。前日から楽しむべきだ。異論は認めない。

 そうだった。こんなしょうもないことに突っかかってる暇なんかない。母が用意してくれていた食パンを牛乳で胃に流し込みネクタイもゆるゆるのまま家を出た。自分の人生史上最高に足を動かす。あと4分で電車が出る。間に合わない。いや、ギリギリか。

「ふっはっは!いきなりからおもしろい展開にしてくれるじゃないか神様!」

 いや、自業自得だ。寝坊したのは俺だ。少し前に俺は、「イベントは前日から始まっている。前日から楽しむべきだ」といった。訂正する。イベントは当日楽しむべきだと。さもないと今の俺のようになってしまう。正直後悔した。しかし今はそんなことどうだっていい。足を動かすことが最優先事項だ。足がつりそうになる。しかしこぐ。メロスの気持ちが今だけよくわかる。俺は自転車をこがなければならないのだ。俺はたった今、メロスになった。

「新記録だ…」

3分。それが駅に着くまでにかかった時間だこれは前人未到の大記録だ。(参加者は俺一人)これまでに記録された最速タイムは4分30秒。それを1分30秒も縮めたのだ。我ながら素晴らしい。この記録は代々受け継ごう。

こんなこともあって電車には滑り込みで乗ることができた。危うく「俺の高校バラ色計画」が台無しになるところだった。そして、もうこのようなことがないように前日は無駄なことなど考えずに早く寝ようと深く心に誓った。

こうして高校生活初日はどうにかこうにか幕を開けた。



 桜城高校。田舎の中の田舎に建てられたその校舎はちょうど去年の改修工事で真新しくなっており、再来年には創設120周年になる伝統ある高校だということを感じさせるのは苔に覆われた職員棟と校門前にたたずむ樹齢700年近い楠だけとなっていた。近くには日本桜百選にも選ばれた公園があり入学式の日にも新しい門出を祝うかのように薄桃色の花びらを風に大きく揺らしていた。

 そのような美しい桜が見える体育館で入学式は教頭の挨拶から始まった。

「えー、皆さんご入学おめでとうございます。この桜城高校は再来年には創立120周年を迎えますがそのような伝統ある高校に入学された皆さんは…」

「あー、はいはい」

 いかにもって感じの挨拶。そんなつまらない話を聞いている暇なんて俺にはない。じゃあ何をするのかって?決まっているじゃないか美女探しだ。高校生活を充実させるのに必要不可欠な要因、それが美女だ。美女は存在しているだけで回りを幸せな気持ちにし、争いの真ん中に立てば争いはなくなり、ひとたび「がんばれ」と声をかければ相手はどんなこともやり遂げれると思える。このような不思議な力を美女は持っている。言わせてもらおう。美女は世界を救う。

「さあて、そんな不思議な力を持ってる子がいてほしいんだが…」

 ここで気を付けなければならないのは他校から来た女子はみんなかわいく見えてしまうということだ。自分と同じ中学校の女子はとくに何も感じないがなぜか他校の女子は可愛く見えてしまうのだ。なぜだろう誰でもいいからこの原因を調べて論文を発表してくれ。

 とにかく幾多の誘惑を潜り抜けないといけないのだ。

 「ん~、なんか違うんだよな」

 さっきから美人は何人でも見かけるがなにかちがう。かわいい。確かにかわいいのだ。しかしなにか違う。こう、「ドカン」とくるものがないのだ。(失礼極まりないクズ行為をしているのは言われなくてもわかってるよ)とりあえず後で各クラス回って探そう。いまここであまりきょろきょろしていたら叱られかねない。

 そう思い視線をステージに戻そうとしていたその時だった。

「ドカン…」

 それは明らかにまわりとは輝き方が違った。新しい高校生活への期待で皆輝いているのだが、それとはまた別の輝きがそこにはあった。黒くさらっとした髪に真っ白で透き通るような肌。潤いあるピンクの唇にきれいな二重にぱっちりとした目。その眼には曇りなき光がある。各パーツの配置は完ぺきで非の打ち所がない。まさに黄金比の塊。「絶世の美女」この言葉がこれほどしっくり当てはまる人はほかにいないだろう。

「このひとだ」

 俺の本能がそうはっきりといった。この人がいないと青春は始まらない。

 この後のことはよく覚えていない。入学式の間俺の頭は彼女に支配されていた。気づくと顔が浮かんでいる。いや、顔だけではない。雰囲気そのものが頭から離れない。それほど美しく可憐で見る人すべてを虜にする。そういう力を彼女は持っていた。

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