第17話 ウェディングドレスとタキシード

 それは悪魔からのメッセージ。

 雅のスマホも同じ。



「場所は割と近く。行こうか」

「スカートじゃない方がいいかも」

「そうだね。条件、何も書いてないよね」

「うん」



 僕らは着替えて部屋を出る。



 すでに、日は暮れている。

 暗い中、自転車で走る。

 指定された位置座標にたどりつくと、そこは写真館だった。

 それも、ちょっと古い。



 写真館?



 本当にここ?



 僕らは顔を見合わせた。

 まあ、多分、間違ってはいないはず。


 僕らは一歩踏み出して、ドアを開けた。



「ごめんください……」



「あっ、君たち、斉藤さんと一条さん? モデルの」

「えっ、あっ、はい。チラシのモデルとかくらいですけど」

「いやー、本当にお願いしてくれたんだ。――さんから、すぐに知り合いを手配するって言ってくれたんだけど、約束守ってくれたんだ。ありがたい」

 誰経由か、という部分がうまく聞き取れなかったんだけど、心がすんなり受け入れているあたり、間違いではないらしい。



「えーっと、ですね。私達、すぐに二人でここに行ってほしい、と言われたんですが、何をすれば、とか何も聞いてないんですよ。何をすればいいですか?」

 と、雅が冷静な突っ込みを入れる。


「ああ、そうなんだね。君たちにはモデルをやってもらいたいんだよ。えーっと、僕はこの写真館の主人で、カメラマンの佐脇と言います」


 佐脇さん。覚えた。


「実は、明日締め切りの仕事があったんだけど、そのモデルが体調を崩して、来れなくなっちゃってて。今日一日探したんだけど、誰も引き受けてくれなくてさ。うちのご近所さんで、弁護士とかされている――さんと、たまたま話すタイミングがあったら、すぐに手配できますよって」



 うん。理解。

 無茶振りだけど、まあ、別に悪くない感じの仕事。



「で、どんな写真なんでしょう。私達でいいんでしょうか?」


「ああ。問題ないよ。結婚式場からの依頼なんだけどね、子どもを使った結婚写真が欲しいって」



「結婚?」



「ああ。と、いうことでどっちかがタキシードで、どっちかがウェディングドレス」



「え?」



 一瞬にして、頭が白紙。

 いやいや、白くなるな。



「あ、じゃあ、私タキシードがいいです!」

 僕は目一杯主張した。

「ああ。いいよ。じゃあ、メイクもしなきゃね。おーい、可愛いモデルさんが来てくれたよ」

「はーい、ちょっと待って」



 店の奥から、デパート一階の化粧品売り場によくいそうな雰囲気の女性が出てきた。


「こんばんは。来てくれて助かったわ。じゃあ、あなた、メイクまでしちゃうから、スタジオの支度、よろしく」

「ああ。頼むよ」



「私は佐脇の妻で、メイク含め、もろもろ助手をしています。よろしくね」

「あ、はい」

「ちなみに、本職は化粧品会社の美容部員よ」

 あ、やっぱり。



 着替えたのは、スタジオ隣の小部屋。

 メイクも着付けも一通りできるようになっていた。


「じゃあ、先にタキシードやっつけちゃおう」

「あ、あたし、ちょっとトイレ行ってきます」とは雅の言葉。

「うん。行っておいで。出て右の突き当たり」

「あ、はい。ありがとうございます」



 僕はそこでタキシードを着る。

 サイズは子ども用のフリーサイズっぽく、ウエストは自由自在に伸び縮みするタイプ。


「あー、いいね。可愛い。髪は長いからまとめようね。眼鏡はそのまま使おうか。イケメンっぽくなるし」

 そんなことを言いながら、メイクを進めていく。



「ねえ、ところで何でタキシード選んだの? 彼女に譲りたかったの?」

 女の子なら、ウェディングドレス選んで当然と思うからだろうか。

 まあ、そうかもしれない。

 ノータイムでタキシード選んだからね。


「譲りたかった、というか……、私が雅のウェディングドレス姿を見たかったから……です」

「おお、イケメン発言だね。真琴ちゃん、だっけ。実は男の子?」

 ぎくっとした。



「そ、そんなわけないじゃないですか」

「まあね、そうだけどさ、男とか女とかの前に、人には人を想う気持ちってのがあってね。そこは大切にしなよ」

「え? は、はい」


「ただいまですっ」

 雅が戻ってきた。

「わ、格好いい……」

「イケメンさんでしょう。格好いいよね。もうちょっと背が欲しいけど仕方ないか」

「ええ、そうですね」


 いやいや。僕にとっての美少女というのは、背が低いものなのでね、うん。



「はい、じゃあ、雅ちゃん、やるよー」

 ざざっとメイクと着付け。

 できあがったのは、フランス人形。



 眼鏡を外しているのは、僕の好みからするとアレだけど、そう、何ていうんだろう。ああ、めちゃくちゃ可愛いってやつだ。(語彙死亡)



「すごく可愛い」

「バカ」



「おー、可愛いカップルさん、できたねー。さあー撮るよー」




 スタジオには、大きな花をはじめとした小道具が置いてあった。

 バックスクリーンも種類はいろいろ。



「おー、いいねぇ。じゃあ、撮影始めようか」



「「はい」」



 僕らは言われるがままにポーズを撮った。



 撮影が終わった頃は、もうすでに深夜と言っていい時間だった。



「送っていくよ」

「いえ。自転車ですので」

「大丈夫、積める、積める」



 そう言って、車体にデカデカと佐脇写真館と書かれたワンボックスのバンが出てきて、二台の自転車が積まれた。

 そして、あっという間にマンションに。

「二人とも、ここでいいの?」

「はい。こんな時間なので、泊まっていきます」

「ああ。今日は、本当にありがとう」



「――さんは、ギャラなんかいらないって言ってたけど、これだけ受け取って」

 そう言って、封筒を手渡された。



 ありがたくいただくことにする。



「じゃあ、今夜は本当にありがとう」

 そんな言葉でお別れとなった。


 部屋の電気を点けて、一息。

 明日、というかすでに今日、学校あるのに、とんでもない時間になってしまった。


 お風呂の支度して出てくると、雅がリビングでスマホを眺めていた。

 そこには、さっきのウェディングドレスの写真。


 サービスと言って、僕らのスマホにも送ってくれたのだ。



 やっぱり女の子だから、ああいうのは憧れだったんだなあ。



「さあ、お風呂入らなきゃ。明日、本当に遅刻しちゃうよ」

「あ、うん。そうだね」



「お先にどうぞ」

「ありがとう」



 送り出してから、僕も、自分のスマホを眺める。

 うん。可愛い。



「な、何見てるの?」

 いきなり声。

 そこには、すでに寝間着の雅。



「あ、あああああ、いや、その……ごめん」

「謝らない。真琴、結構格好よかったよ」

「あ、ありがとう」



 翌朝、遅刻寸前で飛び起きて、朝ごはんも食べずに全力疾走することになったのは、まあ、お約束、というやつだった。

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