反省会
@araki
第1話
私が通う公園にはいつも、一人のおじさんがベンチに座っている。組んだ足に頬杖をついて、不満げな顔で遊ぶ子供たちをじっと眺めていた。
だから、私は尋ねた。
「おじさんはどうしてそんな不機嫌なの?」
おじさんはぎょっとした顔でこっちを見た。やはり今の今まで、隣に座る私のことに気づかなかったらしい。相変わらずおかしい。
間もなくおじさんはいつもの偏屈そうな顔に戻ると、口をへの字に曲げた。
「嬢ちゃんには分からんよ」
「それでも話して。私知りたいの」
おじさんは黙り込む。けれどずっと見つめ続ける私に折れる気がないことを知ったのか、吐き捨てるように彼は言った。
「俺はな、笑ってる人間が嫌ぇなんだよ」
「どうして?」
「お気楽そうだからだ。世の中を舐め腐ってるようにしか見えん」
「羨ましいんだね」
「違う」
おじさんは私を睨みつけてくる。久しぶりの嫌な視線。あの頃は受ける度に心を抉られていたけれど、今は懐かしさに心地よさを覚えてしまう。やはりずれてしまっているようだ。
「嫌も嫌も好きのうち。そういうことじゃないの?」
「人を簡単にまとめるな。俺は本当に奴らが嫌ぇだ」
「じゃあここにいなければいいじゃん。そしたら見なくてすむよ」
ベンチ仲間がいなくなるのは寂しいけれど、それでおじさんが楽になるなら、その方がいいだろう。
けれど、おじさんは首を横に振った。
「余計なお世話だ」
「痛いのが好きなの?」
「好きじゃない。だが、だからこそいい」
私は首を傾げる。どういうことだろうか。
例によって見つめ続けていると、おじさんは嫌々といった顔で続けた。
「俺は罰を受けてるんだよ。罪を犯した囚人としてな」
「おじさんは悪い人なの?」
「ああ」
「でも、ここは刑務所じゃないよ」
「法律じゃ裁けない悪ってものがあるんだよ」
「例えば?」
おじさんは長い間黙り込んでいた。やがて、彼は言った。
「しょうもない理由でムショに入ってて、ガキの死に目に会えなかった、とかな」
「……ふぅん」
何となく、私は分かった。
――この人は弱いんだ。
虚勢を張って張り詰めた空気を醸しているけれど、自他共に誤魔化し切れていない。なんて不器用な人なんだろう。
私は深いため息をつく。それからおじさんの手を握った。
「もういいって」
「あ? なに訳の――」
おじさんの言葉が途中で切れた。彼は息を呑んで、私の手をじっと見つめている。多分気づいたのだろう。私の握る感触がぽっかり消えていることに。
「もう10年経ったよ」
彼の背中を見つけてから、それくらいの年月が流れた。最初は蹴飛ばしてやろうと思ったけど、やめた。
「確かにあんたは最期にいなかった。だけど、そこまで反省すれば十分だって」
呆然とした様子でおじさんは私を見つめている。その顔がおかしくて、私はくすりと笑った。
「だってもったいないじゃん。私のはもう終わっちゃったけど、あんたのはまだ先があるんだからさ」
「……だが俺は」
おじさんがくしゃりと顔を歪める。
「ほら、しゃきっとして」
私はネクタイを締めるように、指の腹で彼の涙を拭おうとする。けれど触れないことに後から気づいた。だから代わりに、精一杯笑いかけた。
「ほら元気出して。そろそろ出発する時間だよ」
おじさんは口を開いた。
「――――」
――あれ。
どういうわけか声が聞こえない。気づけば周りの景色がぼやけ、遠ざかっている。どうやら、心残りがなくなってしまったらしい。
おじさんはちゃんと絆されてくれただろうか。そうであったらいいなと思う。
反省会 @araki
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