第11話 冷血魔法少女の失恋とカナヅチ魔法少女の川流れ

 レディルは黙って首を横に振った。

 もし彼女が「レストリアを私の魔法で助けます」と言ったなら、彼の気持ちはあるいは打算で揺れ動いたかも知れない。

 だが、レストリアを「下等な民の国」と蔑むこの魔法少女は、少年の容姿と心の形に惹かれても、彼の為にレストリアを救いたいと考えることが出来なかった。

 拒絶されたルルーリアは「そんな……」と目を見開き衝撃を受けたが、なおも果敢に食い下がる。


「レストリアのような貧しい小国なんて所詮滅びる運命なのですわ。皇御の国のように長い歴史がある訳でも、ズワルト・コッホのように豊かな国土がある訳でもありません。ましてやレディル様は第三王位継承権をお捨てになったのに何故、国をお捨てにはなれないのです?」

「僕は、兄でもあるニコラ陛下の為に王位に就く可能性を否定しただけです。レストリアを捨てた訳ではありません」

「滅びる国に固執なさいますな。助ける価値もない下賤の民などに義理立てしてどうなるのです? それより、私の力で亡命の賓客として必ずやズワルト・コッホでの安住をお約束します。お願いです……ご承諾下さい。そして、そこで私を……」


 言い募るルルーリアを抑えるように、レディルは告げた。


「貴女が言う『貧しい小国』は僕の祖先が興し、亡き父が大切に育ててきた国です。貧しくとも日々を誠実に生きる人達がいる。懸命に国を支える兄達がいる。亡くなった父母の墓所もある。僕は捨てられない。捨てたくない」

「レディル様……」

「守れないなら、せめて共に滅びる道を僕は選びます」


 ルルーリアは唇を震わせたまま何も言えなくなった。

 レディルは「でも、お気持ちは嬉しかった。ありがとう……」と、微笑みかけると背中を向けた。


「貴方を愛しているのです! 貴方の傍にいたいのです! どうか……」

「ルルーリア・マギカ・キルシェット」


 レディルは馬の鐙に足を掛けたまま振り返った。


「貴女は、ズワルト・コッホを捨ててレストリアに来る勇気はありますか?」

「あんな国に? 沈む船に乗れと仰るのですか。それよりもレディル様がズワルト・コッホに……」

「なら、貴女の差し出す手を僕が取ることはありません。人を見下し、差別する国で生きてゆくつもりもありません」

「民を見下す程度で何故目くじらを立てるのですか。私はいつだってレディル様の為なら……」

「僕の為に何かして下さるのなら、レストリアに住む人達が喜ぶことをして下さい。どんなささやかなことでもいい。僕はきっと貴女を心に想って感謝します」

「あんな下賤な小国、どうなったっていいじゃないの! 私はレディル様の為に……! 貴方の為だけに……!」


 あの夜の森でも彼女へ諭したはずなのに、どうして分かってくれないのだろう。人に上下などなく、下賤と蔑まれる人にだって喜びや悲しみがあり、幸せを望む気持ちに変わりがないことを。

 傲慢な帝国ズワルト・コッホもこの魔法少女も、どうして分かってくれないのだろう……レディルは、半ば泣き叫んでいるルルーリアを悲しげに見た。

 だが、もう何も言わなかった。


「レディル様。ああ、レディル様お願いです。私、こんなにも……」


 必死に縋る魔法少女の言葉を背中で聞き流しながら彼は馬に跨り、先発したレストリア使節団の隊列を追うべく駆け去っていった。


「レディル様。どうして……」


 残されたルルーリアは、燃え滾るような瞳で彼の後ろ姿を睨みながら激しく指の爪を噛んだ。魔法で人の心を思うがままに操ることが出来るのなら彼女はとっくに使っていたことだろう。


(どうしたらレディル様は私を愛して下さるの? この私がこんなにお慕い申し上げているのに……)


 拒絶された理由が自分自身の中にあることを彼女は知ろうとしない。自分の想いを叶える手段だけをひたすら考えるばかり。

 だが、去ってゆく彼の姿が消えたのに気がつくと慌てて呪文を唱えた。

 そして、苛立たし気に魔方陣に飛び乗るとルルーリアは姿を消し、彼の道中を護衛しようと後を追った。


「諦めるものですか。レディル様……レディル様は必ず私のものに……」



☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆



 住み始めたこの小さな国に立ち込める暗雲が次第に深く暗くなっていることなど知る由もなく――


 トロワ・ポルムの村で一旗揚げるのを諦めたリーザロッテは森を出た。

 腰かけた箒には、荷物をまとめた風呂敷を幾つも括り付けている。行き先などないのでノンビリした足取りだった。

 ここ数日やらかした村の中を通るのは避け、集落の外縁を回って道沿いに進む。すると大きな川に突き当たった。


「あら、こんなところにでっかい川が」

「見ろよ。向こう岸とこっちに残骸が残ってらぁ。橋は架かってたんだけど流されちゃったんだな」


 川は深く、流れも意外に激しかった。

 縄梯子で組んだ応急の橋が掛かっていたが撓んだ中央部分は川に漬かっており、流れが緩やかな時であればかろうじて人の往来が出来そうな代物だった。

 そんなものを歩いて渡る気になれず、リーザロッテは箒で川の上をそろそろと飛んで渡る。

 立ち去ろうとすると背後の対岸から話し声が聞こえてきた。村から同じように誰かが来たらしい。慌てて近くの茂みに隠れ、聞き耳を立てる。


「あっ、また橋が流されてるー!」

「なんてこった……これじゃ行商に行くのは無理だな」


 リーザロッテとプッティは顔を見合わせた。また、ということは以前も流された前科があるらしい。


「あっ、ペルティニ。川を渡るのは危ないのからよしなさい!」


 その声に茂みの中から顔を出して見ると、八歳程の少女が縄を伝って強引に対岸へ渡ろうとしていた。背中には野菜を詰め込んだ籠を背負っている。


「イヤよ。この野菜を売らないとお婆ちゃんにお薬を買ってあげられないもの。絶対に隣村に行くの!」


 リーザロッテは少女をじっと見つめた。優しかった老母、魔女ゾルフィー・プレッツェルと過ごした日々がふと胸によみがえったのだ。病気がちだった老母が少しでも良くなるように……と毎日薬草を摘んで回っていたあの日の自分が、彼女の姿に重なった。


「危ない! 戻って来なさい!」


 ペルティニと呼ばれた少女は他の村人達の制止を振り切って渡ろうとしたが、川の中央でたちまち動けなくなってしまった。川の水に浸かっていたそこは、大の大人でも押し流されそうなほど流れが激しかったのだ。必死に縄に掴まって堪えるが、もちろん小さな子がそうやっていつまでも持ちこたえられる筈がない。

 村人達が救けに赴こうとしたが、そうすると彼等の重みで縄が沈み、半ば川に浸かったその子をますます危険に晒してしまう。手をこまねいてはいられないのだが、どうにも出来なかった。


「あの子が危ない!」


 ノンキに見てる場合じゃない! とリーザロッテは茂みから飛び出した。箒に跨って川の上を飛び、流されそうになっている娘の許へと駆けつける。もどかしいくらい遅いスピードでしか飛べない例の箒だが、この場を救う唯一の手段だった。


「あなたは……」

「私に掴まって。さ、早く!」


 ずぶ濡れになって縄にしがみついていたペルティニが顔を上げると、ここ数日村で大騒ぎしていたあの変な魔法少女が箒の上から必死に手を差し出している。胡散臭い魔法使いだのと言ってる場合ではなく、村人達も対岸からその人に掴まれと叫んでいる。

 その言葉通り、ペルティニはリーザロッテの手に縋ったが……小さな箒の上である、二人はバランスを崩してあっという間もなく川にドボン!と落ちてしまった。

 村人達が悲鳴を上げる。プッティも茂みから飛び出して「リーザロッテ!」と絶叫した。


「はやく、はやくあの二人を助けないと!」

「で、でもどうやって?」


 一方、ペルティニを抱きかかえたリーザロッテは、あっぷあっぷともがきながら川に流されてゆく。

 助ける術もないまま、人々は慌てて岸沿いに走りだした。


「ぐばががが……ぐごぼぼぼ!」


 リーザロッテは水中で何度もでんぐり返ってしまった。河童の川流れならぬ魔法少女の川流れとでも云うところだが実は彼女はカナヅチ、泳げないのだ! 箒はとうにどこかへ流されてしまっている。

 それでもリーザロッテは「なんとかしてこのピンチを……」と必死だった。

 と、首に何か絡まっていることに気がついた。


(星石!)


 この国に住もうと決めた彼女の前に落ちていた奇跡の魔法石。

 最初の星石と同じようにネックレスにしていたそれは、自分に気がついてとばかりに首許に絡まり、彼女へ呼びかけていた。

 そうだ、蛇が出ようが鬼が出ようがゴリラが出ようが、この子を助けるにはこれしかない! もがき疲れたリーザロッテはネックレスを引きちぎり、最後の力で思い切り放り投げる。


「星石魔法、召喚!」


 星石が砕け散り、虹色の眩い光を辺り一面に放つ。「ばびょぐがびぼぼ、ごぼぼぼぼ魔力開放ごぼぼぼぼ 」と叫んだリーザロッテは魔法装束に変身したが、そこでついに力尽きてしまった。その小さな身体は川底へゆっくりと沈んでゆく……


(せめて、この娘だけでも……)


 そう思いながら彼女の意識は暗転した……

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