13.それは救いになるのか(1)-朝日side-
ふと……目が覚める。
隣から、ユウの安らかな寝息が聞こえてきた。
そっと覗くと……顔色は、かなりよくなっていた。
サンでの長距離の移動は、どうしてもフェルティガを使ってしまうのかもしれない。飛龍はフェルティガに馴染む性質があるから……。
だから、テスラからウルスラ、ウルスラからジャスラと連続で来て、疲れてしまったのかも。
水那さんを助けるために、私やシャロット、トーマくんにはちゃんと休んでなさいって言ってたけど……ユウ自身は、殆ど寝てなかったのかもしれない。
まったく、無茶するんだから……。
あれから……眠って身体を休め、目覚めたらユウにフェルを渡し、疲れてはまた眠って、をずっと繰り返していた。
途中から何が現実で何が夢なのかわからなくなってしまったけど……いったい何日ぐらい経ったんだろう。
私はそっとベッドを抜け出ると、服を着て部屋の外に出た。
とりまいていた何かが、急激に私の中に吸い込まれる。
意識してはいなかったけど……そうか、ジュジュがこの部屋を遮断してくれていたからか。
「……あ……」
術が消えたのを察したらしいジュジュが、奥の扉から姿を現した。
「もう、部屋から出てもよろしいのですか?」
「……ええ……」
ユウも、しばらくは大丈夫だろう。
今はぐっすり眠れているみたいだし……。
「ただ……まだ眠っているの。しばらくはそっとしてあげて」
「わかりました」
「あの……あれからどれぐらい経ったのかな? 私、ちょっと記憶が曖昧で……」
「――1週間になります」
「えっ!」
思わず大声をあげてしまい、私は慌てて自分の口を塞いだ。
そんな長い間、全部放り出したままだったんだ。
水那さんはどうなったんだろう。
暁やシャロットは? もうとっくに目覚めているに違いない。
「……大丈夫です。ユウディエン様の看病で付きっきりになっている、と申し上げておきました」
そう言うと、ジュジュはこちらへ、と言った。
「とりあえず一度、ネイア様にお会いしていただければ……」
「あ……うん」
別の部屋に控えていた神官に先触れをお願いする。
その神官が足早に去っていくのを確認して、私はジュジュと並んで歩き始めた。
「ソータさんは?」
「ミズナ様に付きっきりです。ですからアサヒ様と同じく、ここ1週間はお部屋から出てきていらっしゃいません」
「そうなんだ……」
「ミズナ様はもうお目覚めになっていますが、まだ身体の自由がきかない状態なのです」
「そっか……。じゃあ、トーマくんは?」
「昨日、帰られました」
1週間……そうか、今日はもう1月6日だ。先生だから、生徒より早く学校が始まるのかもね。
でも水那さんとはお話できたんだよね、きっと。よかった……。
……そう言えば、暁はどうしてるんだろう?
* * *
「――よく休めたか?」
神殿に入ると、ネイア様が私に向かってにっこりと微笑んだ。
「はい。ありがとうございました。どうにか……」
「アキラがアサヒにしかできない治療だからしばらくそっとしておいてくれ、と言っておったのでな」
「はい。本当にすみません。すべて放りっぱなしで……」
「いや……ソータもミズナの部屋に籠りっぱなしだからな。まだ、これからのことなど何も具体的な話はしておらんし、気にする必要はあるまい」
「……はい……でも……すみません」
「謝るなというに。それより、テスラに報告はせんでよいのか?」
「……あ!」
私は思わず声を上げた。
そうだ……ヤハトラには連絡が繋がらないから、落ち着いたら私から夜斗に連絡しないといけないんだった。
「そうですね。一度、外に出ないといけません」
「じゃあ、そのついでに頼まれてはくれぬか?」
ネイア様が机の上に広げられている書類を見回し、溜息をついた。
「わらわはどうしても手が離せなくての」
「何でしょう?」
「セッカがミズナに会いたがっておる。ミズナはまだ起き上がれぬが、話はできる。だからセッカをこちらに呼ぼうと思うのだが……」
「セッカさん……確か、ソータさんの旅の案内人をされた方ですよね?」
「そうじゃ。暁とシャロットが一度セッカの家に行ったと聞いているが」
「あ……」
そうだ。確か5年前、かな?
そういえば、私自身はセッカさんに挨拶も何もしていない。結構お世話になったみたいなのに……。
「じゃあ、私がセッカさんを迎えに行きます。サンに乗って。暁がお世話になったお礼も言いたいですし」
「すまぬの。闇が消えたことで、今ヤハトラはこれからのことなどを会議しておるところでの。各国のジャスラの涙の調査に向かわせたりとバタバタしておる。身動きができない状況なのだ」
「わかりました」
私が頷くと、ネイア様はホッとしたように微笑んだ。
そしてそばにいた神官に私が外に出ることを伝え、いろいろな手筈を整えてくれた。
お礼を言って神殿から出ると、ちょうど暁がいた。
私が起きたことを聞いて、心配して待っていたのだろう。
「ユウは、どう?」
「とりあえず落ち着いたわ。しばらくは大丈夫よ」
「そっか。……朝日、何か元気がないね」
「ずっとユウにフェルをあげてたからかな……」
そう答えると、暁は
「あ、そうだ」
と急に声を上げた。
「何?」
「あの……これなんだけど」
そう言うと、暁は手にしていたフェルポッドの蓋を開けた。その途端、かなり強烈な衝撃波が私に襲いかかる。
「……っく……!」
私の想像以上に、身体はフェルティガを欲していたようだ。フェルポッドから放たれたフェルティガは、とてつもない速さで私の中に吸い込まれた。
だけど、まだ足りない。まだまだもっと頂戴、と身体の奥が叫んでいるような気がする。
「はー……何、いきなり。かなりの力なんだけど」
「ミジェルのフェルティガ。かなりって、どれぐらい?」
「んー、そうね……。人なら、20メートルぐらいは軽く吹き飛ばされるわね。ただフェルをぶつけただけの邪気のない真っ直ぐな攻撃だから、
「いや、闘う訳じゃないからそこまで詳しい解説は要らないけど。そっか……じゃあ、俺は間違ってなかったな」
「……暁はこの1週間、何してたの?」
納得したように頷いている暁に聞く。
すると暁は、これまでのことを簡単に説明してくれた。
勾玉を完全に浄化するために休んでいたが……その間に、レジェルの妹のミジェルと親しくなったらしい。
いま私に食らわせた『声のフェルティガ』をもつ少女で、ジャスラでは対応がわからず、ずっと閉じ籠っていたそうだ。
シャロットとレジェルの四人で修業をしたり、海に出かけたり……まぁとにかく、それなりに楽しく過ごしていたらしい。
「あ……アキラ、アサヒさん」
角からシャロットが現れた。
私達の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「……もうお話は終わった?」
「うん」
ユウのことを聞きたかったから、暁はシャロットにちょっと待っててもらったんだろうな、と思った。
「で……朝日はこれからどうするの? ミジェルに会う?」
「会いたいけど、まずはテスラに報告をしないと」
私が言うと、暁が「あ、忘れてた」と声を上げた。
「俺が代わりにしておけばよかったね」
「まぁ、それはいいわよ。夜斗も落ち着いたらって言ってたし……。それにネイア様に用事を頼まれたから、サンで出かけてくるね。ミジェルにはその後で……」
「サン? 何で?」
「セッカさんの家に行くの」
「えっ!」
「マジで!?」
二人が同時に大声を上げた。心なしか、目がキラキラしている。
「な……何?」
「俺も行きたい!」
「私もー!」
「……まぁ、セッカさんをヤハトラに連れてくるだけだから、一緒に来ても構わないけど……」
「やったー!」
「でも、ミジェルは……」
「あ、私が伝えとく」
「じゃ、朝日、準備してくるからヤハトラの入り口で待ち合わせな」
そう言うと、二人はダダダッと走って行ってしまった。
その後ろ姿を眺めながら、私は思わず首を捻った。
……何で急にテンションが上がったんだろう……?
* * *
三人でヤハトラを出る。
口笛を吹いてサンを呼び、乗り込んだ。白い空に向かって飛び立つ。
デーフィはヤハトラから徒歩でも行ける距離らしいので、多分すぐに着くだろう。
「何でそんなにセッカさん家に行きたがるの?」
不思議に思って聞くと、シャロットが
「セッカさん家はね……すごくご飯が美味しいんです」
と拳を握りながら力説した。
「……そんなに?」
「もう5年前だけどね。忘れられないよね」
暁もうんうん頷く。
「……そんなに美味しかったの?」
「もう、すごーく」
「何だろ……食べたことない感じ?」
二人が興奮気味にまくしたてる。
「……って、またご馳走になる気なの?」
「え、だって、行ってすぐセッカさんを連れてくる訳じゃないよね? 普通、どうぞお茶でも、とかそんな流れになるよね?」
「それはミュービュリの社交辞令で……」
「まあまあ……あ、あのお家ですよ」
シャロットが見下ろして一軒の家を指差した。
広い牧場に囲まれた、周りよりひときわ大きい家。
デーフィの領主の家ってことだから……それも当然か。
私達三人はその家の前に降り立った。
「サンはしばらく遊んでてね」と言うと、サンは「キュウ」と鳴いたあと、飛び立った。
……だけど珍しく、途中で何度もこちらの方を振り返っていた。
そんなサンを見送ると、私は大きな扉をちょっと強めにノックした。……反応がない。
庭の方から、何か賑やかな声が聞こえてくる。ノックなんて聞こえてないかも、と思って、私は思い切って扉を開けた。
「あのー、ごめんくださーい!」
「はーい! ……ちょっとミッカ、チャイの味見しといて!」
「わかったー」
どうやらかなりの人が集まっているようで、妙に騒がしい。
ホームパーティでもしてるのかな……。随分、盛り上がっているみたい。
「……ちょうどご飯時じゃない?」
「これはラッキー……」
二人が小声で囁くので、私は「意地汚いわよ」と言って二人を軽く睨んだ。
「はーい……あら?」
赤い髪を高い位置でポニーテールにした、浅黒い肌の快活そうな女の人が出てきた。多分、私より一回りは年上だと思うけど……背が高くてすらっとした、カッコいい女の人。
「セッカさん、お久し振りですー」
「ご飯食べに来ましたー」
「違うでしょ!」
私は暁を叱るとセッカさんに向き直った。
「朝日と申します。暁の母です。ネイア様にことづかって……」
「えーっ! 母親!? 見えない!」
セッカさんが驚いて目を見開く。
そして私の隣の暁とシャロットを見ると
「あ、久し振りだね! アキラとシャロットだよね!」
と言って嬉しそうに笑った。
「はい」
「こんにちはー」
「随分大きくなったんだねー。また来てくれて嬉しいよ。今ね、ちょうどゴータの結婚のお祝いで盛り上がってたのよ。上がって、上がって!」
「やった、ご馳走だ!」
「こら!」
「えっと、アサヒだっけ? ほら、あんたも!」
「あのー……私はネイア様に頼まれて……」
「ネイア様……あ、そっか、ミズナか!」
そう叫ぶと、セッカさんはうーんと腕組みをしてしまった。
「でも……結婚のお祝い中なんでしょう?」
「それが終わってからでいいんじゃない?」
どうしてもご馳走を食べたいらしい二人が促す。
でも確かに、そんな大事なパーティの最中にセッカさんだけ連れ出す訳にもいかないよね。
「そうね。あの……全然、待ちますから、お邪魔してもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ! ソータから話には聞いてたよ。会えて嬉しい!」
「私も嬉しいです。だいぶん前ですが、暁がお世話になりました」
「いいってそんなこと! それにしても若いなー。いくつ?」
「31です」
「見えない! 何でそんな若いの?」
「えー……そう言われても……」
凄く元気な明るい人だな。
似たようなことは何回も言われてるけど、これだけ嫌味のない人は珍しいかも。
何となく……暁とシャロットが一度来たきりのこの家に来たがっていた理由が、わかる気がした。
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