第4話

 「くそッ! 何でオレがオークの顔を潰した経緯だとかモントーネの腹にパンチ入れた原因だとかをチマチマ書かなきゃならならねぇんだ!」

 騎士団本部近くの酒場『小さな世界』のテーブルでルガーは苛立っていた。

 (二行で済むんじゃない?)

 「……二行? たった二行でどう書く?」

 (まず一行目、オークが民間人を負傷させるのを制止するためオークの顔面を殴打しました。って書く。二行目は、モントーネ氏がリモナーダ氏の身体的特徴を侮辱するのを制止するため止むを得ずモントーネ氏ともみ合いになりました。でどう?)

 「それ……いいな。ちょっと待て! エート、なんだって? もう一回言ってくれ」

 ルガーはリモに何度も聞いては羽ペンを動かし、何とか報告書を書き上げた。

 「よしっ! これでいいか!」

 ルガーは満足気に呟いた。

 「お客様、店内でインクを使われるのは……ご遠慮いただけますか? 大分こぼしてらっしゃるようですし。それとメニューの方がお決まりでしたら伺いたいのですが……」

 口ひげを生やした男がルガーに声を掛けた。

 (僕はポテトとベーコンのサワークリーム添え。デザートはいつもの)

 リモはルガーにだけ聞こえるようにテレフォノで語り掛けた。

 リモは必要であれば誰とでも会話する。だがルガーと一緒にいる時は極力会話をルガーに任せようとしてくる癖があった。

 「うるせェな、リモ。それにマスター。ひいきにしてやってるだろ。細けぇことは言いっこ無しだ。それに丁度書類は書き終えた。ええと、注文だったな……オレはターメリックライスにビーフストロガノフ。あとこいつに……ポテトのサワー……”なんだっけ? ふかしいも”をくれ」

 リモがルガーの髪の毛を掴んで樫の木のテーブルに思いっきり打ちつけた。店内の客達が何事かと注目する。

 「もとい……ポテトとベーコンのサワークリーム添えとターキッシュ・デライト。あとワインを食事と一緒に持ってきてくれ」ルガーはリモのメニューの注文を言い直した。

 「はい。かしこまりました」マスターが笑いながら奥へ引っ込んだ。

 店内は元の喧噪に戻った。

 ルガーは報告書をポケットに押し込んでリモに顔を向けた。

 「頼むからそういうのはやめろ。いくらオレが頑丈でも、周りが引く」

 (僕は気にしないよ)リモは仏頂面で言った。

 ルガーはリモの顔をじっと見る。

 (何だい?)

 「お前はいつも笑わないなと思ってな」

 (笑わないことに決めたのさ)

 「何だそりゃ」

 二人の前に料理が運ばれてきた。二人とも食べるのが早かった。料理を全部たいらげるのにほんの数分しか掛からなかった。

 (財布の中身は何だった?)ワインを飲みながらリモが聞く。

 「金貨六枚。ソブリン金貨だ」

 (大金だね。出所が気になる。どう見てもガイシャは金持ちって風采じゃなかった。もっと気になるのはオークの事だけどね)

 「そうだ! 何でガイシャの頭を食っちまったんだ? 腹でも減ってたのか?」

 (普通、首を隠すのはガイシャの身元を隠すためだけど……オークが食べたとなると……動機がよく分からないね。それにあのオークが君と僕だけを攻撃してきたのも気になる)

 「オレ達だけを狙ってた? そうだったか?」

 (モントーネなんて見向きもされてなかった)

 「偶然じゃねェか? それに……一人坊さんが死んでるだろ? あいつの投げたベンチに当たって。可哀想によ」

 (僕は偶然より必然を信じるね)

 「何気取ってやがる。ただ……あんな事があり得るのか?」

 (あんな事?)

 「おまえが喉を掻っ切ったのに、オークがまた立ち上がって暴れ始めたことだよ」

 (あり得ない。僕は喉の動脈を切った。あれだけ血を吹き出して倒れたんだ。意識がある訳がない)

 「分かんねぇな。意識はねェけど、暴れまくるって」

 (それにはあのテレフォノが関係してるのかも……)

 「ああ、お前が聞いたっていう謎のテレフォノか。にしても分かんねぇことだらけだ!」

 (ルガー!! 時計見て! 朝会まであと五分だよ!)

 「マズい! オレのおごりだ。先に出てろ」

 リモはドアへ向かった。ルガーはマスターに硬貨を一枚放り投げてドアに向かった。

 「金貨! 本物ですか?」マスターが驚く。

 「当たりめぇだ! それでツケを清算だ」

 ルガーは颯爽とドアを開けて店の外へ出ようとする。

 「ツケには足りませんよ!」

 「ホントかよ?」ルガーはもう一枚金貨を投げた。

 「ありがとうございます!」

 マスターは満面の笑みで金貨をキャッチした。


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