フレイムレンジ・イクセプション
九条智樹
序章
――業火が走る。
まるで現世と境界を引くように、灰色に押し潰された世界を深紅が侵食していく。
それは万象を燼滅へと導く、紛うことなき異能の頂点。
その座に君臨した少年は、まるで泣きじゃくる子供みたいに苦しそうな顔をしていた。
足下にはおびただしい数の屍――いや、もともと命などなかった傀儡の残骸か。そのぞっとするほど白い骨を踏み砕きながら、紅蓮の炎を手に少年は世界を駆る。
閃光。
衝撃。
骨の瓦礫を押しのけるように迫る新たな肉の群れを、その爆轟が焼き払う。眼底を衝く灼熱の下に残るのは、灰と炭のモノトーン。一滴の流血すら許しはしない。
なのに。
「――救えない」
蜘蛛の糸一つない地獄の底で、愉悦と狂喜をはらんだ声があった。
色彩を奪われた世界を割るように、まるで三日月みたいに口を歪めて真っ黒な影が立っている。
無傷だった。
幾百、幾千もの攻撃を繰り返した。周囲に散らばる骨に際限はなく、肉の焼け焦げた臭いで頭がおかしくなりそうなほどに。
けれど、無傷。漆黒をまとう彼は初めから何も変わらない笑みをたたえたまま、そこに立ち続けている。
「あぁ、本当に救えねぇよな……っ」
少年は途切れるほど小さく呟く。そこに目の前の敵への憎悪はない。――ただただ、己の無力を嘆いたか細いものだ。
ごぼり、と。
なんの前触れもなく、少年の口から炎よりもなお赤い、おぞましい量の血液が溢れ出た。
それは、眼前の黒に塗り潰された敵の力。
生命を冒涜する、悪逆を尽くした異能の原点。
たとえ少年が頂点に立とうと、それが生物である限り抗う術は存在しない。
きっと始まる前から勝負なんて決まっていた。少年の役割などそもそも破綻していたのだ。
全てを救いたいと願った。
それが出来ると思い上がった。
それが、この
「もう終わってる。もう意味なんてない。――だけど」
そんなことは自分が一番理解しているのに。
それでも、その少年は小さく、本当に小さくかすれきった笑みを浮かべる。
「俺の命は預けてある。――だから、悪いな」
その謝罪は誰に向けたものか。
眼前の相手か。
ここにはいない最愛の少女か。
あるいは、自分自身か。
そして。
無言のままに、炎が散る。
少年の胸の真ん中で、真っ赤な花が咲いた――……
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