第28話 雅 10
久しぶりの「使い魔」としてのお仕事は追いかけっこ。
繁華街で、魔法瓶を六本受け取って、高岳の老人ホームまで運ぶこと。
ただし、変なおじさんたちが追いかけてくるから、それを振り切って、何とか届けること。
うん。
ちょっと、久々に怪しいっぽい仕事。
実際、人相の悪いおじさんに追いかけられた。
だけど、魔法瓶の中身はただのジュースだったし、多分、私達は何かの囮みたいなことをやらされたんだと思う。
どうでもいいものを、いかにもそれっぽく運ばされた。
本命の物は、その間に「どこかで誰かが届けた」のだろう。
悪魔の仕事は、よくわからないものが多い。
どう考えても、真っ当でない仕事もある。
ただ、だからこその私達の仕事なのだ。
それを受け入れる以外の選択肢はない。
でも、その次の仕事は、今までの仕事の中で、もっとも楽しい仕事だった。
「あっ、君たち、斉藤さんと一条さん? モデルの」
「えっ、あっ、はい。チラシのモデルとかくらいですけど」
「いやー、本当にお願いしてくれたんだ。――さんから、すぐに知り合いを手配するって言ってくれたんだけど、約束守ってくれたんだ。ありがたい」
えっ?
覚悟してやってきた場所は写真館。
血なまぐさい話を覚悟してきた私達に与えられた選択肢は。
「どっちかがタキシードで、どっちかがウェディングドレス」
写真のモデルの仕事だった。
正直、わけがわからなくて、なかなかリアクションが取れなかった。
取れないうちに、いつの間にか、真琴がタキシードを着て、私がウェディングドレスを着ることになっていた。
店の奥から女性が出てきて、私達のメイクまでしてくれるらしい。
それも、化粧品会社の美容部員の方が。
「じゃあ、先にタキシードやっつけちゃおう」
「あ、あたし、ちょっとトイレ行ってきます」
「うん。行っておいで。出て右の突き当たり」
「あ、はい。ありがとうございます」
一旦、トイレに入って、心を落ち着ける。
用を足しながら、今起きている事実を整理する。
ウェディングドレスを着る。
私が。
どうしよう。
それも真琴の隣?
どうしようどうしようどうしよう。
慌てるな、落ち着け。
落ち着かなきゃ。
よし。
落ち着いた。
行こう。
行かなきゃ。
「ただいまですっ」
無理矢理、声を出して部屋へと入る。
そこには、白いタキシード姿の真琴。
「わ、格好いい……」
え? いつの間にか、私より背が高い。
足元を見ると、結構上げ底の靴だ。
「イケメンさんでしょう。格好いいよね。もうちょっと背が欲しいけど仕方ないか」
「ええ、そうですね」
え、こんな格好いいなんて、ズルい。
「はい、じゃあ、雅ちゃん、やるよー」
そう言われて、メイクさんに捕まった。
そして、みるみるうちに、鏡の中の私が変わっていく。
白いベールをふわりと被ったとき、花嫁さんが鏡の中にいた。
「すごく可愛い」
真琴の言葉に「バカ」と返す。
「おー、可愛いカップルさん、できたねー。さあー撮るよー」
私達はスタジオで並んでポーズを取った。
手にはブーケ。
背後は、綺麗な模様のバックスクリーン。
「おー、いいねぇ。じゃあ、撮影始めようか」
「「はい」」
ケーキの前で、真琴に食べさせるポーズ。
大きなウェディングケーキは偽物で、フォークの先についているのは、120円のクリーム蒸しパン。
教会の前で手を取り合う二人。
と、言いつつも教会の扉は、背後のスクリーンの写真。
指輪交換のシーンの指輪は本物だった。
メイクさんの薬指にはまっていたものだったけど。
裏を知ってしまうとアレだけど、上手い具合に「結婚の風景」が収められていく。
撮影は深夜まで続いた。
帰りは、車で送ってもらった。
「じゃあ、今夜は本当にありがとう」
お礼を言われて終了。
いいお仕事だった。
本当にそう思う。
真琴がお風呂の支度をしに行った隙に、私は自分のスマホを取り出した。
そこにはウェディングドレスの私と、タキシードの真琴の写真。
夢のような時間だった。
思いもよらない時間。
「さあ、お風呂入らなきゃ。明日、本当に遅刻しちゃうよ」
声をかけられて気がついた。
「あ、うん。そうだね」
お風呂をすませて出てくると、真琴も自分のスマホを眺めている。
ふふ。真琴も気に入ってるんじゃない。
「な、何見てるの?」
声をかけると、驚いてうろたえていた。
「あ、あああああ、いや、その……ごめん」
「謝らない。真琴、結構格好よかったよ」
「あ、ありがとう」
真琴がお風呂に入っている間、もう一度スマホを眺めた。
私が笑っていた。
嬉しそうに。
「真琴といると笑えるんだ」
ちょっと嬉しくなった。
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