第16話 村のために働く魔法少女の大奮戦!

 そうはいってもリーザロッテの低級魔法を使ったよろず仕事では、僅かな賃金しかもらえなかった。

 それはトロワ・ポルムの村人が吝嗇なのではなく、村全体が貧しいせいだった。そんな訳で汽車賃はほんの少しづつしか貯まらない。

 それでも……貧しいながらリーザロッテの生活は充実していた。流浪の日々は気まぐれ風まかせだったが、地に足の着いた今はそれよりもっと楽しかった。


「あ、リザ姉だ!」

「リーザ姉ちゃん、遊ぼうよ!」


 よろず仕事を頼まれに村へ顔を出すたび、子供達が歓声を上げて寄り付いてくる。もうこれだけでリーザロッテは嬉しくてたまらなかった。「お仕事の後でね」と村を歩けば、カルガモの行列よろしく彼女の後に子供達が一列になってぞろぞろとついて来る。

 頼まれる仕事もリーザロッテに大したことが出来る筈もなく、お裁縫を頼まれたり雑貨を作ったりといった程度のものだった。魔法を使った仕事も、ぐずる赤子を眠らせてあげたり、風邪をひいた人へ早く治る様におまじないをかけてあげたりするくらい。

 そんな仕事でも役には立つもので、今では村人達ともすっかり顔馴染みになった。

 そればかりでなく「昨晩、シチューを作ったから少し持っておゆきよ」とお裾分けをもらったり、「リーザロッテ聞いとくれよ! 昨晩、ウチの宿六がさぁ……」と夫婦喧嘩の愚痴話を聞かされたり。中には「よかったらウチのバカ息子の嫁にならないかい?」と、要らぬお節介を焼く主婦まで現れた。


「駄目よオバちゃん。リーザロッテはレディル王子様のコイビトになりたいんだから!」


 村で最初の友達になったことが自慢のペルティニがおませに口を挟む。


「そ、それ、あんまり大きな声で言わないで……」


 まだ小さなペルティニをリーザロッテがオロオロして止める様子がおかしくて、村人達はつい噴き出したりニヤニヤ笑ったりした。

 そんなトロワ・ポルムも収穫の季節が近づいてきていた。貧しい小さな村もいま、活気づいている。

 懸念もあった。


「リーザロッテ、田畑に雨を降らせることは出来ないかね?」


 ある日、村のまとめ役が困り顔で相談してきたので「村長さん、どうしたんですか?」と聞いてみると、麦の稲穂が萎れかかっているという。

 そういえばここのところ、ずっと雨が降っていない。


「雨を呼ぶ魔法ならお婆ちゃんから昔教わったけど……今までやったことないし。うーん」

「川から水を汲んでは撒いているが焼け石に水でなあ。なんとか降らせてくれんか。このままだとせっかく青んだ麦が立ち枯れてしまうかもしれんのだ」

「わかりました。このリーザロッテにドーンとお任せあれ!」


 そうは言ったものの、必ず雨を降らせる確証などあるはずがない。

 それでもリーザロッテは、雨乞いの呪文を唱えながら杖を掲げ、空に向かって「雨よ降れー、降れぇ、降るのだぁ」と言いながら畑から畑へ歩いて回った。傍目には魔女が麦畑で怪しげに踊っているようにしか見えないがやってる本人は大真面目である。その後を村の子供達が真似して踊りながら続く。

 魔法をかけた後の晴天の空には……やっぱり何も変化もなかった。

 やっぱり駄目だったか……と、みんなはガッカリしたが翌々日空が曇り、三日目にとうとう待望の雨が降った!


「三日も経った後の雨とはビミョーだなぁ。自然に降った気が……」


 リーザロッテは雨空を見上げ、ムムムという顔になった。

 それでも雨が上がって村に訪れると「リーザロッテ、ありがとう!」と人々に感謝されたが……


「いや、これって私のお陰じゃないように思うんだけど……」

「でもちゃんと雨は降ったじゃないか! 麦が息を吹き返したよ!」


 結果良ければすべて良し! とばかりに笑う人々に囲まれてリーザロッテも「ま、いいか」と、ようやく笑った。

 そんなところへ今度は「麦穂を食い荒らす害虫が大量に湧いちまった。なんとかしてくれ!」と新たな相談が舞い込んだ。


「今度は害虫退治か。よーし、今度こそこのリーザロッテ様にお任せあれ!」


 勇躍畑へ向かってみると、水たまりから湧いたらしい羽虫の大群が煙のように稲穂の海の上に群がっている。


「ひれ伏せ害虫ども! 魔法少女リーザロッテ見参!」


 頼られて調子に乗ったリーザロッテは格好よく啖呵を切ると、虫除けの呪文を唱え始めた。


害虫忌避!ペスト・コントロール 雲散霧消!クラウド・アンド・フォッグ


 曲がりくねった木で作った魔法の杖をかざすと銀色の殺虫粉末がサラサラと風に乗って飛んだ。

 すると、羽虫の群れは慌てて逃げ散ってゆく。

 オオ! と、どよめく村人を横目にリーザロッテは「見たか! へっへーん」と得意気に鼻をうごめかしたが……勝利は束の間だった。

 逃げ散った羽虫の群れはブンブン怒りの羽音を立てながら虚空の一ヶ所に集結すると、今度はリーザロッテへ向かって一斉に襲い掛かって来たのである!

 予想外の逆襲にリーザロッテは魔法の杖も放り出し、「ひぃーーっ!」と悲鳴をあげて一目散に逃げ出した。


「たたたた助けてぇーーー!」


 その後を待てとばかりに羽虫の大群が追いかけてゆく。

 村人達はリーザロッテに悪いと思いながらも、その滑稽な追いかけっこにゲラゲラ笑い転げてしまった。

 こんなていたらくでリーザロッテは駆除には失敗したものの、結果として麦畑から害虫はいなくなった。

 やがて。

 季節は巡り、トロワ・ポルムに豊かな大地の恵みがもたらされた。果実はたわわに実り、米や麦の稲穂は重く垂れ、丁寧に刈り取られた。それらは早速村人の生活を潤す糧となり、備蓄となり、あるいは交易を経てお金になった。

 村人達の顔は誰も明るい。今年は例年にないほどの豊作だったのだ。功労者であるリーザロッテにも充分な謝礼が支払われ……


「プッティ、クレンメルタまでの汽車賃が一人分貯まったよ!」

「目標の半分を達成だ! よくやったぞ!」


 二人はハイタッチして喜びを分かち合った。

 こうして収穫が無事に終わり、しばらく経った頃……リーザロッテとプッティの許に村から招待状が届けられた。


「トロワ・ポルム収穫祭?」


 年に一度のお祭りが今夜から催されるのだという。

 リーザロッテは今まで旅の道中に祭事を見たことはあったが参加したことはなかった。自分が忌避されていることを知っていたから、いつも遠目に見るしかなかったのだ。人々が着飾って酒を酌み、ご馳走に舌鼓を打ち、夜を徹して踊り明かす。子供達にはお菓子がしこたま振舞われ、村の外から交易に来た者や通りすがりの旅人も無礼講でもてなされる。

 しかし、そこに自分が混ざれることはなく。

 本当はあの楽しい輪の中に加わりたい……ずっとそう思って寂しさを噛みしめていたお祭りに招待されたリーザロッテの喜びたるや思うべし。


「わ、わたし、お祭りなんて初めて……!」

「おお、見ろよ! “リーザロッテ様のご参加を村中楽しみにお待ちしております。素敵なサプライズもご用意しております!”って書いてあるぜ」

「ヒャッハーー!」


 リーザロッテはもう、飛び上がらんばかりのはしゃぎようだったが、着飾ろうにも着た切りスズメの彼女は普段着一着しか持っていない。

 急いでお祭り用のドレスをこしらえなきゃ! と、家の中でドタバタしている中、ドアがコンコンと鳴った。


「こんちは、リーザロッテ。迎えに来たわよ」

「あっ、ペルティニ。ちょっと待ってて! わたし、支度がまだ……」

「そんなの要らないよ! 早く連れて来いって言われて私、来たんだから。さあ行こっ」


 呼びに来た笑顔のペルティニから強引に手を曳かれ、リーザロッテはあれよあれよという間にトロワ・ポルムへと拉致されてしまった。


「お、今年の功労者のご到着だ!」

「魔法少女リーザロッテ、ばんざぁい!」

「リーザぁぁ待ってたぞ、ほれ一杯いきな。おめーのお陰で出来たビールだぁ」


 村の男達は既に一杯引っ掛けているらしく、姿を現したリーザロッテへ向かって酒臭い息を吐きながら歓声をあげた。

 もちろん未成年のリーザロッテにお酒が飲めるはずがない。一人の主婦が笑いながら、目を白黒させている彼女へ果汁を淹れた杯を酒のように装って持たせてくれた。


「いただきます……」


 おずおずと杯を干したリーザロッテに向かって、ふたたび歓声があがる。


「かくも素晴らしき実りを我等にもたらした魔法少女に乾杯!」

「乾杯!」


 杯を空けた男達が笑いながらリーザロッテの肩や背中をバシバシ叩く。中にはリーザロッテに「ありがとよーお」と抱き着いて、奥さんには張り倒されるお調子者もいた。人々は笑い転げ、リーザロッテも照れ笑いした。


(嬉しい……)


 初めて訪れた時には疫病神のように避けられていた自分が、今は村の輪の中に溶け込んで一緒に笑っている。嬉しいのに何故か涙が出そうになってしまった。レディルに「優しい魔法少女」と言われた時のように……

 こんな毎日がずっと続いて欲しいとリーザロッテは思った。


 いつまでも、ずっとこのままで……

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