第23話 三人とも正座しろ!ブチ切れプッティの説教タイム!

 楓とプッティの乗った魔法陣は再び瞬間移動し、国境の森の中に現れた。

 そこではレストリア軍の兵士達がトーチカを作ったり塹壕を掘っていた。

 彼等の中に混じってレディルもシャベルを手に、懸命に土を掘り返しているはずだった。


「レストリア軍の皆様、お忙しいところ失礼いたします」


 突然現れた十二単の魔法少女に兵士達は驚いて「誰!?」と、作業の手を止める。

 自分を取り巻いた兵士達を前に、楓は裾を摘まんで「お仕事ご苦労様です。私は皇御(すめらぎ)の国の第一皇女、皇御楓すめらぎ かえでと申します」と、丁寧に挨拶した。


「ひえっ、皇御の国のお姫様が突然……!」

「どどど、どうしてこんなところに?」

「ほえー、ウチのカカァとは同じ女性だなんて思えねぇ。世の中にゃ、こんな綺麗な方がいるんだなぁ……」


 わいわい騒ぐ兵士達を下士官が「高貴な方なるぞ、口を慎め!」と一喝した。

 「整列! 気を付けぇ!」と号令されたレストリア国境守備隊は慌てて列を作り、直立不動になった。


「隊長様、お忙しいところへ手をお止めして申し訳ありません。ルーベンスディルファー・フォル・レストリア殿下はこちらにいらっしゃいませんか?」

「はい、いらっしゃいますよ。……殿下、失礼いたします! ルーベンスディルファー特務少尉、二歩前へ!」


 整列した兵士達の中から汚れた野戦服姿のレディルが進み出た。


「まあまあ。レディル様、お久しゅうございます。楓にございます」

「お久しぶりです、楓さん。それにしても突然どうしたんです?」


 親密と云うほどではなかったが二人はお互いに面識があった。レディルの兄であるニコラが国王の戴冠式を執り行った際に、楓は皇御国聖皇の名代として参列していたのだ。 

 その皇女が何故こんな場所に……ただならぬ事態が? と、思ったレディルの前にプッティが飛び出した。


「あれ? プッティじゃないか」

「王子様、すまねえ。実はリーザロッテが家から出て行っちゃったんだ」

「何だって!」


 周囲にいた兵士達が再びざわめく。


「リーザロッテって……村祭りで皿回ししたあの魔法少女か?」

「面白い子だったな。最後はでろんでろんに溶けた顔でレディル殿下とレストリア・ワルツを踊ってたし」

「家出って……何かあったのか」


 家出というのは語弊があったが、兵士達を統率していた将校が「殿下、とりあえず楓様と一緒に行かれましては」と促した。


「でも、ズワルト・コッホ軍と対峙している今、軍務を離れる訳には……」

「ああ、そのことでしたら大丈夫ですわ」


 ズワルト・コッホ軍の周章狼狽振りを思い出してフフンと笑った楓は、得意気な顔でレストリア軍の兵士達を見回した。


「皆様、ここしばらくズワルト・コッホ軍の侵攻はございません。おいたを控えるよう、私がちょっとばかり魔法を掛けて参りました。安心して軍務に励まれて下さい」


 兵士達から思わず「おお!」と云うどよめきが上がる。

 「本当ですか!」という声に「はい。私、レストリアでしばらく人質になります。リーザロッテさんがいらっしゃいますもの。私の目が黒いうちは勝手に戦争なんてさせませんわ!」と、自称「大親友」は胸を張った。

 兵士達は「わあっ!」と喝采し、レディルも思わず「本当ですか! 助かった……」と、胸を撫で下ろした。

 それにしても小心で不器用な魔法少女の善行が一国の皇女の心を打ち、開戦の危機に釘を刺すなんて、一体誰が想像しただろう。


「楓さん、ありがとうございます! 僕、なんとお礼を申し上げたらいいか……」

「あら、お礼ならリーザロッテさんへ申し上げて下さいな。そういう訳で皆さん、すみませんがレディル様をお借りいたしますね」

「殿下、行かれて下さい。何はともあれレストリアの恩人です。早く連れ戻した方がよいでしょう」

「王子様ゴメンな、トンでもねえ迷惑かけちゃって……」

「プッティ、今さら水臭いこと言うなよ。迷惑だなんて思ってないし。じゃあ行ってきます!」


 レディルと楓、それにプッティが魔法陣に乗って消え始めると、レストリア軍の兵士達は皆、手を振り、笑顔で見送った。



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



 一方、渦中の魔法少女リーザロッテはその頃どうしていたかというと……死にかけていた。


 そこは荒野のど真ん中だった。

 レストリアから魔法協会のあるケネスリードへと続く線路のそばで彼女はぐんにゃりとへたり込んでいる。

 一体どうしたのかというと……


「くおぉ~ぐぎゅるるるるるぅ~」


 ああまたかと言うべきか、やっぱりというべきか、空腹である。

 所持金や道中の食糧など考えもなしに飛び出し、「線路沿いに歩いていけばケネスリードへ行けるだろう」なんて安易に考えていていたものだから、結局こうなってしまったのだった。


「死ぬ前にパイが食べたかった。甘酸っぱいサクランボのパイをお腹いっぱい……」


 今際の際の情けないセリフも物語の冒頭とまったく変わっていない。もっとも、今度はプッティがいないのでツッコみすらなかった。

 性懲りもなくまた行き倒れて意識朦朧としているリーザロッテの視界に、そのとき魔法陣がゆらゆらと現われた。

 小さな魔法人形と汚れた軍服姿の少年、見知らぬ和服姿の少女がわらわらと降りて駆け寄って来る。


「きっとあの世からの迎えだわ。私を天国へ連れて行ってくれる素敵な王子さまもいる。ああ、よく見たらレディル様そっくり……」

「本人だよ!」


 抱き起こしたリーザロッテのお腹から鳴った「きゅるきゅる……」という情けない音まで、初めての出会った時とまったく同じだった。


「ええっ、またお腹が空いてて倒れてたの? しまった、食べ物がない!」


 急な依頼で探索行に加わったレディルは何も持っていなかった。傍らから楓が「取り敢えずこれを!」と、懐紙に包まれた羊羹とお茶の入った竹筒を差し出す。


「リーザロッテさん! ほら……」


 今にも死にそうな顔でグッタリしていたリーザロッテだったが、抱きかかえたレディルから鼻先に差し出された羊羹を見るや……突然「くわっ」と、口を開いて羊羹にかぶりついた!

 驚愕する一同の前でガツガツムシャムシャ頬張り、そのまま「んぐんぐ」と飲み込んでしまう。それも一棹まるごと……その奇怪な食べっぷりはヘビの丸呑みそっくりだった。


「リーザさん、生き返った……」

「なんて凄まじいお食事……これが、これがリーザロッテさんですのね!」

「そこ感動するとこじゃないから!」


 竹筒のお茶を、これまた「グビグビ」と、ビールみたいに豪快に飲み干して「ぷはーーっ!」と息を吐く。袖で口元を「ぷひゅう」と拭いたリーザロッテは、そこでやっと人心地がついて三人を見回した。

 探しにゆくはずだったお供の人形と想い人の王子様、それと見知らぬ和服姿の少女……。

 「貴女は誰?」と、口を開いたリーザロッテの脳天に次の瞬間、お馴染みプッティの薪ざっぽが炸裂した


ボカチーーーン! という打撲音と「いったぁぁぁぁーーい!」という悲鳴が荒野に響く。


「何すんのよ! ぷげげーっ、頭にでっかいタンコブがぁぁ……おお、痛い痛い……」

「リーザロッテ! てんめぇぇぇ、今日という今日は痛みも感じねえくらい薪ざっぽの味を堪能させてやる!」


 いい子で待ってろって書置きしてたのに無視して飛び出しやがって……と、凄んだ魔法人形はリーザロッテのお供と云うより彼女を地獄へ導く修羅と化していた!


「てめえを心配してここにおわすはレストリアの王子様と皇御の国のお姫様だぞ! ここまで大大大迷惑を掛けさせたからにゃ……おう、おめぇ覚悟出来てるよなぁ!」


 ケジメをつけさせようとするヤクザみたいな文句と共に魔法人形が近づいて来る。ゴゴゴゴゴ! という擬音まで聞こえてきそうな大迫力。手にはいわずと知れた薪ざっぽ……。

 リーザロッテはガタガタ震えながら「ひぃぃぃ!」とレディルに縋りついた。


(レディル殿下がいれば少しは大人しくしてくれると思っていたのに!)


 当ての外れた楓は真っ青になってプッティの前に身を投げ出した。


「プッティさん、プッティさん、どうかお鎮まり下さいまし! リーザロッテさんは貴女を心配して後を追わずにいられなかったのです。どうかそのお心に免じて!」

「いーや、コイツをいっぺんブッコロしてやんないとあたいの気が済まねえんだ。お姫様、どいてくれ。」

「ど、どきません!」


 レディルもリーザロッテを背後に庇って懸命に「プッティ、落ち着いて!」と宥めにかかる。


「王子様もどいてくれ。あたいが魔法協会でどんな目に遭ったかも知らねえで、この腐れノータリン……ぜったいに許せねえ!」

「僕、何があったか全然わかんないけどリーザロッテさんは君の大事なご主人様だろ?  酷いことしちゃダメだよ!」

「なあに、一度や二度コロしたくらいじゃコイツ死なねえよ」

「死んじゃうよ!」


 レディルと楓は顔を見合わせ、震え上がった。


「目、目が据わってる……これは本気の目だ。リーザさん、どうしよう……」

「レディル様、助けて! わたしコロされちゃう!」

「プッティさん、楓の一生のお願いですから堪えて下さいまし! リーザロッテさんが哀れと思わないのですか? 仮にもご主人様なんですから!」

「そ、そうだよプッティ! リーザロッテさんは何も悪いことなんかしちゃいな……」


 リーザロッテを庇いながら説得するレディルと必死に懇願する楓を前に――


「じゃあ何かい! あたいが悪いとでも言うのかい!」


 ヘソを曲げた魔法少女のお供人形は、とうとう逆ギレ大爆発してしまった!


 傍らの線路をガァンと薪ざっぽでブン殴り、プッティは「リーザロッテの為にあたいがどんな目に遭ったか分かって言ってンのか! お前らはよぉぉぉーー!」と雄叫びを上げる。

 レディルと楓は小さくなって「悪くないです! よくわかんないけど悪いのは僕らです!」「お許しくださいまし! リーザロッテさんを哀れに思うばかりでプッティさんのお気持ちを考えておりませんでした!」と平身低頭した。


「おい、てめえら! そんなにこのスットコドッコイを庇いたいんか!」

「いえその、そういうことではないのです。リーザロッテさんはプッティさんをただただ心配されて……」

「言い訳すんな!」

「はいっ! お許しくださいまし!」


 相手が一国の王子様やお姫様だろうと傍若無人の魔法人形には関係なく、もはや何を言っても火に油。

 怒髪天を衝かんばかりのプッティから「てめーら、そこに並んで座れ」と告げられ、主人であるはずの魔法少女、レストリア王国の第三王子、皇御国の第一皇女は、しおしおと並んで正座するしかなかった。


「あああ、二人ともごめんなさい。プッティがこんなになっちゃうなんて……」


 あやまるリーザロッテの脳天に「一番の元凶は手前だろうがぁぁ!」と薪ざっぽが炸裂する。

 「ぐぇあ!」と、ブッ倒れたリーザロッテを介抱しようとオロオロする楓にも、プッティから「一国のお姫様ともあろう者がオタオタすんな!」と怒号が飛ぶ。


「そもそもだ、考えもなしに突っ走るおバカがいれば、その前に殴ってでも止めるのが友情って奴じゃねえのか! 違うか、ええ? しっかりしろ大親友!」

「は、はい! おっしゃる通りでございます!」


 止めろと言っても、まだ知り合ってもいない相手を一体どう止めろというのか……


 「どうして僕まで……」と嘆くレディルにもプッティから容赦ないとばっちりが降りかかる。


「こういうハネっ返りがレストリアからバカなことをしでかさないように目を光らせておかないと駄目だろうが! それも国際情勢がこんな緊張してる時に! 先王のトーチャンが天国で泣くぞ、しっかりしろ王子様!」

「は、はい! おっしゃる通りでございます!」


 先代の王が全国民を監視していた訳でもあるまいし、無茶苦茶である。

 楓もレディルも反論しようと思うなら幾らでも出来るのだが、吼え猛るプッティが恐ろしくて何も言い返せない。


「うう……もうこうなったら……」


 ムクリと身を起こしたリーザロッテが胸もとのペンダントを握りしめた。そこには星石が七色の美しい輝きを放っている。荒れ狂うお供の狂乱を止めるにはもう、あの巨大ゴリラに変身するしかない!


「星石魔法! 召……」


 そう思って星石を宙に投げようとするリーザロッテの手を楓が慌てて抑えた。


「いけません!」

「なんで?」

「プッティさんは貴女の誇りを守るために戦われたのです。リーザロッテをバカにするな! と、魔法協会の侮辱に一人で立ち向かわれて……」

「そ、そうだったの……」


 あたいのリーザをバカにするなと叫んで勇敢に……と、話す楓の目には涙が浮かんでいた。

 話を聞くリーザロッテも、普通なら「そんなにも自分を……」と思わずホロリとなるところだった。

 しかし、それなら何故、その当人からかくも怒号を浴び、撲殺されかかっているのか。それも王族二人を巻き込んで。


 「こんなの絶対おかしいよ!」と、叫びそうなリーザロッテを引き留めた楓は「我慢するのです! ここはプッティさんの怒りが鎮まるまで堪えてくださいまし!」と小声でささやく。


 忍んでくれと懇願されては変身出来ず、ついにあの巨大ゴリラも出る幕がなかった。


「どうしてこんなことに……」


 結局、三人はひたすら畏まるしかなかった。

 怒りの収まらぬプッティは、薪ざっぽを後ろ手に「だいたい、てめーらはタルんでる!」と偉そうにお説教を始めた。

 逆ギレ人形が繰り広げる修羅場は、まだ当分収まりそうにない。


「うう、頭が……タンコブが痛いよぅ……」

「どうしましょう。私、足が痺れて参りました……」

「なんで僕までこんな目に……」


 とんだ災難に三者三様泣き言をコボさずにはいられなかったが、そこへ容赦なく「おい、何をコソコソしている!」と激しい叱責が飛び、薪ざっぽでブン殴られた線路がガァン! と鳴った。


「「「はいっ、ゴメンなさい!」」」


 途端に三人はシャキッと姿勢を正して声を合わせる。

 そして、こっそり顔を見合わると、誰からともなく「とほほ……」と、ため息をついたのだった……

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