鋼鉄のルガーと亜麻色のリモナーダ~空中庭園崩落事件~

@nightfly

第1話

 夜だった。

 「あんた達は最低のクズよ!! それでも人間なの?!」

 全裸の女が叫んだ。

 肩が上下している。女は息が切れていた。

 近くで丸太小屋が燃えており、炎が女を照らしている。

 腰まで届く金髪、鼻筋の通った美しい顔立ち。

 均整の取れた裸体に豊かな乳房が垂れている。その乳房には人の歯形が赤く浮かび上がっている。

 「ああ、人間だ! それに戦士だ! だから欲しい物は力ずくで頂く! そのために戦士になった!」

 女の目の前に立っている筋肉隆々の半裸の男が言った。

 男の顔には返り血と思われる飛沫が点々とあった。

 二人は湖の浅瀬で対峙していた。二人とも足元は水に浸かっている。

 男は手に持った大きな斧を振り上げながら言った。

 「悪いのは勿論オレ達だ! お前らじゃない! お前らに落ち度は全くない! どうだ、これでいいか! 納得したか?」

 男は斧を構えたまま女に駆け寄る。

 女は足下の水をすくうように宙に蹴り上げた。

 「アグア・ソルベッテ!」

 女がそう言うと、蹴り上げられた水は真っ白に固まった。まるで水面から伸びる白い柱のようだった。

 男はその柱に阻まれ止まらざるを得なかった。

 男は白い柱に顔を寄せる。柱の表面から冷気が漂っているのが分かった。

 「何だこりゃ?」

 女が再び水を蹴り上げる。

 「アグア・ソルベッテ!」

 今度は飛び散った水しぶきが空中で固まり男の方へ飛んでいく。

 ドスッ! ドスッ!

 男の両腕と両足に氷のナイフが深々と突き刺さった。

 「……畜生!! やりやがったな……」

  男の手足を貫通した氷のナイフの先から血が垂れた。その血が湖面に落ちるのとほぼ同時に男の手から斧もすべり落ちた。

 「覚悟なさい」

 女が身構える。

 「テラトロン」

 甲高い男の声がした。

 ヒュッ という音がして、拳大程の火の玉がいくつも飛んできた。

 火の玉は男に刺さった氷のナイフをかすめて湖の中へジュッ! と消えた。

 氷のナイフは一瞬で消え去り、後には水蒸気の煙が残った。

 「大丈夫ですか? 戦士さん。ねぇ僧侶さん、戦士さんを早く回復してやってくださいよ」

 黒いローブ姿でフードを頭から被った男と、似た姿だがローブが白色の男が二人、半裸の男に近寄ってきた。二人とも手に先の曲がった杖を持っている。

 「魔法使い! 僧侶! いてぇ! ホントにいてぇぞ! こいつとガキ二匹に逃げられた」

 「子供? 後で対応しましょう。今はこちらのご婦人に集中しましょう」黒いローブの男が言った。そして白いローブの男に向き直った。

 「僧侶さん! いつまでぼさっとしているのですか? 戦士さんを回復なさいと言ったでしょうに!」

 「は! は、はい!! た、た、ただいますぐに!」白いローブの男は、半裸の男に杖を向けた。

 「僧侶さん。戦士さん。そのままでよくお聞きなさい。こちらの美しいご婦人を侮るような愚かな真似をしてはいけませんよ。最後に非常に強力な魔法使いが残ってらっしゃいました」

 黒いローブの男は半裸の男の隣に並ぶよう湖に足を入れながら言った。

 「二秒。僧侶さんは戦士さんを回復させたらすぐに彼の真後ろに移動なさい。戦士さんは僧侶さんの回復呪文を受けながら、全速力で斧を拾って、よく狙って斧をご婦人に投げなさい。私はテラトロンを――」

 「アグア・ソルベッテ!!」

 女が水を蹴り上げる。大量の水しぶきが舞う。

 「フラゴラ・フレッサ!」白いローブの男がそう唱えると、半裸の男の傷穴がじゅくじゅくと音を立てて塞がっていく。半裸の男は四つん這いになって、手探りで水中をまさぐった。

 すぐに「イテェ!」と叫んで斧をつまみあげた。斧を掴んだ手の指は何本か切れかかっており、皮だけでどうにか繋がっている。

 女の放った氷のナイフの群れが男達を襲う。

 黒いローブの男と半裸の男の体に氷のナイフが次々と命中する。体中にナイフが林立していく。

 「くそったれぇ!!」

 半裸の男は斧を握って女に投げつけた。

 「かはっ!! テラトロン!」

 黒いローブの男の口の端に血の泡が浮かぶ。

 黒いローブの男の杖の先から火球が放たれた。火球は飛行中の斧に命中。木製の斧の持ち手は無くなり、炎を纏った刃だけが回転しながら女に向かって飛んでいく。

 「アグア・ソルベッテ!!」

 女は後方宙返りをしながら両足で水を掬いあげた。垂直に蹴り上げられた水は一瞬で氷の壁に変わった。

 炎の刃は氷の壁に穴を穿ち貫通。丁度着地した女の首の辺りを通り抜けていった。

 丸太小屋の木がパチパチとはぜる音が聞こえた。

 ――ボチャン! 女の首が湖面に落ちた。

 「僧……侶ぉ! 早く……回復……!」

 「は、は、はい! ト、ト、トクビル様!」

 「名前を……呼ぶ……な」

 「す、す、すみません! 魔法使い殿! す、す、すみませんです!」

 「フラゴラ・フレッサ!」

 「ふゅー。生きた心地がしませんでしたよ。戦士さんも回復してあげてください」

 白いローブの男は半裸の男に杖を向けて「フラゴラ・フレッサ!」と叫んだ。

 「結構です。早速ですが戦士さん、僧侶さん、二人で子供を追いなさい! 絶対に逃がしてはいけませんよ!」

 「は、は、はい! ト、ト、トクビル様!」

 「私の名前を呼ばないでください! 戦士さんもグズグズしてないでとっとと動きなさい!」

 「す、す、すみません!」

 白いローブの男は謝りながら湖を上がっていく。半裸の男がしぶしぶ後を追う。二人は夜の闇の中に消えていった。

 トクビルと呼ばれた黒いローブの男は湖の中を歩いた。湖に浮かんでいる女の首を拾い上げた。

 女の目は大きく見開いている。

 「紫の瞳?……珍しいですね」

 女の眼球が動いた。

 女の瞳に黒いローブの男の驚愕した顔が映る。

 「……アル……ケイン」女の首が言った。

 「しまっ」

 ドーーーーーン!!

 女の首が爆発した。

 黒いローブの男の体は炎に包まれた。。

 「ギャァァァァァーーーー!!」

 甲高い叫び声が湖面に反射して辺りに響いた。

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