異世界ブラックラック

お花畑ラブ子

異世界ブラックラック 〜就職先はブラックでした〜

「し、師匠〜!た、助けてくださ〜い!!」

荒野を全力で駆ける少年は目当ての人物を見つけ、顔を涙や鼻水でぐちゃぐちゃにする。その少年の後ろからは鬼の形相をした黒づくめの男たちが刀や銃を手に怒号をあげる。

師匠と呼ばれた女は声のした方をちらっと見た後、ため息をつく。黒髪長髪に黒いライダースーツ、咥えたタバコまで黒い。その瞳は蒼くするどい。土煙をあげながら走ってくる弟子は、あまりに情けない。そんな彼に向かってフッと笑って親指を立てて自身の後ろを指す。

「私もピンチだ」

先ほどまでの凛とした表情のまま、激しく恐怖に震えてる師匠の姿がそこにはあった。


弟子は走馬灯を見ていた。人間は走馬灯のなかに生存の可能性をさぐる

日本で学生をしていたこと

鈍臭さがたたり、店長の頭を便器にダンクしてしまいバイトを一日でクビになったこと。

その帰り道に異世界にいた師匠に召喚されたこと。

お互いが何が起こったか把握できず、ビビリ倒したこと。

師匠とともに言葉を学び、飯を食い、修行をしたことを、得意になって放った

「必殺フレイムボール」

彼の作った火球は黒服たちの親分の髪を消しとばした。残ったのは一直線ハゲである。


短い走馬灯は彼を救うことはなかった。


全力で師匠のもとに駆け寄る弟子。

「ししし師匠たたたたすけ」

震える声で師匠を見上げるが、絶句。

師匠の背後には、人の背もあろうかというするどい歯が並んでいた。赤い眼光がこちらを見下ろす

「ン?エサガフエタナ」

師匠と抱き合いながら震える弟子。大きく広げた口が二人に迫る。

「弟子!危ない!!」

師匠が弟子を両手で突き飛ばす。

「し、師匠!!」

身体が宙に飛ばされる。ああ師匠は僕のために命を張ってくれた。無理やりこの世界に連れてこられたときはどうしようかと。あれ。視界が真っ暗だ。

パクっと軽い音を立て、弟子は飲み込まれた。

「あっ」



師匠には無自覚の能力があった。ブラックラック。あらゆる不幸が彼女を襲う。だが不幸は彼女を殺さない。訪れた不幸は周りの人間も巻きこむ。


少し離れた場所から双眼鏡を覗く青年が一人、片手に持った酒瓶を引っ掛けながら事の次第を見ていた。はじめは荒野のど真ん中に現れた謎の美女を見ていた。街と街に広がる荒野を渡るには用心棒をつれて行くのが常識だ。それを一人で歩いていくなんて、いいカモである。もしくは相当な手練れか。前者なら有り金を奪えばいいし、美女とお近づきになるだけでも儲けもんだ。

後者なら、逃げるだけだ。だが女は不用心にもカミソリオオカミの縄張りに入ったばかりか、そこにいた仔犬と遊びだした。とんだアホである。当然親のオオカミは大激怒である。美女よ安らかに眠れ。

だが状況は一変する。黒服連中に追いかけられた少年が一人乱入してきたのだ。黒服に黄色いマフラーを巻いた男達の特徴を見るに、近くの街を仕切るギャング「黄蛇」たちだろう。怒りを買おうものなら、地の果てまで追いかけられると言われてる執念深い連中だ。少年の命も時間の問題だ。

「さてと」

ポケットからコインを取り出した。

「表なら、少年は見捨て、美女を救い出して、街の酒場でデートとしゃれこむ。裏なら美女は諦め、黄蛇をのして懸賞金で豪遊だ」

コインを投げる。コインは地面に落ち、数回はねたあと、地面の割れ目でちょうどコインが挟まり立った。

青年は目の前の現象に驚いたが、ニヤッと笑う。

「こいつはどっちの女神が微笑んだんだろうな」


「黄蛇」は街のギャングにしては基本大人しい傾向にある。街のチンピラをまとめ上げ、場合によっては地域清掃にも参加する。ただ、今回ばかりは流石にどうにもならない。

「…あのアホを連れてこい」

あの冷えた声はやばい。ビジュアルとしては落ち武者になってしまった親分の怒りは計り知れない、

「オイラちびっちまったよ。兄貴」

「でかい図体で情けないこというんじゃねぇ」

怒り狂う他のメンバーと一緒に少年を追う新入りの二人。

「あ、兄貴、またちびりそう」

「あん?何馬鹿な」

言いかけて状況を理解する。カミソリオオカミである。人語を理解し、人を丸呑みにする。少年があっという間に食われ、怒りが収まらないのか次々と黒服達をも飲み込んでいった。新入り二人も例外ではない。


「よくも兄貴を」

全身の魔力を両手にこめて、オオカミを殴りつける。

「兄貴兄貴兄貴兄貴ーッ」

「…オワリカ」

所詮は人間のあがき、目前まで歯が迫る。

ただ弟分は目を見開き、相手を見据える。

拳の魔力をこめ直し、打ち込む。


「ガッ?!」

ありえないことが起こった。弟分の拳が歯を砕いたのだ。ありえない。いや違う。衝撃は二箇所からきた。オオカミは自分の後ろ足にいる人物に目をとめる。我が子をたぶらかした人間。

「ココニイタカ、ニンゲンガ」

その人間は手に持っていたハンマーで殴りつける。そんな蚊のような攻撃が効くわけがっ

「?!」

向きを変えようとした足が荒野の割れ目に挟まる。そのままバランスを崩し倒れる。

「グゥウ」

なんだ何が起こっている?拳にしろ、ハンマーにしろ、毛ほども食らうはずもない。だが、実際歯を砕かれ、体制を崩された。

「弟子を返せ」

自分の目の前に現れた人間はハンマーをこちらに向ける。ハンマー自体は普通のハンマーだが、まとう魔力が尋常ではない。この女の魔力なのか。

「ッ」

その女の瞳はつめたく、先ほどまでの慌てふためいた様子とは違う。

「闇落ち小槌」

女は静かにとなえハンマーを振りあげる。彼女の魔力を吸い上げ、ハンマーが歪む。不運の塊。オオカミにはわかった。これがかすりでもしたら、自分の身にどれだけの不幸が訪れるか計り知れないことを。全身から汗が吹き出し。身体は敗北を認めていた。

「カエス、カエシマス」

飲み込んでいた人間を吐き出す。


「し、、しょう?ひ、どいじゃ、ないですか」

弟子の生存を確かめると、安心したのか、その場にぺたりとすわりこんだ。

「怖かったよ〜」

おいおいと泣く姿を見て、先ほどまでとの落差についていけない。


「がっはっはっは」

事の顛末を青年から聞き、豪快に笑い飛ばすがたいのいい男がいた。筋肉隆々の身体に歴戦の傷が入った顔が高らかに笑う。

「助けに入ったときには、全て終わった後だったようだな」

「全く面目ない」

顔つきが変わる。

「ところで女」

それまで弟子とともに震えながら正座した師匠が顔をあげる

「この度はありがとうな。部下の命を救ってもらったようだ」

もともとは自分のせいではあるが、あの青年は報告しなかった。

「望みがあれば、聞くぞ。もっとも俺たちができる範囲でだが」

「いえのぞみなんて何も」

「まあゆっくり考えな。で、小僧」

「はいぃ」

「今後は街中で魔法ぶっぱなすような真似をすんな」

予想を反しての笑顔だった。青年によると、あの後、髪を剃りあげたことで、娘さんからパパカッコいいと言われたそうだ。

「あ、そうだ。師匠」

おもむろに弟子が言った

「次の街までの護衛を頼んだらどうです?」


かくして、師匠と弟子の旅は続くのであった

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異世界ブラックラック お花畑ラブ子 @sonic0227

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