15.守ること、守られること(1)-ソータside-
「……ん?」
トーマが帰った、次の日。
どうやら俺は、居眠りをしていたらしい。
ガクンとなって椅子から転がり落ちそうになり慌てて目を開けると、水那がベッドの上で何やらモゾモゾ動いていた。
「あ……足、動くのか?」
飛び起きてすぐさま水那の傍に駆け寄る。
「少し……」
「あんまり、無理するなよ」
水那の肩を抱き、手を取る。
動くとはいっても、本当にゆっくりだし……ただ動かせるだけだ。
歩くのなんて、まだまだ先のような気がする。
どうにかベッドに腰掛ける体勢になったところで、俺は
「まだ立つなよ」
と言って水那の隣に腰かけた。
「多分、自分の身体を支えられずに転んでしまう。焦らなくていいから、ゆっくりやっていこう。だから、勝手に動こうとするなよ」
「……」
水那は黙ったままじっと俺を見上げる。
しばらくして、
「そういうところ……変わらない」
と呟いて俯き、クスクス笑いだした。
「ん? 何がだ?」
「えっと……過保護?」
「ばっ……セッカみたいなこと言うな!」
思わず言うと、水那はますます堪え切れない様子で笑っていた。
「……ったく……」
ちょっと恥ずかしくなってそっぽを向くと、水那はちょっと溜息をついた。
「あの頃は……」
「ん?」
「……旅をしていた頃。颯太くんは保護者ぶりたいのかな、と思って……ちょっと嫌だったの」
「お前……意外に毒を吐くな……」
少しおののくと、水那は申し訳なさそうに笑った。
「ふふっ……ごめんなさい。あ……ちょっと、意味は違うわね」
「ん?」
「何だか……庇護の対象としか見られてない……一人の人間としてはちゃんと見てくれていない気がして……それが、嫌だったの」
「……」
それは当たらずとも遠からず、だった。
一人の女として見る訳にはいかなかった。……旅を続けて行くためには。
これは守るべき対象で、好きな女だと思ってはいけない。
そう、我慢し続けていた気がする。
「でも……今も変わらないってことは……ただ、大切にしてくれていたのよね」
「……おう……」
そうだな。……それは、そうだよ。
だけどそう真っ直ぐ言われると、どう返したらいいかわからん。
思わず口ごもると、水那は黙ったまま、俺にもたれかかってきた。
水那の体温を感じる。
「……」
やべぇ……ちょっと、泣きそうだ。
ずっと、水那を取り戻すために旅をしてきた。
いざ現実になったものの……何だかバタバタしていて、なかなか実感が沸かなかった。
俺は今、初めて――水那が帰ってきたことの幸せを噛みしめているのかも……。
そのとき、コンコンという扉をノックする音が聞こえてきた。
「……ソータ様、ミズナ様」
「あ……何だ?」
危ねぇ、危ねぇ……うっかり涙を流すところだった。
俺は立ち上がると、歩いて扉の前まで行った。
「ネイア様がお話があるとのことなのですが……」
「ああ……神殿に行けばいいのか?」
「いえ、もういらっしゃっています」
「えっ!?」
じゃあずっとそこに立たせたままだったのか。
焦って扉を開けると、神官が恭しく頭を下げた。その後ろには、ネイアがすっと背筋を伸ばして立っている。
「おお、ミズナ。もうそこまで起き上がれるようになったのだな」
特に気分を害した様子もなく中に入ってきたネイアは、ベッドに腰掛けている水那を見て、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「……はい」
「ずっと閉じ籠ってて、悪かったな。俺が抱えれば連れていけるから、これからは俺が足を運ぶよ。わざわざ部屋まで来させて、すまない」
「……そうか」
ネイアはベッドの傍までくると、近くの椅子に腰かけた。俺は水那の隣に座る。
「……アサヒがようやく部屋から出てきた」
「朝日が?」
「うむ。……ユウディエンも落ち着いたようだ」
「ようだ、ってことは……まだ会ってないんだな」
「部屋で休んでいるらしいからな」
そう言うと、ネイアは溜息をついた。
「……まさか……」
「ん?」
「いや……まぁ、それはよい」
ネイアは咳払いをすると、俺と水那を見比べた。
「アサヒには、飛龍でセッカを迎えに行ってもらった」
「セッカ?」
水那の表情が明るくなる。
「ミズナが目覚めたことを知らせたら、とても会いたがっていた。ミズナからは動けぬゆえ、ヤハトラに呼ぼうと思っていたのだが……こちらも手が離せなくての」
「それで、朝日に行ってもらったのか」
「そうだ。アキラとシャロットも一緒に向かったようだから、少し向こうで遊んでくるのだろう。だが、夜になる前にはこちらに来るはずだ。会ってもらえぬか?」
「勿、論……です」
水那は嬉しそうに言った。
パラリュス語を喋るときは相変わらずたどたどしいが、それでも本当に嬉しいと思っていることはちゃんと伝わってきた。
「セッカ……変わり、ない?」
「三児の母で、おばちゃんになってるけどな。まぁ、元気で世話好きなのは相変わらずだよ」
「ソータ……セッカに殴られるぞ」
「……」
「まあ、それはさておき……もう一つ、大事な話があるのだが」
「何だ?」
「女神ジャスラの話は、憶えておるか?」
「……はい」
水那はこくりと頷いた。
「身体は……動かせません、でしたが……聞こえて、いました」
「女神ウルスラに会え、という話だよな」
「そうだ。ただ……その
俺は腰に差していた神剣を手に取った。両手で握り、じっと眺める。
今、この神剣には……女神ウルスラと、ウルスラとテスラで捕らえた闇の分身が封じ込められている。
この闇をどうにかしなければ、女神ウルスラは現れない……。
「それについてどうするか、考えてみたか? 浄化を……」
「この闇に関しては、浄化は無理だな」
俺が言うと、ネイアはちょっと溜息をついた。
「やはり……そうか」
「ジャスラの闇と違って、意思を持った核があるんだ。だから……力を削ぐことはできても、核までは消し去れないだろう」
「では、どうするのだ?」
「テスラに行くしかないと思う」
俺が答えると、ネイアと水那がギョッとしたように俺の顔を見た。
「テスラ……?」
「珠の宣詞で神剣から闇を引きずり出し、テスラのキエラ要塞に閉じ込める。結果としてキエラ要塞の闇は増えることになるが、今は仕方がない。後でまとめて封印するしかないだろう」
「そんなことが……。しかし、珠の宣詞はウルスラの闇に効くのか?」
「ああ、それは確かだ」
あのとき……コレットに珠の宣詞を使ったとき、コレットから闇を引きずり出すことには成功した。
ただ……胸の中の勾玉の欠片に収めることはできなかったが。
今にして思うと、勾玉の中にいた女神ジャスラが拒絶したのかもしれないな。
ジャスラの闇とは違う……異質のものだったから。
「俺と水那……あとキエラ要塞に入ることになるから、そのフォローをしてくれる奴さえいれば、どうにかなると思う。ただどっちにしても、もう少し後だろうな」
今の季節、キエラ要塞は雪に埋もれている。
近付くには飛龍が必要だし……やっぱり、ユウか夜斗の手を借りないと駄目だろうな。
だけどユウは具合が悪いみたいだし、夜斗だろうか。
朝日がテスラに連絡を取っているだろうから、会ったら聞いてみよう。
いや、でも、水那が歩けるようになるのを待った方がいいだろうか?
「ふうむ……なるほど。では浄化者は、勾玉の浄化を終えたらしばらく用事はないということだな」
「そうだな。後は、最後の最後……テスラの闇を封じる時だろう」
「わかった。浄化者にはそのように伝えておこう」
そう言うと、ネイアはすっくと立ち上がった。
「ああ……よろしく頼む」
俺の言葉にネイアは少し微笑むと、ふと顔を上げた。
窓の外を見て――そして俺と水那を見比べる。
「……ソータ。今日は天気もいい。ミズナもそれだけ起き上がれるようになったのだから、外に連れていってやったらどうだ?」
「ああ……うん」
「大事だからといって閉じ込めていては、良くなるものもならないぞ? 過保護も大概にしろ」
「……ネイアまでそれを言うのかよ」
思わず愚痴ると、ネイアと水那が顔を見合わせてプッと吹き出した。
「……本人に言われているようではどうしようもないの」
「うるさいな……」
ネイアは「くっくっくっ」と小さく笑いながら部屋を出て行った。
ったく……二人して俺をからかいやがって。
でも、そうは言っても……こうして笑っていられるという現実に、ホッとする。肩の力が、すっと抜ける。
あれほど頑なに笑顔を見せなかった水那の笑顔を見ていられるのは……本当に幸せなことだ、と思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます