34.美の女神は何を語るか(1)-ソータside-
ミリヤ女王の謁見を終えた、次の日。
俺は夜斗と一緒にサンに乗って、テスラの見回りをしていた。
「そうだ。ソータさんが寝ている間に、暁の話を聞いたんだが」
「暁の?」
「ああ」
夜斗は頷くと、シルヴァーナ女王を通じてシャロットから聞いたという暁の身に起こった話をしてくれた。
ヨハネとの会話、ミュービュリでずっと耐えていたこと、シャロットが気づいて二人で浄化したということ……。
「すぐにミュービュリに帰してしまったからな……。浄化者に診せればもっと早くわかったのかな。暁の様子が変だったことはわかってたのに……」
そう言うと、夜斗はひどく辛そうな顔をした。
「暁自身が浄化者だから、まさか闇に汚染されてるとは思わないだろ。自分を責めるなよ」
「……」
「それにフェルティガを視れるシャロットだから気づいたんであって、普通の浄化者には何も視えなかったんじゃないか?」
「……まあ、そうなんだが……」
「……」
励ましてはみたものの、あまり慰めにならないことは分かっていた。
暁としては、一刻も早くパラリュスから逃げたかったのだろう。抉られた傷を誰にも見せまいと……闇に堕ちまいと。
直感的に、そう判断した。自分を守るために。そんな暁だから浸食を抑えられたとも言える。
パラリュスに居続けると、忘れられないぶん心を揺さぶられ、浸食を防ぐのは難しかったかもしれない。
色々な意味でミュービュリの方が安全……それは間違ってはいなかったが、そのせいで二週間近くも、暁を孤独な中で闘わせる羽目になった。
夜斗としては、悔やんでも悔やみきれないだろう。
俺だってそうだ。ミリヤ女王の言う通り、本当に寝てる場合じゃなかった。
「暁とは話をしたのか?」
「少しだけ」
「少し……」
「万が一ヨハネがどこかに潜り込んでいる場合に、暁が無事だと分かったら何をされるか分からないからな。暁に関する情報は、エルトラ王宮では一切伏せている。その関係上、俺も隙間時間にちょっと言葉を交わすぐらいしかできなかった」
その点、シルヴァーナ女王の紫の結界に護られているウルスラとの通信は万が一にも漏洩の心配はないのだ、と言い、夜斗は溜息をついた。
早くこの状態を打破したい。だけど焦っては駄目だ。もう一度、ちゃんと考えてみよう。
俺は今まで、女神ウルスラに話を聞いて早くテスラの闇をどうにかするのが一番だと思ってた。
でも……本当は、ヨハネの方を先にどうにかした方がいいのかもしれない。
「なあ、夜斗。ちょっと起こった出来事を整理してみないか?」
「整理?」
「テスラの闇を封印することばかりに気を取られていたけど……ヨハネのことをちゃんと考えた方がいい気がするんだ。ヨハネを捕まえて闇を回収し、テスラの闇と一緒に封印する。……本当はこっちの方が正しい気がする」
「……そうだな」
俺や朝日がジャスラに旅立ってから数日後、ヨハネは飛龍と共に消息を絶った。
ヨハネは浄化者を手にかけて、すぐにキエラ要塞に向かったはず。
それはもちろん、力を取り戻すためだ。実際、キエラ要塞の闇は減っていた。
……しかし、ヨハネの身体ではあまり力を受け止められなかった、ということだよな。
そこから一度、ヨハネはテスラを離れた。
浄化者が戻らなかったことで闇を警戒した夜斗は、フィラの浄化者に協力を頼み、見張っていたらしい。だけど何の気配も感じなかったという話だし……。
それに、もしヨハネがテスラに残っていたのなら、暁の
つまり、あの時点までは確かにいなかったのだろう。
そして何らかの目的――多分、操る人間を募るために戻って来て、フィラに入れないことに気づいた。
暁の存在に気づいたヨハネは、暁を殺すために自分に
あの瞬間、エルトラにいた浄化者が闇の気配をわずかながら察知している。結果として、間に合わなかった訳だが……。
暁に浄化されかかったヨハネは、暁を殺すことを諦め、逃げて行った。
そのあと……ヨハネは再び、行方をくらましている。
今もこうして見回してはいるが、全く気配は感じられない。
じゃあ、奴はいったいどこにいる? どこかにアジトみたいなものがあるのか?
そこまで夜斗と話したところで、俺はモーゼが言っていた『神の領域』の話を思い出した。
そこから妙な波動を感じたという話……。
ひょっとして……それがヨハネに関係あるんじゃないだろうか。
「神の領域……」
「ああ。一度行ってみた方がいいように思うんだ。多分、ヴォダなら場所を知っているはずだ」
「俺とソータさん達で?」
「いや、どこにあるかもわからない。日数がかかるかもしれないから、俺と夜斗が同時にテスラを留守にするのはまずいだろう」
「……確かに」
夜斗は頷くと、サンをエルトラ王宮へ向かわせた。
「……女王に聞いてみよう」
「そうだな」
* * *
女神ウルスラの話を聞きに行くか、神の領域を探しに行くか。
女王の結論は――神の領域だった。
ヨハネさえ捕まえられれば、この厳戒態勢も解除できる。
俺と同じように考えたらしい。
そして……俺と水那はヴォダに乗り、テスラを旅立った。
ヴォダで5日……恐らく飛龍なら、2日ぐらいかかる場所だった。
* * *
“ソータ……ここ”
「ここって……」
“目の前。……ヴォダはこれ以上、進めない”
「――えっ!」
俺は自分の目を疑った。
目の前は……特に何もない。だだっ広い海がずっと広がっているだけ。
何の障害もなく、前に進めるはずなのに。
「水那は何か見えるか?」
「全然……何も……」
水那も首を横に振った。
「ヴォダにはどう見えてるんだ?」
“モヤモヤ、ザワザワ”
「……?」
“ここから先は、なんにも見えないの”
「……」
神の、領域……。
ヒトよりも高次元過ぎて、俺達には何も感じられない、ということか。
「妙な波動とやらは感じるのか?」
“何か、ぼわーんって”
「……俺にはわからないな……」
何か普通と違う気もするが、気のせいで済ませてしまいそうな程度だ。
「……水那は……」
水那の方を見ると、水那は残念そうに首を横に振った。
「逆に言えば、俺達が気配を辿れないということを利用して、ヨハネはどこかに隠れてるのかもしれないな。……ひょっとしたら、どこかから俺達の様子を見ているかも」
ヨハネは
そしてそれは、俺と水那では見破れない。夜斗じゃないと……。
「でも……ヨハネは神の領域に入れるの?」
「……だな……」
ここで調査をするとしたら、夜斗の協力が必要だ。
でも……今は、それはできない。
テスラからここまで、5日もかかった。往復で10日……飛龍でも4日……。
リスクが高すぎる。ヨハネを捕まえられる保証もないし……。
「仕方ない……戻ろう。場所だけは記録して……」
俺は地図を広げた。今現在のパラリュスの地図だ。
各国を渡ったことで判明した、遠く離れた後のテスラとジャスラ、ウルスラが描かれている。
テスラの南西の方向に、ジャスラ。南東の方向にウルスラがある。
以前ネイアに見せてもらった太古のパラリュスの地図と比較すると、この三角形の位置関係は変わらない。
文字通り、女神テスラは二つの国をテスラから遠ざけた、ということだろう。
今いるこの場所は、テスラの南南西をずっと向かった先にある。
だから、ジャスラから来るのが一番近いな。
「ヴォダ……神の領域は、かなり大きいのか?」
“んー……ポッコリ、まんまる、って、あるの”
「この辺り一角だけってことか……。この場所はここでいいんだよな」
俺はヴォダに持っていた地図を見せ、印をつけた場所を指差した。
ヴォダはぷるぷるっと身体を震わせた。
“ヴォダ、よく、わかんない”
さすがに地図は読めないか。
でも、俺が旅した感覚だとこれで間違いないはずなんだが……。
「……飛龍なら……」
「ん?」
水那が口を開いた。
「飛龍なら上から見ることができるから、もっとわかるんじゃないかしら……」
「そうだな。でも……」
飛龍に関しては、ヨハネの方が上だ。サンがヨハネに操られてしまったら、もう手も足も出ない。
サンが他の飛龍を上回っているのは、飛ぶ速さが異常に速いこと。何日間も飛び続けられること。
だから夜斗が治療師を連れてジャスラに行ったとき、万が一ヨハネに遭遇しても振り切れるよう、最高速度で移動した。
こんな敵の本拠地かもしれない所でウロウロ観察するのは、危険すぎる。
「……ちょっと厳しいな」
「そうね……」
「とりあえず、テスラに帰ろう。報告しないと」
俺が言うと、水那は黙って頷いた。
* * *
「……なるほど……のう」
5日かけてテスラに戻り、俺は女王に報告した。
「本当は俺と夜斗も含めた調査団をつくり、サンで向かう、というのが一番いいと思う。だが……テスラからあの場所までは、サンでも片道2日はかかる。調査して往復するとなると、1週間……。そんなに長い間テスラを空にするのは、マズいだろう」
「……」
女王は扇をパチリと打ち鳴らすと、眉間に皺を寄せた。
「……これ以上深追いする訳にはいかぬ、ということじゃの」
「ああ」
「……仕方あるまい」
日数をかけた割に成果が得られず、ミリヤ女王は苛立ちを隠せない様子だった。
「ただ、気をつければいいことはこれでだいたいわかったし……もとの予定通り、女神ウルスラに会いに行くことにする」
俺が言うと、女王は溜息をついた。
「そうじゃの。もう、2月……。女神の話から、何か突破口が見出せるかもしれぬしの」
「……なるべく早く帰ってくる」
「そうしてくれ」
俺と水那は会釈すると、大広間を後にした。
* * *
そして……テスラを出て3日後。
ヴォダに乗った俺たちは、ウルスラの北の海岸に着いた。すでに、迎えの馬車が来ている。
「……お待ち致しておりました」
王宮の神官が深くお辞儀をした。
「よろしく頼む。……あ、こっちが……」
「伴侶のミズナ様ですね。……伺っております」
神官の案内で、馬車に乗る。ゆっくりと走り始めた。
「……真っ白……」
水那が窓の外の雪景色を見ながら、ポツリと呟いた。
「ここって……フルールだったっけ?」
「そうです。みな、農耕で生計を立てております」
「そっか……今は冬だから、畑を休めている時期なんだな」
「左様で……」
そうは言っても、ところどころ人がいる。真っ白の雪の中から何かを掘り出している。
「あれは?」
「雪の中で熟成させる農作物もありますので……」
「へえ……」
それからかなり時間が経って……急に空気が暖かくなった。さっきまでの冬の気配が、一気に遠ざかる。
辺りには色とりどりの花が咲いていた。ふんわりと花の香りが漂っている。
「綺麗……」
水那がうっとりとしながら言った。
「ウルスラ王宮のエリアに入ったな。ここは、常春なんだよ」
「とこ、はる……」
シャロットが言ってたっけな。ウルスラはずっと変わらない……変わらないことが美しいとされているって。
それを少しずつ変えようとしている訳だけどな、あの姫様たちは。
そしてしばらく花の中を馬車が進み……やがて、ウルスラ王宮についた。
神官の案内で王宮の奥へと進む。
昔だと、この辺でシャロットやコレットが「いらっしゃーい」とか言って飛び出してきたりしたんだがな。
さすがに年頃になると、そんな真似はしないか……。
変なことに感心しながら進んでいると、目の前に大きな扉が現れた。
「……ソータ様とミズナ様をお連れしました」
「……」
中から、ゆっくりと扉が開く。隣の水那が、驚いたように目を見開いた。
「まあ……」
正面には……玉座にシルヴァーナ女王が座っていた。その隣の椅子には、コレットが腰かけている。シャロットはシルヴァーナ女王の脇に立っていた。
そして少し離れた所には、老齢のジェコブという神官長が控えている。
……後は、誰もいなかった。
「どうした?」
「凄い……オーラ、なの。この空間は……すべて、女王に……支配、されている」
「ふうん……」
フェルティガエでない俺にはよくわからんがな。
「よ、久し振り」
「ご無沙汰いたしております。……でも、シャロットのおかげでお姿は拝見しておりましたので、あまり久し振りという感じはしませんが」
シルヴァーナ女王がにっこり微笑んだ。そして水那の方を見ると、ゆっくりと会釈をした。
女王のオーラに圧倒されていた水那も、慌てて会釈をした。
「シャロット……変なとこは見てないだろうな?」
大人しく口をつぐんでいたシャロットに声をかけると、シャロットはちょっと赤くなってプイッと横に顔を向けた。
「失礼しちゃう。ヤトゥーイさんから連絡来たときしか、見てないもん」
「……」
深い意味はなかったんだが、ずいぶんと反応が敏感になったな。
以前なら「変なとこって?」と聞き返してキョトンとしていたところだ。
……ちょっとは大人になったのかな。
「それで……どうしましょう? お疲れでなければ、今すぐにでも……」
「それは構わんが、ここでか?」
「いえ」
シルヴァーナ女王はすっくと立ち上がった。
「念のため、この王宮の奥深くにある予言の間で行います」
「……わかった」
女王の言葉に、ジェコブが深く会釈をした。
そして大広間の一角に歩み、両手を掲げる。
すると、何もなかった壁に突然、巨大な扉が現れた。
ジェコブの身長の5倍の高さはある、黒塗りのやけに重そうな扉だ。華やかな大広間の装飾に不釣り合いなその扉の脇で、ジェコブが再び会釈をした。
「……私も見たいなー……」
コレットがボソッと呟いた。
「そうだね。本当は私も見たい。でも、ここはシルヴァーナ様だけの方が……」
「うん……」
シルヴァーナ女王の後について黒塗りの扉へと向かう。
シャロットとコレットが少し残念そうにしながら、俺達を見送ってくれた。
美の女神ウルスラ――太古の昔、ヒコヤを想い、やがて狂って闇に堕ちた女神。
彼女は――何を抱え込んでいるのだろうか。
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