Episode.4 恋する魔法少女は王子様の国を護りたい!
第24話 リーザの親友はどっち?レストリアの村娘vs皇御国のお姫様
「ジーグラー陛下は、先日いただいたお茶を良い香りだとたいそう気に入られましてな。毒見の間が惜しいと、とうとうご自身で茶を点て始められました」
皇御国の首都、春蘭の皇宮では、聖皇への拝謁から下がったズワルト・コッホ大使が執務室で皇御国の外相と穏やかに会談を続けていた。
「過美を嫌い、清貧を尊ぶ。物静かで滅多に怒ることはないが、一たび激を発すれば国が滅びようとも敵を血に染めるまで決して矛を収めない」と国柄を評される皇御の国は、花鳥風月を愛する人々が清廉に日々を営んでいる。
ズワルト・コッホも、この国に対して一応は礼節を持って接していた。「親しみなど到底持てないが、強いて敵にしたくない」というのが両国の本音だった。
そんな、あぶなかっしい均衡をズワルト・コッホ大使も弁えており、皇御の国には常に謙虚な姿勢で国交の橋渡しをしていた。
「老いた身に茶の香りはこんなに気持ちの良いものかと申され、皇御の聖皇陛下へくれぐれも丁重に御礼を申し上げてくれとのことでございました」
「それは重畳。健康にも良いので楽しまれて下さい。ジーグラー陛下のお気に召す茶葉をいずれまた献上させていただきます」
「いやはや、お茶をせびっているようで恐縮です。実を申しますとこちらの大使館詰めになってから、私も皇御の茶を嗜むようになりまして。美味しいですなあ。ズワルト・コッホ帝国内にも是非広めたいところですが、ジーグラー陛下から貴公は外交から茶商に転向したかとお叱りを被りそうです」
不器用なお世辞と共に彼が笑ったので、皇御の外相も顔をほころばせ「でしたら私からジーグラー陛下へお口封じに飛び切りの茶葉を献上いたしましょう」と応じた。両国の雰囲気が少しでもなごむなら、皇室御用達の高級茶葉でも安いものだ。
だが、その笑いを消さぬままズワルト・コッホ大使は「おっと、うっかり重大な話を忘れるところだった」と切り出した。
「重大といっても別に貴国の国益を直接損なったりご迷惑を掛けることではありません」
「……と、申されますと?」
「レストリア」
大使の声には笑いの余韻が残っていたが、その眼はもう笑っていない。
「ズワルト・コッホ帝国は、一週間後を期して不法に国土を占拠し続けているレストリア王国へ宣戦布告いたします」
「……」
皇御国の外相は、相手に狼狽を悟られぬよう韜晦した表情でその言葉を聞いた。
類まれな魔法力と美貌から将来を期待されていたこの国の第一皇女、楓の君が魔法協会の認定と留学を突然蹴り、レストリア国境に逗留して十日が経とうとしている。
閣僚や軍の上層を除いて国内にこのことはまだ伏せられていた。国外へも公にされていない。
(それを知らずに発言しているのか、それとも……)
レストリアへの加担だと非難されてもおかしくはない。あれは楓の君の我儘で……と、説明しても強弁としか受け止められないだろう。
皇御国の外相は、内心冷や汗をかきながら固い口調で「ついに開戦されるのですか」とだけ応えた。
「はい、レストリア王国とは再三外交交渉を重ねましたが、彼等は我々が申し出た平和的な領土の返還や不法占拠の賠償の何れにも難色を示し、頑なにする拒絶ばかり。ズワルト・コッホ帝国から平和的な解決手段は尽きました」
戦争に至る原因はあくまでレストリアにあるという言い回しで、ズワルト・コッホ大使は大仰にため息をついた。
「無論、レストリア首都トルンペストに在する各国の大使館には銃火が及ばぬよう、帝国軍の将兵には厳しく命令が言い渡されております」
「……」
「ですが事は戦争です。何が起きるか分からない。無関係の貴国にご迷惑が及ばぬよう、レストリア在留の方には一刻も早く避難を促していただきたく思います」
「そうですか」
実はレストリアに在留している皇御人はもういない。もともと在留者も少なく、それも戦争の危機を察知した皇御国政府からの通達で大使館職員も含めて既に出国しているのだ。
ただひとり。国境近くに居る、やんごとなき御方を除いて……
「来週、全世界へ布告を発した際には、改めてこちらへ様々なご通達でお伺いする所存ですが」
ズワルト・コッホ大使はそこで、困ったような笑みを浮かべて言った。
「実はその……今日、皇居へ参内する途中で通園中らしい子供が道路を横断しておりましてな。馬車があやうく轢きそうになってしまいました」
「これはとんだ失礼を」
皇御国の外相は慌てて頭を下げた。如何なる国であっても、外交使の車列を妨げるなど本来あってはならぬことなのだ。彼は「保育園には厳しく注意を……」と控えていた外務次官へ振り返ったが、ズワルト・コッホ大使は無用とばかりに慌てて手を振った。
「よいのです。子供に悪意があった訳ではなし。それよりも……」
ズワルト・コッホ大使は、ぎこちない物言いでおずおずと告げた。
「ズワルト・コッホの馬は気性が荒うございまして、なかなか止まれないのです。また、同じ場面に遭遇したら今度こそ轢いてしまうかも知れない。馬車の前に子供を立たせるようなことがないようにお願いいたします。怪我をしたり生命を失うようなことがあってはいけない。もしそんなことになったら親がどれほど悲しむか……」
皇御国の外相はそこでハッとなった。ズワルト・コッホ大使館から皇御国皇居へ続く道に様々な施設こそあるが……保育園や幼稚園など存在しない。
ズワルト・コッホ大使を見ると、どうか含むところを察してくれと言わんばかりの面持ちで外相を覗き込んでいた。
「一週間後。私は同じ時間に皇居へ伺うでしょう」
「同じ時間……」
「ええ。時間を変更することは出来ません。分かりますね? その時に猛った馬の前に子供がいたらどうなるか。馬車の御者が悔いても、親が悲しんでも、取り返しはつかない……皇御の国の未来を担うお子様の生命を」
固い顔で頷く皇御国の外相へ、ズワルト・コッホ大使は懇願せんばかりに繰り返した。
「安全な場所へお願いいたします。事故が起きないうちに……」
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「事故が起きないうちに皇御の国へさっさとお帰りになったら?」
「ご挨拶ですわね。大親友リーザロッテさんを捨ててこの私に皇御の国へ戻れと?」
一方、こちらは外交のやり取りではなく、ただの子供の喧嘩だった。
リーザロッテ・ハウスの前で、活発そうな八歳の少女と十二単のお姫様が噛みつきあいそうな距離で顔を突き合わせて罵り合っている。
「貴女がいなくてもレストリアで最初に友達になったこのペルティニがリーザロッテを助けてあげるからご心配なく!」
ぐぬぬ……という顔で睨んだ楓は、すぐにドヤ顔のペルティニへ反撃に転じた。
「ああら、でしたら国境の向こうで牙を剥いてるズワルト・コッホ軍を貴女が御止めになれまして?」
ぐぎぎ……と歯ぎしりしたペルティニは、見下したように嘲笑う楓を睨み返す。
「ね、ねえ。二人ともなんで喧嘩するの? 仲良くしようよ」
オロオロするリーザロッテをキッと振り返って二人は同時に叫んだ。
「「リーザロッテ(さん)は黙ってて!」」
皇御の国からケネスリードへ留学するはずだった楓が出奔してまもなく一週間になろうとしている。
レストリアへの滞在を勝手に決めた楓は、リーザロッテ・ハウスから少し離れた場所に魔法で家を建てた。
そして、毎日のようにリーザロッテにくっついてトロワ・ポルムで行商を始めていたのだった。
そうは言っても世間の辛酸を舐めたことがないお姫様である。いきなり商売など上手くゆかないだろう……そう思ったリーザロッテは「いろいろ面倒みてあげなきゃ」と思っていたが、そんな必要などまったくなかった。……と言うより、誰かさんのようにプラカードを持って突然叫んだり大道芸を始めたりしたのが、そもそも間違っていたのである。
誰に対しても謙虚でにこやかに接する楓は、「リーザロッテの大親友」と名乗ったこともあってすぐに村へ馴染むことが出来たのだった。
彼女が「拙いものですが」と取り揃えた手作り商品も、竹の装飾具や美しい端切れ、竹に詰めたお弁当など珍しいものばかり。村人には好評だった。
しかし一人だけ……「リーザロッテの大親友」という言葉にカチンときた者がいる。
それが、村で最初にリーザロッテと友達になった子、ペルティニだった。
リーザロッテとは変身ゴリラや想い人の秘密も共有している。川で溺れかけた自分を助けてくれた恩義もあった。だからこそ、村と彼女との和解の使者になった。レストリア・ワルツを教えたりとあれこれ世話も焼いた。
自分は魔法少女リーザロッテの特別な親友だと、自負しているペルティニからしてみれば、楓の存在は「自分からリーザロッテを奪おうとしている悪役令嬢」以外の何者でもなかった。
「どこの何様か知らないけど、リーザロッテの親友なんて勝手に名乗らないでちょうだい! それは私なんだから!」
「は? どこのどなたか存じませんが何を仰っていらっしゃるのやら」
売り言葉に買い言葉。
かくして、おませな八歳の村の子と、会う前から親友気取りだった皇御国のお姫様は「どっちがリーザロッテの一番の友達か」を巡って激しい火花を散らすことになったのだった。
「ああもう、どうしてこうなっちゃうのよう……」
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