第27話 雅 9

「はじめまして。斉藤真琴です」



 二学期の初めの日、真琴がうちのクラスにやってきた。

 特待生試験の合格者は、推薦者と同じクラスになる、というのが定番らしい。


 まあ、まずはガイドをしなさいっていうことよね。



 挨拶は硬い。

 見た目から緊張している。

 そりゃ、そうでしょう。


 初めての女子校なんだから。



 だけど、本番はまだまだ。

 オリエンテーションの後が本番、かな。



 一時間目が終わり、先生が退出された。



 数人が真琴を取り囲む。


「真琴さん、一条さんのご推薦なんですってね」

「は、はい」

「天才プログラマーっていうお話を伺いました。そうなの?」

「え?」

「ほら、一条さんのお宅って、あそこでしょ」

「ええ」


 新しい顔に興味津々の少女たち。

 姦しいとは、まさにこういうことを言うのだろう。



 慣れない真琴はしどろもどろ。

 こういうところは、とても可愛い。



「やはり、一条さんのお父さまに見いだされたの?」

「あ、あの……」



 さ、助けなきゃ。

 あまり放っておいても、ね。



「私が父に紹介したの。真琴は凄いのよ。すごい大きなコンピュータの前で、ずっとキーボード叩いているの」


 皆に聞こえるように、はっきりと言った。



「へえ」

「ねえねえ、ハッキングってできるの?」

「ドラマでよくあるじゃない。どんなことでも調べられるみたいな」



「それはドラマです。私にできることはアプリを作るくらいで」


「アプリ作れるの?」


「え、ええ」


「すごーい」



 会話はチャイムで止められた。

 私を含め、一斉に席に戻る少女たち。



「起立」

「礼」

「着席」



 授業が再開される。



 人の口に戸は立てられない、という言葉通り、面接の時に見せたアプリの話はクラス中に広がっている。

 そして、真琴が不登校だったという設定も。



 まあ、設定なんだけど、知らない人たちにとっては、それが真実。



 不登校の子が、実はコンピュータの天才だった、という「作りものみたいなエピソード」がいろいろ覆い隠してはくれている。

 だけど、そういうものも含めて、真琴のことは知られている。



 いろいろ不当な嫌味なんかもあるだろうけど。

 それは、私がフォローしないと。



 ちらちらと気にしながら、一日を過ごす。



「前に『安心する』って言っていたのは彼女?」

 楓が、そっと声をかけてきた。

「うん。まあ」

「凄い美少女じゃない。ああいうのに『安心感』を感じるんだ。ちょっと意外」

「まあ、そのあたりは、私もよくわかってないの。最初は本当に変な出会いだったの。でも、いつの間にか」

「そっか。だから悩んでるんだもんね」

「うん」

「今日、お昼は一緒?」

「そのつもり」

「ご一緒させていただいていいかな?」

「もちろん。紹介するわ」

「ありがとう」



 終業のチャイムが鳴った。

 ここからはお昼の時間。



「食堂行きましょう。案内するわ」



 真琴に声をかける。

 その流れで、楓も声をかけてきた。



「雅さん、お昼? ご一緒させてもらっていいかしら」

「いいわよ。真琴のこと紹介したいし」

「ありがとう」



 食堂へ向かう流れで、お話をする。



「雅さんの友人で、堤下楓と言います。同じ生徒会ですの」

「はじめまして。斉藤真琴と言います」

「聞いているわ。結構、真琴さんの噂話、よくするのよ」

「えっ?」

「あまりいい出会いではなかったみたいですよね。でも、夏前かしら。結構愉快なお話を聞くようになったのは。あ、そうそうチラシのモデルを一緒にやったそうね。でも、そのチラシ、見せてくれないのよ」


「楓。真琴がひいてるわよ」


「あら、ごめんなさい。そんなに仲いいのに、全然紹介してくれなかったんですもの。ちょっとくらい意地悪したくなっても、仕方ないでしょ」



 楓は、距離の詰め方が上手い。

 様々な話題を駆使して、いつの間にか、相手の懐に入り込む。



「さ、今日は何食べます?」



 楓は笑いながら言った。

 そうそう、カードの使い方、真琴に教えてあげなくちゃ。




 真琴はカレーライス。

 楓は天ぷらうどん。

 私は無難にランチ定食。


 三人で固まって食事をする。



「雅はねー、真面目さんなのよ。ズルしないというか」

「そうですよね。きっちりしている感はあります」

「あたしたち、二人きりの一年生なんだけど、雅がしっかりしてるから、私、追いかけるの大変なの。あたしは、そのへん、いい加減だから」

「楓」

「きゃー、怖い」

「楓は、そういうこと言うけど、先輩たちから可愛がられているのは、楓だからね。私よりも愛想もいいし、明るいから人気あるじゃない」

「営業はあたしがやるから、バックヤードはよろしくお願いします」



 はいはい。

 ずっと、そうやってきた。


 小学校からずっと。

 児童会では、楓が児童会長。私が副会長。

 私は常に、楓のサポート。その代わり楓が私を引っ張ってくれる。




「でもねー、こんなしっかりしてる雅でも、とある欠点が」

「欠点?」

「虫が怖い。特にG」

「ああ。はい。」

「え、知ってるの?」

「はい。ものすごい騒ぎますよね」

「ふふふふふ。では、林間学校の話をしてあげよう」

「それはいったい」



「 や め な さ い 」



 思わず止めに入る。



「何、話しているのよ」

「いや、まあ、共通の話題って言えば、雅だし」

「もうちょっと、楓のプロフィール聞くとかあるでしょう」

「じゃあ、楓さん、プロフィールを」

「射手座AB型。学年成績は大体一桁ぐらいをうろうろと。彼氏なし。生徒会。あ、あと家は呉服屋だから。着物揃える時は言って。お値打ち品を紹介するわ」

「ありがとうございます。学年成績大体一桁って、成績いいんですね」

「天才プログラマーと評判の高い真琴さんほどではありませんわ」

「えー、そのイメージ、ついちゃってるんですね」

「そうですね。噂話が広がるのは、とても早いですわよ」



「ちょっとよろしいかしら」



 そこに、一人割り込んできた。

 パソコン部の美穂子先輩。

 生徒会も御縁があるため、顔と名前は知っていた。



 まあ、何となく理由はわかった。

 噂は、そこまで広がっているんだ。



「私は二年の吉田美穂子。パソコン部の部長をしているの。斉藤さんっていうのはあなた?」

「は、はい」


「噂は聞いているわ。パソコン部に入らない?」


 やっぱり。



「秋の文化祭までに、文化祭用のwebサイトを立ち上げなきゃいけないの。ちょっといろいろ大変で、助けてほしいの」

「え、えーっと」



 真琴はちらちらとこっちを見てくる。

 まあ、あなたが取った手段の影響だからね。

 仕方ないと思うけど。



 それに、どうせ目立つなら、そういう方向で目立ってくれていた方がやりやすい。

 そんな気もする。


 何せ、コンピューターの天才っていうものの持つイメージは、間違いなく「変わり者」と同義だ。

 ドラマのハッカーたちは、こぞって変わり者。

 大人のくせにペロペロキャンディー舐めているとか、ろくすっぽ人としゃべれないとか、まあ、そういう人たちばかり。



「お願い。優秀な3年生が抜けて、正直ピンチなの。部活に入っていることで、内部進学の評価は上がる仕組みだから、あなたにとって、あまり損はない……と思う。もちろん、他の部活に入りたいなら、止めはしない。でも、よかったら考えてほしいの」



 しかも、まあ、困っているのもたしか。

 文化祭用のwebサイトの件は、生徒会にとっても他人事ではないし、いろいろ遅れているのも知っていた。


 よし。美穂子先輩を手助けするべき。

 それに……。



「真琴さん。先輩、困っていらっしゃるわ」



 そして、ここからは小声で。

「うちの学校は、結構部活やってるやってない、で評価違うから。あと、生徒会にはちょっと誘えないから……」



 えっと。



「だから……、部活やってると、一緒に帰れるかな……って」



 うん。いや、ちょっと本音?



 一応、最後のひと押し。



「あたしたち、そろそろ生徒会があるから行かなくちゃ。今日は、四時までだから、終わったら一緒に帰りましょう」



 だから、先輩に付き合ってきなさい。



「わかりました。じゃあ、お話聞かせてください。部室とかあるんでしょうか」

「ありがとう!」



 美穂子先輩が、真琴の手を握っていた。



 むか。



 むか?



「四階のPCルームが部室になっているの。そこでお話しましょう」

「はい」

「じゃあ、雅、また後で」

「はい。行ってらっしゃい」



「いいの? 美穂子先輩なんかに預けて」

「まあ、真琴には、一番向いていると思うし」

「そっか。そうだよね」



 夏休み明けての、二学期最初の生徒会のお仕事は会議。

 何せ二学期は、行事が多い。

 そして、生徒会最大の行事である文化祭までのスケジュールを再確認。


 会議の後は、それぞれの進捗を確認。



「今日は、何か心ここにあらずって感じだけど」

「うるさい」

「気になるんでしょ、パソコン部」

「ちゃんと仕事しないと、失敗するよ」

「はーい」



 いろいろ気になるのはたしかだ。



 だけど、やるべきことはやらないと。



 そして、夕方のチャイムが鳴る。


 すると、楓が手を出してきた。

「これ、私がやっとくよ。行ってあげな」

 そう言って、にかっと笑う。


「ありがとう」



 鞄を抱え、先輩に挨拶してPCルームへ向かう。

 すると、そこには目をきらきらさせた美穂子先輩がいた。



「一条さん、斉藤さんって、とてもすごいの。さすがだわ。これでwebサイト、ちゃんと何とかなるわ」



 ふふん。当然よ。

 だって、真琴なんだから。



「私の自慢の親友ですから」



 つい、口走ってしまった。

 何となく自慢したかったのだけど。

 本人の前で言うのは、どうだったかな……。



 鞄を抱えた真琴が出てくると、美穂子先輩が呼び止めた。。



「あ、ちょっと待って」



 そして、何かのチケットを取り出した。



「あげるわ。お二人でどうぞ」



 フルーツパーラーの500円チケット。

 駅の近くのお洒落なお店。



「ジュースくらいなら飲めるわ。ケーキセットはちょっと……だけど」



「ありがとうございます」



 きちんとお礼。



「雅さんはご存知だと思うけど、寄り道は禁止よ」



「はい」



 そんなバレるようなことはいたしません。



 テイクアウトでストロベリージュースを買って、帰り道、歩きながら二人で飲んだ。



 とても美味しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る