女の子になった僕は、魂と引き換えに、いつの間にか悪魔の使い魔になっていたので、一生懸命お仕事することになりました。
阿月
第1話 悪魔との契約
「へえ。あなたが悪魔さんですか。意外と普通ですね」
僕の目の前にいるのは、黒のスーツに白シャツ。地味なネイビーブルーのネクタイの女。
「角ついているとか、背中に羽とかないんですか?」
「それがご要望なら、そうしますが。特にご要望とかない方は、こんなスタイルで」
そう言って笑った。
「で、あなたの魂をかけた望みは?」
「美少女になりたい」
「は?」
「美少女になりたい」
二十代なかばもすぎた男の望みというには、いささかアレだけど、まあ、そうなんだから仕方ない。
「いや、まあ、どんなくだらない望みでも、我々は叶えますけど、本気ですか?」
「うん、まあ本気」
「わかりました。どんな感じの美少女ですか? ちょっとイメージ見せてくださいね」
そう言って、僕の額に手を当てた。
そして顔をしかめる。
「これですかー」
「え、ダメ?」
「いえ。まあ、いいですよ。環境までつくるのって、なかなかですねー」
「家とかはいきなりできちゃうの?」
「そんなサービスないですよー。似た環境の人と、中身入れ替えちゃう感じですかね」
「えー、それその女の子が不幸になるじゃん」
「あなたは、悪魔に向かって何言っているんですか」
いや、まあ、それはそうだけどさ。
「そんなところにこだわるなら、あなたの身体をいじって美少女にするしかないですねー。そうしたら、この六畳一間のアパートで過ごすしかないですよ」
「えー」
寂しいなあ。
「戸籍上は、今のまま?」
「そうですね。そのくらいはサービスで修正しておきますよ」
「じゃあ、僕はどういう扱い? 父さんと母さんが死ぬ寸前に生まれた子ども?」
「そうですね。遺産扱いで、月に少しずつ使える振込がある感じにしておきましょうか」
「リアルだね」
「合わせが面倒なので、中学は不登校にしておきましょう」
「どういうこと?」
「先生とか、友達とか、記憶を一斉に書き換えるなんて、無理ですよ」
「あー、そういうことですね」
「私、弁護士事務所やってますので、そこが遺産の管理と、後見やってる感じで」
「悪魔って、そんなことしてるの?」
「生きてくのって大変なんですよ」
「えー、あー、はい」
悪魔へのお願いって、こんなだったっけ?
「では、行きますよ」
「あ、はい」
「vividevabidevooooooo」
「ぐあっ」
僕はベッドに倒れ込んだ。
身体が熱い。
筋肉と骨が悲鳴を上げている。
「脳とか神経とか、まあ、いろいろ入ったままで、身体作り変えてますからねー、苦しいと思いますけど、がんばってーーー」
「ぎぶぶぶふぐげへへ」
駄目だ声も出ない。
そもそも、喉もひっくり返りそうで、言葉も……。
痛みと苦しみでのたうちまわる中、悪魔が優雅にお茶しているのが見えた。
気がつくと、僕は全裸で横たわっていた。
お茶していた悪魔は見当たらない。
身体を起こす。
顔は見えないけど、自分自身の身体は見える。
華奢な四肢。
つるぺたな身体。
美少女かどうかはわからないけど、僕はたしかに女の子になっていた。
鏡を見ると、たしかに女の子。
ディテールが不鮮明なので、眼鏡をかける。
近視が治ったりはしていないみたいだ。
ディテールがくっきりしてくると、思わずため息をつく。
美少女と呼ぶにふさわしい外見。
ロングの髪はつやつや。
つつましかな肢体。
美少女にやたらデカい乳をつけるようなヤツがいるけど、ああいうのは理解できない。
つつましやかな胸こそ理想。
「ふふん」
ちょっと嬉しい。
いや、相当嬉しい。
しげしげとあちこち見つめる。
恥ずかしい部分まで見放題。
いや、ちょっと待て。
見放題だけど、やることがあるだろう。
あたりを見回す。
間違いなく、僕が住んでいた六畳一間の安アパートの洗面台。
振り返ると、パソコンとテレビとゲーム機。
そして、シングルベッドでいっぱいの部屋。
あとは、こ汚いキッチン。
契約した悪魔はどこにもいない。
「おーい」
声に出すものの、返事はない。
しーんと静かだ。
「はい?」
いきなりトイレから声。
「ちょっとまってくださーい」
水を流す音。
悪魔がトイレから出てきた。
「あ、ちょっと水道借りますねー」
洗面台に割り込んで手を洗う。
「嬉しいのはわかりますけど、とりあえず、服着たらどうです?」
「あ、はい」
あらかじめ準備しておいた女の子用の服を着る。
下着を身に着け、憧れのワンピースを着る。
「はい、脱いでー」
「え?」
「女の子の下着って、こんな簡単なわけないじゃないですかー。知識不足です」
そう言って、鞄から謎の下着一式が出てきた。
そして、順番に着せられる。
その上で、改めてのワンピース。
「このくらい知っておいてくださいね」
そして、僕のスマホを勝手に取って、女の子の下着の着方というサイトをブックマーク。
「恥をかきますからね」
「はい……」
「では、これでお約束の望みをかなえた、ということでいいですかね」
「あ、戸籍の名前ってどうなってるの?」
「あなたのお名前は変えていませんよ。斉藤真琴という名前、まあ、女の子になっても違和感ないですしね」
「わかりました」
悪魔は笑顔で言った。
「はい、ではこれで契約成立。魂いただきますね」
「魂か……。死んだら持っていくんだよね」
「いいえ、今持っていきますよ?」
「え? じゃあ、僕はもう死ぬの?」
「いえ。そのくらいじゃ死にませんよ」
「どういうこと? 僕はあと、どれくらいこのままでいられるの?」
「かなりしばらく。と、いうか男になんか戻れませんよ。もう一回作り変えたら死んじゃいます」
「え、じゃあ、どういうこと?」
「あー、ちゃんと契約書読んでないですね。魂をいただいたからには、あなたは私の使い魔ですよ」
「使い魔?」
「はい。私のために、一生働いていただきます」
「は? 何で?」
「断れませんよ。私はもうすでに魂をもらってますから」
「はい。わかっています」
すらすらと口から言葉が出た。
当たり前のように。
信じられない言葉に、思わず手で口を押さえてしまった。
「はい、よくできました」
そういうことか……。
「何をさせられる……ことになるの?」
「うーん。とりあえずは、命令あるまでは、普通に暮らしててください。あー、何かエロいこと考えてますね」
「あ? いやいや」
心を読むなよー。
「真琴さんが望むなら、そういう仕事用意しますけど、あなた自己愛の塊みたいなものですからね。そんなことさせません。うちは、そんなブラックじゃないですよ」
使い魔にブラックとかホワイトとかあるのかよ。
「まあ、また指示をします。まずは普通に暮らせるようになってくださいね。ではではー」
ひらひらと手を振りながら、悪魔は宙空に消えた。
こうして、僕の女の子生活と使い魔生活が同時に始まった。
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