5.朝日の心配(2)

「あ、お帰りなさい、朝日。ちょうどよかったわ」


 ジャスラからミュービュリの自分の家に戻ると、ママがリビングで何やらそわそわしていた。


「どうしたの?」

「暁のね、中学の制服ができてさっき届いたの。今ね、着替えてもらってるのよ」

「へぇ……」


 ママはカメラを片手に嬉しそうに微笑んでいる。

 暁は地元の公立の小学校からそのまま公立の中学校に上がることになった。

 ママは私立の――私も中学まで通っていた、英凛学園に編入してほしかったみたいだけどね。


 でも、暁はミュービュリの世界に馴染むのにとても苦労したので、また一から人間関係を築く気にはとてもなれなかったらしい。

 暁は同級生の女子にはとても冷淡なんだけど、男子には何人か友達はいた。

 その子たちも暁の女嫌い(正確には違うんだけど、そう思われているそうだ)は理解しているので、とても助かるんだそうだ。


「ばめちゃーん、着替えたよー」


 階段を下りる音が聞こえ、扉を開けて暁がリビングに入ってきた。


「あ、朝日」

「暁! 似合うわね!」


 ママが興奮気味に拍手する。学ラン姿の暁は急に大人びて見えて、少しびっくりした。


「写真、写真を撮るわよ!」

「四月から毎日着るのに、何で……」

「記念よ!」

「しょうがないなあ……」


 暁がママのリクエストに応えてポーズを取る。ママは嬉しそうにはしゃいで何枚も写真を撮っていた。


「暁、よく似合ってる。でも……サイズ、大きくない?」


 よく見ると、袖が手の甲まで届いている。下ろしたてってのもあるかもしれないけど、まだ何だか着られている感じ。


「今からまだ背が伸びるから、大きめに作るんだってさ」

「え……まだ伸びるの……」


 暁はとっくに私の身長を越えて、もう170センチ近かった。

 思わずぎょっとした声を出すと、暁は溜息をついて

「普通の親は、子の成長を喜ぶもんだと思うんだけど」

と言って、私を見下ろした。


「……何か負けた気になるのよ」

「何の勝負をしてるんだよ。大丈夫、身長とか関係なく朝日は無敵だから」

「どういう意味よ」

「ほら、朝日も! 暁と一緒に写りなさい」


 ママが私を暁の横にぐいぐい押した。


「え……」

「アオに見せなくていいの?」


 アオとは、ユウのことだ。

 ユウが赤ちゃんの頃、ママはパパと一緒にユウの面倒を見ていた時期があって、そのとき名前が分からなかったママはそう呼んでいたらしい。

 そっちの方がしっくり来るらしく、本当の名前が分かった後もママはユウのことをそう呼び続けている。


「そうだね。撮ろう、暁」

「へいへい」


 私が暁の隣に立つと、ママが写真を撮ってくれた。

 見せてもらうと、なかなかよく撮れている。


「……今度はいつ、ユウに会いに行くの?」


 同じく写真を覗きこみながら、暁が言った。


「そうね……ユウがしばらくしたらウルスラに行くって言ってたから、そのときに合わせてかな。シャロットにも会いたいし」

「何で?」


 暁が不思議そうに聞き返す。私はちょっとハッとして、慌てて笑顔を作った。

 まさかネイア様に言われたことを話す訳にもいかない。


「えーと……シャロット、日本の本を読むのが日課になったんだって。だから、私の本をあげようかと思って」

「へー、あいつ、本当に勉強が好きなんだなー。……そういや、あれ以来会ってないな。今、どうしてるんだろ」


 暁はドサッとソファに寝転がると、懐かしそうな顔をした。

 だけどママが

「制服がシワになるから着替えて!」

と言って叱ったので、暁は渋々起き上がり、リビングを出て行った。


「もう……身体ばかり大きくなっても、まだ子供よね」


 ママはそう呟きながらも少し嬉しそうにしながら、台所に消えて行った。夕飯の準備をするためだろう。

 私はソファに座ると、ぼんやりとネイア様が言っていたことを思い出していた。


 去年の夏も、暁はテスラに行った。そのときシャロットも一緒に修業するためにテスラに来る予定だったけど、ちょうどギャレットさん――シャロットのお母さんの容体が急に悪くなって、来れなくなってしまった。

 ギャレットさんはそのまま亡くなってしまって……その夏、シャロットは結局姿を見せなかった。

 秋になってユウがウルスラに行った時は、もうだいぶん元気だったとは言っていたけど……どうしてるのかな。


 視ることが得意なシャロットは、同時にミュービュリと連絡を取ることも難しくはない。

 以前はそれで、ユズルくんと話をしたこともあるそうだ。

 だけど、修業のためにフェルティガを使わないって決めてるから……暁とも、直接話すことはできないでいた。


 そう言えば……シルヴァーナ女王とトーマくんも、直接話をすることはできないのよね。

 しかも、トーマくんの掘削ホールは一度使うと3か月は使えない。

 その力でウルスラに来たとしても、3か月まるまる滞在する羽目になる。

 トーマくんは大学もあるし、とてもじゃないがそんな期間は取れない。


 だから結局あれ以来、一度もウルスラには来ていないということだった。

 シルヴァーナ女王……淋しい思いをしてるんじゃないかな……。


「……んで? シャロットはどうしてるって?」


 着替えを終えた暁が、再びリビングに現れた。私の隣にどかっと座り、リモコンでテレビをつける。


「もう元気みたいよ。修業の方も……ユウの話によると、かなり優秀な生徒みたい。言われたこときっちり守るから、伸びるのが早いって」

「ふうん……」

「日本語もね、ひらがなとカタカナは全部覚えたんだって。今は本のルビを見ながら漢字をちょっとずつ勉強してるって言ってた」

「本当に真面目なんだな、あいつ。じゃあ、漢字ドリルでも持ってってあげれば? 書いた方が覚えられるじゃん」

「確かに……」


 そうよね。書いた方が……。

 ん? そうだ、直接話せなくても、例えば手紙とか……。


 ふと脳裏に、パパとママの思い出話が蘇った。


「それだ!」

「えっ、どれだよ!」


 急に叫んだ私を見て、暁が仰け反る。


「いいことを思いついたの。暁も協力してね。あ……ママもね!」


 台所に居るママに声をかけると、ママは不思議そうに首を傾げた。

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