Episode.3 恋のダンスステップとプッティの逆ギレ説教

第15話 目指せ公認魔女!……とりあえず汽車賃を稼げ

「橋を……架けたそうだな」


 謁見の最後に暗がりの奥から掛けられた声は穏やかだった。

 そこに非難するような響きは少しもなかったが、ルルーリアは自分の心臓を掴まれたような気がした。

 声の主が痩せ萎びた老人であることを彼女は知っている。

 だが、彼が眉をそばだてるだけで睨まれた者をその権力で闇へと連れ去ることが出来ることも知っていた。それがどれほど武勲を立てた将軍、有能な官僚、血縁者であっても。

 そしておそらくは魔法少女であっても。

 その冷酷さで彼は人々を傅かせ、いま世界に冠たる国家に君臨している。

 ズワルト・コッホ帝国第八七代皇帝、ズワルト・ゼルトバッハ・ジーグラー。


「仰せの通りでございます、陛下。レストリア国境の近くの川に」

「……」


 無言が恐ろしく、ルルーリアは必死に己の行為を正当化する言葉を探した。暗がりからその目は見えなかったが、炯炯たる鋭い眼差しが自分をじっと見つめているであろうことは疑いもなかった。


「そ、その橋がいずれズワルト・コッホ軍が侵攻する際、渡河にも役立つことなど気づかず、近隣の村人は喜んでおりましたわ」

「……そうか」


 安堵したルルーリアは「では……」とドレスの裾を摘まんで一礼すると退出した。


「……魔法を使う者は、いつまで帝国の走狗を装うつもりかの」


 背後の独り言に思わず足を止めそうになったが、彼女は聞こえなかったように取り繕って謁見の間から足早に出た。

 出ると同時に足が震えて立てなくなった。

 魔法協会から派遣されたルルーリアはズワルト・コッホの国交に力添えする立場にいる。

 それは、世界中に存在する数少ない魔法使いを統括する「魔法協会」が、この大国へご機嫌を取り結ぶ一方、影響力を持つことで政治的な地位を保つ為だった。

 だが、ズワルト・コッホはそのような協会の思惑などまるで意に介していなかった。擦り寄ってきた者が役に立つからせいぜい使ってやっているという扱い。先日破談したレストリアとの会談も、彼女の意見を容れたというより自国の覇権主義を諸外国へ誇示するのに利用したに過ぎなかった。


(どんなに媚びへつらおうが魔法使いの立場や地位など斟酌しない。協力する気がなくなればいつでもその仮面を捨てるがいい……ジーグラー陛下はそう言われたのだ)


 協会本部へ報告する為の魔法球を宙に浮べながらルルーリアは唇を固く結んだ。

 そうなった時、彼女はズワルト・コッホにへつらい続けるつもりなどなかった。想い人を救う慈悲をこの国が恵んでくれぬなら彼女は決めていた……この非情の帝国を裏切ることを。その時のための魔法少女なりの密計も背中に密かに隠し持っている。

 それでも……

 ルルーリアは不安でならなかった。彼女はこの世界でも有数の魔法使いだったが、自分以外に信じるべき寄る辺を持たなかったのだ。

 巨大で酷薄な国家を相手に謀り、自分一人で立ち回ることが出来るだろうか。

 そしてもう一つの懸念……自分がこの国を見限るのと同じように、彼等もいつか魔法使いを見限り、粛清するつもりでいるのではないか。そんな気がしてならなかった。


(いつまで帝国の走狗を装うつもりかの)


 身体の震えは止まらない。あの老人の独白がルルーリアの中で何度もこだまする。

 彼はもう何もかも知って、待っているのではないだろうか。

 レストリアがどのようにあがこうと、自分が裏切ろうと……すべての可能性を自分の手のひらに乗せ、応じる術もすべて整えてあって、ただ何も言わないだけで。

 もしかしたら……



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



「もしかしたら……なんてノンキに夢見てばかりじゃいつまで経っても王子様からフォーリンラブされねえぞ!」


 リーザロッテ・ハウスの中で、魔法人形のプッティが後ろ手に薪ざっぽを持って右に左に歩き回りながら、巨大ゴリラよろしく説教を一席ぶっていた。

 一応主人のはずのリーザロッテは、何故か正座させられている。


「まずは問う。そもそもこの国に住もうとお前が決心した理由はなんだ!」

「レストリア王国第三王子、レーベンスディルファー殿下に……ひ、一目惚れしちゃったからです」

「うむ、ヘタレな底辺魔法少女にしては目が高い。身も心も凛々しきあれほどの王子、世界中どこを探してもなかなかいまい」


 お供の分際で何様なんだか。


「だが、こんな調子では恋はいつまで経っても進展しねえぞ!」

「そりゃ、身分が違うもの。仕方ないよ。でも好きでいるくらいは別にいいじゃない」

「ぶぁかものぉぉぉー!」


 後ろ手に持った薪ざっぽでプッティがテーブルをダァン! とブッ叩いたので飛び上がったリーザロッテは「ひぃッ! 何だか知らないけどとりあえずゴメンなさい!」と謝った。


「訳もわからず謝るな! おいリーザロッテ。お・ま・え・は、王子様の言葉をちゃんと聞いてたのか!」

「は、はい」

「はい、じゃねえだろ。“人の生命に貴賤などつけてはならない”って言ってたんだ。だからあん時も高慢ちき魔法少女のあのアマに本気で怒ったんだろが! それもお前のために!」

「……ソウデシタ」

「王子様は身分で人を見ない立派なお方だ! それを『仕方ない』だのネボけたことホザくな!」

「はい、おっしゃる通りでゴザイマス……」

「ったく、世話の焼ける小娘だ」


 顎を上げたプッティは震え上がるリーザロッテを横目にペッと吐き捨てた。さながら新兵をシゴいている鬼軍曹である。


「そんな王子様は幸いまだ童貞だ。今、誰かと恋仲になっている様子はない先着一名様状態! しかも先日はお前のやったことを知って泣いてくれた。今だ、今が攻め時! このチャンスを逃してお前に明日はない!」

「プ、プッティ落ち着いて。私、あの日はそんなつもりじゃ……」

「黙って聞けーい!」


 薪ざっぽがテーブルの上で再びダァンと鳴る。またもや飛び上がったリーザロッテは「ひゃいっ!」と姿勢を正した。


「唯一にして最大のライバルはあの腐れ魔法少女、ルルーリアだ。そこでまず彼奴とお前との戦力差を比較してみた」


 戦力とは一体……あっけに取られているリーザロッテの前にプッティは一枚の紙切れを置いた。


「何これ? 顔、身長、性格、魔法力、おっぱい、色気、知名度……」


 当然ながらほとんどの項目はルルーリアの方に〇がついており、リーザロッテは×となっている。

 ちなみに性格はどっちも×で、ルルーリアには「高慢ちき」、リーザロッテには「ヘタレ」とご丁寧に注釈までついている。リーザロッテは注釈通りの情けない顔になった。


「ううっ、こうしてみると絶望的な格差がまざまざと……せめて、おっぱいで勝てればワンチャン……」

「あるかってんだアフォンダラァ!」


 間髪入れず、薪ざっぽがうなりを上げる。

 リーザロッテのヘタレ発言やボケた後のボカチーーン!という殴打音と「いったぁぁぁぁーーい!」という悲鳴は、もはや定番化しつつあった。


「何すんのよ! ぷげげーっ、頭にでっかいタンコブがぁぁ……おお、痛い痛い……」

「痛いのは生きてる証拠だ! だが、そんなヘタレ人のお前でも、奴に勝っているところがある」

「えっ、どこ? どこですか! 先生、教えて下さいッ!」

「まず、お前の方があのアマより好意を持たれていることだ」


 たちまちリーザロッテは「そ、そうかな……デヘヘヘェ~」と、だらしない顔でデローンと蕩けてしまった。


「ニヤついてんじゃねえ。そして奴になくてお前にあるもの、それは例の特殊魔法だ! あれこそ究極の最終兵器。ゴリラ最強!」

「うう……そっちは全然嬉しくない」

「贅沢言うな! ま、今後も正体がバレないよう気をつけないとな……」


 複雑な顔のリーザロッテなど意にも介さず、ゴリラのように頭を掻きながらウホホッとおどけたプッティは真顔に戻ると「もっと危機感を持て! グイグイ行け!」と、煽る。


「もしお前が試合から降りてあの二人が将来結婚することになってもいいのか? ほーれ、真っ白なタキシードを着た王子様の元へウェディングドレスを着たあの女がバージンロードを歩く姿を想像してみ?」

「いやーーーーーーっ!」


 顔面蒼白になったリーザロッテが絶叫する。


「で、でも私どうすればいいの? 偶然でもなきゃ出逢える機会なんてないのに」

「うむ、奴とお前との決定的な差はそこだ」


 プッティ曰く、レディルは王族なのでレストリア首都の王城や外交の場にいる。もちろんそんなところに一般人は立ち入れない。

 一方、ルルーリアは公的な職務を持った高位な魔法少女なので、自分の立場を利用して彼と会う機会が作れる。


「そこで、お前を奴と同じ土俵に立たせる。要するに『魔法協会』にお前を認定させることにした」

「ええええええええっ!?」

「公認されれば世界中に名前が知られるし協会から国際的な仕事も斡旋される。レストリア宮廷もフリーパス。これで愛しの王子様にだって迫れる。どうよ! どう思うよ!」

「……どうかと思う」


 ささやかな収入で細々生活している底辺魔法少女が国際的な舞台へ躍り出る……リーザロッテは卒倒しそうになった。宮廷作法など皆目知らないし、ドレスも装飾具も持っていない。魔法レベルに至ってはお寒い限りのこんな自分がどうやって!

 だが、プッティの言うことももっともだった。レディルとは何とかお近づきになりたいものの、今のままでは出逢う切っ掛けすら掴めない。


「魔法協会ってどこにあるのかしら」

「登録とか審査とか認定は協会本部のあるケネスリード合衆国の首都、クレンメルタでやってる」


 プッティはトロワ・ポルムで拾った新聞を読み漁り、あらかじめ魔法協会のことを調べていたのだった。


「クレンメルタ……かなり遠い場所ね」


 低級魔法しか使えないリーザロッテは、ルルーリアのように魔法陣を作って空間転移するようなことは出来なかった。箒に至っては歩くのより遅くしか飛べない代物だし、この世界に飛行機はまだ存在していない。

 今までのように行く宛もない流浪の旅ならのんびり徒歩でも構わなかっただろうが、恋する王子様の国を離れて長い旅に出る気にはなれなかった。

 と、いってもこの世界で庶民が乗れる交通機関はひとつしかない。


「汽車……」


 乗ったことはないし、乗るには当然汽車賃が要る。そして遠距離の上に二人分なので、それもかなりの高額になるはずだった。


「王子様へ近づくための第一歩。まずは汽車賃を稼ぐのだ。明日から仕事に更に気合を入れるぞ、リーザロッテ!」

「お、おう……」

「声が小さい!」

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