第50話 蒼き清浄の世界 5

 ちらと覗くと、雅の家の前にパトカーが止まっていた。



 ようやくたどり着いた避難場所はすでに包囲されている。

 身元が割れているのだから、たしかにその可能性は高かった。



「駄目だ。逃げよう」

「そうだね」



 振り返って逃げ出そうとした。

 が、動けなかった。



 目の前にライフルを構えた武装警官。



「動くな」



 中学生女子に対して、やることではない気がする。

 少し過剰行動ではないのか。



「対象二名確保」



 もう一人、武装警官がやってきた。


 こちらもライフルを構えている。



「行け」

 銃口で移動を促す。



 僕らはその指示に従う。



 近づくと、玄関に佐々木と天使とお母さん。

 先回りされていたということだ。


 お母さんはけだるげにスマホをいじりながら、佐々木の話を聞いている。



 そして、彼ら以外の武装警官は、今、僕らの背後の二人を含め、六人。

 中学生女子二人に何してんだ、こいつら。



 お母さんが、スマホから目を上げると、こちらに気づいた。



 目が笑っていなかった。

 そして、右手には金属バット。


 ずさずさと向かってくる。

 ヤバい。

 目が怒っている。


 何か、吹き込まれたのか。



 そして、雅に近寄る。

 雅は、目を反らす。

 お母さんはしゃがみこんで、目線を合わせる。



「お母さん、怒ってるんだけど」

 雅が唇を噛んでいた。

「どうして、いろいろ相談してくれなかったの?」

「だ、だって……」


「まあまあ、お母さん。娘さんたちも、巻き込まれただけかもしれません。後は私たちにまかせて。それにそんなおっかないもの、おしおきにしては派手すぎますよ」

 佐々木がにこやかに笑いながらお母さんの肩に手を乗せた。



「娘の教育は私の仕事です。黙っていてください」



「警察の人たちが来て、お母さんがどれだけ心配したことか。雅、それがわかってないでしょう」

「で、でもだって……」

「お母さん、そんなに叱るものでは……」

「だって、あなたたち、雅たちを殺したいんでしょう? しつけは今のうちにしておくしかないじゃない」

「は?」



 お母さんがバットを振り回した。



 佐々木の顔にクリーンヒット。

「ぶふぉっ」

「まだっ」

 よろめいたところに、上から一撃。



 ぐしゃり、と骨が砕けた音がした。



 佐々木の頭にバットがめり込んでいた。

 目から鼻から、口から、血が吹き出している。



 そして、そのまま倒れた。



「娘を殺させたりはしないわよ」



 お母さんがすっくと立ち上がった。

「雅、真琴さんを連れて、逃げなさい」

「え?」

「ここは、私にまかせて逃げなさい」


 武装警官たちが一斉にライフルを構えた。


「娘のために、母親が戦うのは当たり前でしょう。あ、怒ってるのは本当よ。何で相談してくれなかったの?」

「え……、だって」



「雅、私のことをお母さんだとは思ってくれてなかったのかしら」

「そ、そんなこと……。だってお母さんの方が」

「そうねえ。私は智哉が可愛いからね。ちょっと正直すぎたのかしら、とは思っているわよ。でも、お父さん含めて、家族のことは本当に愛しているの。そうよ。智哉は本当に可愛いの。だから、さっき、お父さんのところへ逃げるように話したわ。あとは雅、あなたの番。『絶対』に逃がしてあげるわ」

「お、お母さん……」

「あー、気分いいわね。娘にお母さんって頼られるのは」



「おい」

 武装警官が、お母さんの手のパットを奪おうとした。

 その伸ばした手を躱しながら、エプロンの裏に隠していた包丁を顔に突き立てた。

「うぎゃっ」

 そして、バットの一撃。



「頭潰されたくなかったら、さっさと逃げな。逃げないヤツは容赦しないよ」

 バットを一振り。こびりついた血まみれの肉片を払う。


「真琴さん、雅をよろしくね。あなたならまかせられそう。雅、「彼」の手を離しちゃ駄目よ」


 そう言うと、ライフルを構えた武装警官たちの中に突っ込んだ。

 今度は、警官たちも躊躇しなかった。

 ライフル弾をお母さんに叩き込む。



「愛していたわ。雅」



 そんな声が聞こえたような気がした。



 僕は雅の手を取って走り出す。



 雅は泣いていた。

 だけど、僕は構わず走った。

 雅も泣きながら走った。

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