36.愛と海と歌と想いと(1)-朝日side-
――相変わらず無茶をするのう……また、われが助けてやらねばならぬか……。
「フレ……イヤ……様……?」
かろうじて呟くと……「ああ」という夜斗の声が聞こえた。
そう……か……私……。
「あ……き……ら……」
暁がお腹にいたときを思い出す。
暁……今……どうしてる?
右手に……ユウの気配を感じる。
そうだ……私が……ユウを助けないと……。
皆が……私を助けてくれる。そして……私がユウを助ける。
そういう……こと……なのよね……?
* * *
『……誰も……独りでは……いられない……差し伸べられた……手を……』
日本語……の歌。可愛い……声……。
身体が……暖かくなる。
これは……私が……好きだった……歌……。
でも……どうして? 誰が……この、歌を……。
* * *
――アサヒさん。闇さえ恐れる私の力が、あなたの役に立ちますように……。
凛としたシルヴァーナ女王の声が聞こえる。
次の瞬間、とてつもない量のフェルティガが私の身体に注ぎ込まれた。
シルヴァーナ女王の……紫色のオーラを感じる。力が溢れる。
お腹の赤ちゃんが……女神の祝福に歓喜している。
「……っ……!」
私は目を見開いた。石造りの天井が目に飛び込む。
それをさっと遮るように、左側から何かが私の顔を覗き込んだ。
「朝日……!」
暁だった。
「あ……?」
「ちょ……エリンさん! 朝日、起きた!」
暁が慌てたように振り返り、姿を消した。
遠くからパタパタという足音が聞こえ、ふっくらとした中年の女性が私の顔を覗き込んだ。
「アサヒさま……」
「エリン……ここ……あれ……?」
私……ヤハトラに……いたんじゃ……。
どうして……エリン?
でも……嬉しい。
前も……暁のときも、エリンがずっと、傍についててくれた。
「……もう大丈夫ですよ。お腹の赤ちゃんたちも……ユウディエンさまも。アサヒさまさえ……目覚めて下されば……」
エリンが涙ぐむ。……ちょっとやつれている。
きっと……すごく大変だったんだ。
「うわ……シルヴァーナ女王のフェルティガ、さすがだよ……」
暁の声が聞こえる。
「暁……?」
「あ……うん」
暁がひょっこり顔を出した。その隣には……可愛らしい、小さな女の子。
「ねえ、エリンさん。朝日が起きるの、もう少し後じゃ……」
「多分、必要な量のフェルティガが得られたのではないかと思います。出産予定日もかなり早くなるかもしれませんね」
「え、それって大丈夫なの?」
「大変は、大変ですが……アサヒさまの意識が戻られたので大丈夫かと思います。双子ですから、生み出すフェルティガの量も二倍ということになりますので……」
「あ……そっか」
「……双子……?」
あまり話についていけない。どうにかそれだけ言うと、暁が私を見てニッと笑った。
「うん。フレイヤ様が教えてくれたよ。俺に、弟と妹ができるって」
「……」
「そうだ、早くシルヴァーナ女王に報告しないと。ミジェル、外。外に行こう」
「……」
小さな女の子はぺこんとお辞儀をすると、暁と一緒に部屋を出て行った。
「何が……いったい……」
「アサヒさま、もう少し休まれませんと……」
「もうかなり寝たもの……気になって眠れないわよ」
かなり意識がはっきりしてきた。
ユウが隣で眠っている……手に温かさを感じる。それはひとまず安心だけど……。
ヨハネはどうなったの? ここはヤハトラで……エリンはなぜここに?
ソータさんは……夜斗は……どうしてるのかな。
急にいろいろなことが頭を駆け巡る。
「わかりましたから……もう少しゆっくりと参りましょう」
エリンは溜息をついた。
「アサヒさまは急にお元気になるので、こちらも困ります。ついていけません」
* * *
「ねぇ……ユウ。どんな夢を……見てる……?」
私はユウの左手をしっかりと握ると、その寝顔に話しかけた。
私が目覚めて、2日後。
ユウはフェルティガの消費を抑えるため、ずっと治療師に眠らされていたそうだ。
ユウのフェルティガの喪失度合いは私が与えていた度合いよりも上回っていて……実はかなり、厳しいところだったらしい。
でも、私が目覚めたからもっときちんとユウに渡すことができる。
それならば、ユウを無理に眠らせる必要はなく……会話したり笑ったり、二人の時間をちゃんと過ごした方がいい。
そういうことになり、ユウにはもう術はかけられていなかった。だから……もうすぐ目覚めるはず。
これからは、私が……ううん、私だけじゃない、お腹のこの子たちと一緒に、ユウを助けて行かないと。
それでも……確実に、その時は迫っている、けど……。
「……っ……」
泣きそうになって……私は思わず俯き、首を横に振った。
「……また……泣いてる……?」
急に、ユウの声が聞こえた。
ハッとして顔を上げると……ユウがうっすらと目を開けて私を見ている。
「泣いてない」
「……嘘、ばっかり……」
ユウが左手にぎゅっと力を込める。
「気分はどう?」
「何か……穏やか。朝日……身体、平気?」
「うん、順調だって。二人とも、ちゃんと育ってる」
「……?」
「双子、なんだって。男の子と女の子」
「……!」
ユウは目を見開くと……じっと私を見つめた。
「……どうしたの?」
様子が変なので聞いてみると、ユウはゆっくりと目を閉じた。
「……レイヤヴェルンティール……フォナ、メイナディスクァール……アンテラーリュン……メル……」
「……へ?」
ユウが何て言ったのかまったくわからない。パラリュス語じゃ……ないよね。
「……何? 何て言ったの?」
「フィラの……古代の言葉。『一対の神の使者が降り立ち、地上に安寧の世界を』……っていう意味」
「……」
「あの……アメリヤ様に渡した……古文書の一節。音が好きで……そこだけ憶えてたんだ。意味は……後から聞いたけど……」
ユウはそう言うと……ちょっと幸せそうに笑った。
「……二人が……そうなったらいいな、と思う……。俺は……」
そう言うと、ユウは不意に口をつぐんだ。
二人の成長を見れないけど、という言葉を呑み込んだのが――わかった。
「……ねぇ、ユウ。ユウが名前をつけてよ。……フィラの名前」
「え……」
ユウが不思議そうな顔で私を見た。
「フィラの……?」
「私はフィラで育てるつもりだから」
「……」
「暁はね、ミュービュリで育てた訳だけど……やっぱり、いろいろ……大変でね」
「……」
「勿論、そのときはそれがベストな選択だった訳だけど……今も、自分の居場所を探している。でも……フィラの三家のことも、やっぱり気にしているの」
「……」
「この子たちは、フィラで育てる。フィラで……夜斗や理央と一緒に、三家の後継者として……」
「どうして……?」
ユウはなかなか納得できないようだった。
私は目覚めたあとネイア様や暁に聞いた……私達が眠っている間に起こったことをゆっくりと説明した。
暁が……身分を明かしてフィラに
「フィラはね……やっぱり、女神テスラとヒコヤの血筋を必要としているのよ。何かあったとき中心になるのは三家なのよね」
「……」
私は近くに置いておいたユウの本を手に取ると、ユウに差し出した。
「暁がね、ちゃんとできたよって、嬉しそうだった。弟と妹ができたら、俺が教えてやるんだって」
ところどころ……暁の血がこびりついている。
ヨハネに襲われたとき、どんな気持ちだったんだろう。
想像するだけで、胸が苦しくなる。
でも……ユウが遺すであろうこの本を励みにして、暁はちゃんと、前を向こうとしている。
「ねぇ……この子達に、名前をつけてあげて」
暁にこの本を遺すように……この子達に名前を遺してあげて。
到底、口には出せない……だけど、切なる願いだった。
ユウはいなくなってしまう――それはもう避けられないことなのだと、私は肌で感じていた。
ユウは本を受け取り、ちょっと考え込むと
「……男の子は……レイヤヴェルン。女の子は……メイナディール……かな」
と呟いた。
「……さっきの一節? ……なるほど……」
「なるほど?」
私のリアクションに疑問を感じたらしく、ユウが首を傾げる。
「前から思ってたんだけど……長いよね。フィラの三家の名前って……」
私が言うとユウがぷっと吹き出した。
「朝日……初めて会ったとき、俺の名前、全く言えなかったもんね。俺の本名、ちゃんと覚えてる?」
「失礼ね、覚えてるわよ。ユウディエンでしょ? ユウディエン=フィラ=ファルヴィケン」
「でも、朝日は愛称でしか呼ばないもんね。いいんじゃない? レイヤ、メイナで」
「……うん」
私はぎゅっとユウに抱きついた。
「ありがとう。素敵な名前をつけてくれて」
「……それを最初に言わないと駄目だよね」
「ごめん……」
私達は顔を見合わせるとぷっと吹き出した。二人で笑い合う。
ねぇ、レイヤ、メイナ……。
私達はあなた達を……こんなにも待ち望んでいるよ。
早く会いたい……ユウに見せてあげたい。
そして、こんな風に笑いあえる日が……少しでも長く、続きますように。
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