part6 プロの方


「一緒にサバイバルするとか言っといて申し訳ないけど、あたし、もう死ぬと思う」

 とあたしはガブちゃんに言います。

「えー! どうしてー?」

 とガブちゃん。

「身体ダルいし、お腹ペコペコやし」

「えるちゃんってここに来てからどれくらい経つの?」

「えーっと七日? いや、今日で八日目かな」

「八日も生き延びたんだ!? すごいよえるちゃん! よく頑張ったね」

「……」


 拝啓、お母さま。

 なんか知らんけど褒められました。


「水は確保できてる?」

「ココナッツの中身を飲んでる」

「ふむふむ。じゃあ火は? 基地は? 食料は?」

「ぜんぶないよ」

「ストイックだね」

 ……ストイックとかいうアレじゃなくてですね。

「でも、『素人』が火を確保するのは、たしかに大変だよね」

 ……あなたはプロの方なんですか?

「えるちゃん、えるちゃん」

「なに?」

「たぶん磯だまりにいけば巻き貝とかカニとか取れると思うけど、お腹が空いてもぜったいに生で食べちゃ駄目だよ? 寄生虫がうようよだからねっ☆」

 ……それ、もっと早くに聞きたかったし、なんなら今となっては聞きたくなかった。

「寄生虫がね……」

「もう、わかったって」

「胃から全身を這い上がって脳みそをぱくぱく食べちゃうからねっ☆」

 ……え、まじで?

「そっかー。じゃあ気ぃつけるわー」

 ……もうすでに、人生三週分くらい食べたんですけど。

「えるちゃん、ちょっと待っててね」

 と言ってガブちゃんは雑木林のほうへ走っていきます。「食べ物取ってくるから、えるちゃんはそこでうたた寝してて!」

「いや眠くないねんてー!」

 とガブちゃんの背中に答えるも、あっという間にその後ろ姿は茂みの向こうへ消え去りました。「いま起きたばっかやねんてー!」


 急に。

 静けさとともに孤独感が蘇りました。

 自分はこの世界にひとりだけなんじゃないか、というあの感覚が——いま目の前にいた翼の生えた女の子はただの幻だったに違いないという感覚が——あたしの全身を侵食します。

 寂しすぎて。

 泣きたくなってきました。

 ——あんなうるさい子でも居てくれるだけで助かってたんやな、と思いました。


「はよ帰ってきてよぉ……ぐすん」


「えるちゃんただいまー!」

「はっや!」

 すぐ傍の雑木林から野生のイノシシが如くいきなりガブちゃんが飛び出てきたので、あたしは慌てて涙を拭きました。

「これ食べて」

 と言ってガブちゃんは何かを差し出します。手のひらサイズでゴツゴツしてて、薄い黄色の皮に覆われていて……ジャガイモっぽい何かです。

「これなに?」

「グアバの実だよ」

「え、ほんま?」

 ……グアバってこんな見た目してたんや。ていうかグアバってグアバでええんか? グァバじゃなくて? ネイティブはどう発音するんやろ。「ギャゥヴェア」とか? いやいやいやいや……怪獣かっ。……てかまったくどうででもいい話ですね。

 ……たまにグアムのことを「ガム」って言う年配の方いてますよね? ……これもどうでもいい話ですね。

「どうやって手に入れたん?」

「落ちてたものを拾ってきました」

 ……まあそうやろうな。

 八百屋とかないし。

「食べれるん?」

「食べれるよー。きっとおいしいよー。皮ごといけちゃうよー」

 あたしは皮ごといってみました。グアバの実といえば中身が赤く染まっているものをイメージしましたが、これは中身もジャガイモと同じ色をしています。でも食感はすごく柔らかくてねっとりとしているかんじで、味はたしかにグアバそのもの。いうほどグアバ食べたことないですけどね。

「……甘くておいしい」

「よかったー。ビタミンもミネラルもたっぷりだから、すぐ元気になるよー」


 彼女の持ってきた果実によって、なんとか一命を取り留めることができました。


 緊張感がまったく抜けてしまいましたが——結果的にあたしとガブちゃんは、お互いにお互いの命を救い合ってしまった、ということになります。


     ***

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