part5 自己紹介


「おっはよーぅ!」と耳元ででかい声が鳴り響き、あたしは飛び起きました。目の前には昨日助けた女の子がいて、にこにこと笑顔でこちらの様子を覗っています。太陽のかんじからして朝のようです。

「んー。……おはよう」

 あのあと夜通し看病してようかと思っていたのですが、どうやら寝落ちしてしまい、むしろこちらの方がぐっすりと眠ってしまっていたみたいです。

「きみは誰?」

 と女の子に訊かれたのであたしは「柏木える」と自分の名を名乗ります。

「そっかー、えるちゃんかー」

 と女の子は言いました。「よい名前だねー。えるちゃん」

 ……こいつ、名字を覚える気はなさそうやな、とあたしは思いました。

「元気なった?」

 と訊いたら「元気だよー!」と彼女はまたでかい声で答えます。よかった、とあたしは素直に思いました。どちらかというと死にかけてるのはこっちみたいです。

「ジブンはなんなん?」

 とあたしは彼女に続けて質問しました。「誰なん?」ではなく「なんなん?」と訊いたのは、彼女の背中に生えているものがどうしても引っ掛かるからです。

「あたしは……えーっと……誰だっけ?」

「ジブン、記憶失ってるやん!」

 どうやら目の前の女の子は記憶喪失のようです。あたしもこの島に流れついたときにそれまでの記憶をある程度失いましたが、名前を忘れることはなかったので、彼女のほうが重症かもしれません。

「たしか……えーっと……ガブ」

「ガブ?」

「……ガブ」

「ガブ?」

「そう。いまはっきりと思い出しました! わたし、ガブから始まる名前だった気がします!」

「はっきりと思い出せたって言わんでそれ」

 えへへー、と彼女は笑いました。どうやら自分の記憶が失われているという衝撃的事実にあまり関心をもたない人種のようです。

 人なのかどうかもわかりませんが。

「じゃあガブって呼ぶわ」

「……ちゃんって付けて?」

 面倒くさいな。

「…………ガブちゃん」

「やったー!」

 とガブちゃんは大喜び。その彼女のとびきりの笑顔を見ていると、まじでこの世のものとは思えんくらい可愛いな——と、不覚にも思ってしまいました。これまで生きてきたなかで部活動の後輩とか隣のクラスの子とかですごい可愛いなと思える人は何人か見てきましたが、ガブちゃんの可愛さは完全に別次元です。なんというか、生まれて初めてダンゴムシと対峙したときの子猫のような可愛さというか、積もった雪のなかに大はしゃぎで飛び込む子犬のような可愛さというか……到底、人では叶わないものを持っています。

 人なのかどうかもわかりませんが。

「えるちゃん、えるちゃん」

「なに?」

「ここってどこー?」

「無人島」

「ん? ……えるちゃんがいるよ?」

「あたし意外には誰もおらんよ」

「じゃあここはえるちゃんの島?」

「違う。無人島!」

 ……所有権主張したくない。

「孤島なの?」

「孤島やで」

「帰る船もないの?」

「ないよ」

「じゃあほんものの無人島なんだあ」

 ガブちゃんの目が輝きました。「やったー! 無人島だー! サバイバルだー!」

 ……なんで喜んどんねん!

「無人島でサバイバルをするのは、ガブの夢だったんだー」

「そうなん?」

「うん」

 と、とびきりの笑顔でガブちゃんは頷きます。「無人島のサバイバルは、男なら誰しも憧れる状況だよ!」

「ジブン、女やん。ていうかうちら二人とも女やん」

「えへへー。そうだねー」

 ……えへへー、そうだねーって。

「ねええるちゃん」

「なに?」

「一緒にサバイバルしようね!」

「あ、まあ、うん。こういう状況やしな」

「がんばろう、おー!」

「おー……」


 拝啓、お母さま。

 無人島に遭難しといてこんなに嬉しそうにする女の子って、どう思います?


     ***



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