ハロウィンの奇跡
ロージィ
第1話
「トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート!」
10月31日――思い思いにオバケの扮装をした小さなこどもたちがハロウィン用の飾りつけをした家を訪ねては合言葉を叫んでいる。
「はいはい……あら! あらあらまぁまぁ……なんて可愛いオバケさん達だこと!」
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれないとイタズラするぞー!」
その呼びかけに応え、目元と口元にくしゃっと皺を作り嬉しそうに目を細め柔らかな笑みの老婦人が訪れたこども達を見回す。
「うふふ。待っててね、いまお菓子を渡すわね。ええと、いち、に、さん、し……五人分ね。はい、ハッピーハロウィン」
「わーい! ありがとう!」
口々にお礼を言い自分の好みのお菓子を受け取るこどもたち。優しい老婦人ににこやかに見送られ、次の家を目指す時、黒いマントを身につけ口元にキバをつけたこどもがある疑問を投げかける。
「なぁなぁ。なんでどこの家もお菓子五人分くれるのかな?」
その言葉に隣を歩いていた包帯をぐるぐる巻いたこどもも頷く。
「だよなぁ。ぼくも不思議だと思ってた。だってぼくたち、四人だよね?」
確認するように後ろをついて歩く、ネコ耳ともこもこの手袋をつけた女の子と真っ黒いドレスと先のとがった大きな帽子を被った女の子二人に振り返る。
「ちょっとやだ……怖いこと言わないでよぉ」
「そうよ! 最初っからわたしたち四人だけしかいないわよ。男子ってすぐ変なこと言うんだから!」
女の子達の猛抗議に、納得がいかないもののやはり四人しかいない事、手に持っているバスケットにはお菓子が四人分それぞれ入っている事。聞き間違いでもしたんだろうということに落ち着いた。
そのこども達の後ろをお菓子を抱えて走る影には誰ひとり気づかずに……。
「へっへっへ。大漁大漁っと」
人の気配のしない家の庭に入り込み、両手いっぱいに抱えたお菓子を地面に降ろし、満面の笑みを浮かべる少年。その姿は頭のてっぺんからつま先に至るまで真っ黒な衣に包まれていて、背中に背丈よりも大きな鎌を背負っている。
「どれどれ……チョコにビスケット、キャンディとカップケーキ……まーったくニンゲンのこどもってのは贅沢なものばっか食ってるよな」
家に帰れば温かい食事が用意されてるにもかかわらずだ、と手に入れたお菓子にかぶりつこうとしたその時、ガサッと物音が聞こえた。
「なんだ? 誰かいるのか?」
つったって、ニンゲンにオレサマの姿が見えるわけないのだが。
鎌を背負ったまま、やおら立ち上がる少年。音が聞こえてきた方へ進み、覗き込むとやせ細ったこどもが庭木に隠れるように座っていた。
「なんだ……こどもか」
気にすることはなかったな、と少年が踵を返した時だった。
「……おにい……ちゃん……だれ?」
「!? おまえ、オレサマが見えるのか?」
やせ細ったこどもの言葉に驚いた少年は、近くにある大きな窓に自分の姿が映るか確認する。が、窓にはなにも映らない。つまりニンゲンには見えるわけがない。見えないはずだ。実体化させていたのは、家々を巡り歩くこどもたちについてお菓子を貰う束の間だけ。
「そうか、おまえもうすぐ……いや、おまえ一人なのか?」
死ぬんだな、と続けようとして少年はやめた。少年の正体は死神である。ニンゲンが死神の姿を見る事が出来るのはその魂が終わりを迎える瞬間だけだ。
「うん……おうちのひとたちおでかけしちゃったみたい」
おてつだいしてたらしっぱいしちゃっておそとにだされたの、と話すやせ細ったこどもに、改めて目を向ける。腕も脚も細くアザだらけ。身につけているものは元は白かったのだろう、ぼろぼろの、かつてワンピースと呼ばれていたらしいもの。
「おにいちゃんから……あまいにおい、する……」
「ああ、さっきお菓子もらったんだよ。……食うか?」
そう言ったあとで馬鹿な事を言った、と後悔する少年。死にかけのニンゲンに食べさせたところで何が変わる? どうせ死ぬのは変わらないのに。
「……いい、の? かってにたべた、っておこらない?」
「怒らねぇよ」
「ほんとに? ……たべたあとでなぐらない?」
その問いかけは、このこどもが日頃どんな扱いを受けてきたかが容易に理解できる悲しい問いかけ。
「……そんなくだらないことするかよ。好きなもん食えよ」
「うん……あ、でも……おそとでたべたって、おかあさんがしったらまた『わるいこだ』っていわれない……かな……」
「…………お菓子食うだけだろ? 悪いわけ、ねぇじゃん」
少年の言葉に安心したこどもがちいさなキャンディをひとつ、ころんと口の中にいれて「あまくておいしい……」と嬉しそうに微笑んだ。
こんなぼろぼろの服しか着せず骨が浮き出るまでに食べものを与えられていないだろうに、それでも『いいこ』でいようとするのか。
ちくしょう。
ニンゲンはなんて身勝手なんだ。だから嫌いなんだ、ニンゲンなんか。ニンゲンの為になんかもう、これっぽっちも助けてやるもんか。
今までも何度もニンゲンの《最期の願い》とやらを聞いてきた。少年は元は立派な体格をした青年の姿だった。しかし世間知らずだった少年は、最期くらい、と何人もの願いを聞いてきた。死神は無慈悲に魂を回収するのみにも拘わらず。
そんな事を繰り返すうち、死神としての力を少しずつ削り取られ、体はどんどん小さくなった。そしてあとひとつの願いを聞くと死神としての少年は消滅してしまう。
「来ねぇな……おまえの魂の回収担当……って、まさか」
懐に手を伸ばしずっと白紙続きだった手帳のページを捲っていく。
隅の方にひとつだけ、死亡予定者が書き込まれてあるのを見つけた。
……つまりオレサマがこれからこのこどもに、おまえは死ぬんだと告げなきゃいけない、と。そういうことか……。それがオレサマが消滅を免れる条件、てことか。
少年が横に目をやると寒さに震えながらも貰ったキャンディを嬉しそうに舐め続けるこども。
「……言えるわけ、ねぇじゃん」
……なんだよ。なんなんだよ。試してんのか? いや、確実に試されてる。このオレサマを? こいつに死ぬことを告げて最期の願いを聞くことなくこいつの魂を回収出来ればいいって? みんなが当たり前にやってる事だ。
ああ、そうだよ。ニンゲンなんかだいっ嫌いだ。平気で裏切る奴らなんかどうなろうが知ったこっちゃねえよ。ちくしょう。ズルいニンゲンなんかの為にオレサマが消滅しなきゃいけねぇとかおかしいだろ? 勝手なことして勝手に死んでいく奴らの為になんでこのオレサマが! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!
「あぁ、おいしかった……おにいちゃん、ありがとう」
「あ、ああ……そ、それだけでいいのか? もっといろいろ食っていいんだぞ?」
だから。なんでオレサマはもうすぐ死んでいくこどもに菓子を食わせようとしてるんだ……。
こんな事をしたって意味がないのに……。
「ううん。もういいの。こんなにおいしくてあまいおかしがあるなんてしらなかっ……ふぁあ、なんだか……ねむく……なってきちゃっ……た」
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